2 言葉は通じる、交渉はできない

 目標を喪失したミサイル、ロッサ・ウォーガード視点。


 ドーサン・デルタは現在、複数の敵からロックオンを受けている。それに対して戦闘機動を行わないでいるのは、僕にとっては難しい事だった。


 相手がミサイルを打って来るのなら、発射を確認してからでも対処できる。

 しかし、ビームだったら?

 極めて弾速の速いビームでも一万キロも離れていれば回避行動を続けている限り、そう簡単には当たらない。光の速さの限界、というものがある以上、これは絶対だ。対して等速直線運動しているだけの物体には楽に命中させられる。

 僕が受けた訓練では「ロックオンされたらとにかく動け!」だ。


 しかし、これから交渉を行うには停止していなければいけないらしい。

 必要とあらばすぐに発進できるように準備して、あとはシグレの行動を見守る。


 彼女は音声通信を繋ぐ準備をしていた。映像まで流す気はないらしい。僕もそこに異存はない。相手に不要な情報を与える必要はない。僕がそう言うと、シグレは「それが理由じゃないんだけどね」と僕の膝の上で複雑な顔をしていた。


 程なく、軍の宇宙機からコールが入る。

 シグレが首をかしげる。


「停船命令が四つ? まわりに居る宇宙機のそれぞれから出ているの?」

「相手側の連携が上手くいっていない。指揮系統が一本化されていないようだな。これは朗報だ」

「だから戦うつもりは無いって。……でも、どれと話しましょうか?」

「交渉ならば一番愚鈍そうなヤツを選ぶか?」

「いいえ。この場合は機転が効く有能な相手の方が望ましいわ。選べる?」

「それならば後方にいるヤツだな。軌道から見て、先ほどミサイルでこちらを追い立てたのがアイツだ」


 シグレは髪の毛のような有線ケーブルを通じて機器を操作する。

 正面のモニターに交渉相手の映像が現れる。タイプオーガの女性だ。戦闘用の宇宙服を身につけ、話をするためにかヘルメットのバイザーだけを開けている。美人ではあるが肌の色はやや赤黒く、額の左右から2本の小さな角が突き出ている。

 僕の場合は額の中央に一本角(折れている)で肌色は一般的な物だが、女性も同じオーガの一族であるには変わらない。軍で正式採用されているタイプならばこちらよりも優れた性能を持っていると考えるべきだろう。


 女性は苛立たしげに画面外の何かを叩いた。そして言った。


「これで本当につながっているのか? 見えないぞ」


 こちらに向かって言ったのでは無さそうな言葉だったが、シグレはそれに反応した。


「失礼しました。こちらは事情があって映像を送ることができません。音声のみで回答させていただきます」

「そうか。私は人類連合宇宙軍所属、カラン・インベーション中尉だ。貴殿の名前とその宇宙機の登録番号を明らかにしてほしい」

「わかりました。私はシグレ・ドールト。ガスフライヤー『アキツ』の情報中枢をやっていました」

「……ちょっと待て」


 映像が遮断され、何かゴソゴソやっている気配だけが伝わってくる。

 お、映像が復帰した。


「アキツには名簿に載っていない13人目の乗員が居たという事か。惑星イルスで情報改竄による経済混乱を引き起こしたシグレで間違いないな?」

「はい」


 ……って、何やったの?

 シグレってやっぱり僕以上のテロリストだ。


「仮名シグレ・ドールトには生涯の労役が課せられていたはずだ。お前一人だけか? 正規の乗員はどうした?」

「他の者は機内に乗り込んできた星間結社ヴァントラルを名乗る者たちとの交戦で死亡。もしくはアキツと運命を共にしました」

「……その状況で、どうしてお前が生きている? 機体に繋がれて自力で動く事もできないお前が一人だけ助かるなどあり得ない」

「え」


 シグレは口ごもる。僕の顔をチラチラ見上げる。説得力のある設定を考えていなかったらしい。

 それにしても、彼女に対する風当たりが想像以上に強い。僕の存在を隠して交渉するつもりだったようだが、これでは意味が無さそうだ。


「シグレ、僕が話そう」

「もう一人いるのか? 所属と姓名を名乗れ」

「僕はロッサ・ウォーガード。所属はない。少し前まではヴァントラルだった。あなたと同じタイプオーガだ」

「ヴァントラルのタイプOオーガ。アキツを破壊したのはお前か」


 彼女の言葉は疑問ではなく確信だった。

 ま、大きく間違ってはいない。僕は認める。


「アキツを襲撃した四人のうち一人だ」

「それで、所属なしとはどう言う意味だ?」

「このシグレとの戦闘中に僕をヴァントラルに縛りつけていた枷が外れた。これ以上、自殺特攻をやるつもりは無い。僕は生き残るつもりだ」

「それは素晴らしい」


 カランと名乗ったオーガは微笑んだ。

 心からの笑み、ではあるのだろう。しかし安心できるような笑顔ではない。笑顔の原型は相手の威嚇、という話を思い出すような不安を呼ぶ笑いだった。


「では武装解除の上で慣性航行を続けるように。ブースターも切り離した方がいいな」

「ん? なぜそうなる?」

「なぜって、投降するのだろう?」

「僕はヴァントラルに従う気はない。生き残るつもりだと表明しただけだぞ。それがなぜ投降になる?」

「いや、この状況で生き残りたいと言ったら、投降しか無いだろう。そもそも、テロリストから離反するのならば軍と戦う意味がない」


 確かに戦う意味はないが、だからと言ってなぜ武装解除しなければならないのだ?

 意味がわからない。


 僕は首をひねるが、カランにとっては自身の言葉は当然の事のようだ。

 それどころか、シグレまで頭痛に耐えるような仕草をしている。


「中尉さん。この人はタイプオーガですが、外見年齢は15歳ぐらいなんです」

「年齢一桁!」

「他よりも成長が遅いだけだ。二桁には達している」


「大して変わらん」


 あちらにも画面外にもう一人いるようだ。「男の声」と表現するには少々高い、少年のような声がボソリと言った。

 嫌な顔をしながらカランが言葉を紡ぐ。


「子供にもわかるように親切丁寧に説明するとだな、君たちの宇宙機は我々に包囲されている。抵抗は無意味だ」

「なるほど。その武力を背景に要求を押し通そうというのだな」

「……今はその理解で構わん」

「ならば、こう答えよう。……やって見ろ」

「戦力差が見えないのか?」

「そちらにも弱味はある。その包囲を抜けるのは難しくない。そして包囲を抜けてしまったら、こちらはどこへでも行けるぞ。この惑星系の治安組織は二つあったはずだな。軍の包囲網を抜けて保安局の担当エリアに行ってしまったら、そちらは困るのでは?」

「クソガキが、妙なことに頭を使いやがる。だが、大口を叩いても実際に包囲を抜けられなければホログラムの財宝だ」

「こちらの強みがわからないなら、軍人も大したことが無いな。こちらが有利なのは保有する推進剤の量だ。文字通り売るほどある。やって来る敵を迎撃するための重武装機体でどこまでついて来れる?」


 カランは横を向いて誰かとゴニョゴニョ話している。

 こちらを血走った目で見て、歯ぎしりしている。まぁ、見えてはいないはずだが。


「シグレとやら、そのガキをなんとか説得できないか?」

「ごめんなさい。私は彼がその気になればいつでも殺される状態なの。それに、あなたはさっき言ってましたよね。私が生涯の労役刑だって。私は自分に下された判決を聞いてさえいなかったけれど。……ここで彼を説得してその報酬としてあのカプセルに戻されるのでは、割に合わないわ。あそこに戻るぐらいなら死んだ方がマシよ」

「なんか、すまん。軍人の我々では司法取引はできない」


 あれ?

 カランの発言が何か引っかかるぞ。


「ああ、そうか。軍人のあなたたちでは僕たちとの交渉は権限として不可能なんだ。許されているのは無条件降伏の勧告だけ」

「言ってはならん事を……」

「では最終的に話し合いで納めるにしても、騒ぎをもっと大きくしなければならないのだな。上の方の人間が出て来るように」

「いや、その理屈はおかしい。理屈としては通っているが、どこか変だ」


 カランは言葉に窮している。

 では、僕の考えは正しいのだな。


 そう思っていると、画面が切り替わった。

 カランよりもはるかに小柄な男。タイプホビット。さっきボソリと言った声の主だと当たりをつける。


「横から口を出させてもらうよ。俺っちはフーラム・バギンズ少尉だ。ロッサ君、君の考えは正しいが大原則として間違っている。そもそも、我々軍人が出て来るような事件で交渉の余地などほぼない。社会にとって軍と対等に戦って停戦交渉にまで持ち込めるような戦力を持った個人の存在など、許容できるものではないからだ。君が強ければ強いほど、我々は本気になって君を殺しにかかる事になる」

「交渉に入るためのハードルが極めて高い事は分かった。軍を壊滅させるぐらいの実績が必要になるわけだ」

「……まぁ、そうだ。加えて言うなら、軍に対して降伏しないぐらいにイカれている、常識と倫理を共有していない相手には殺害の判断が容易く下る。平たく言うなら、死にたくなかったらさっさと降伏しろ、その方が得だぞって事だ」

「しかし、シグレは死んだ方がマシだと言った」

「本当に自殺にしかならないと思うがね。で、君はどうなんだ?」


 それは僕が何をしたいのか、という質問なのか?

 その問いに答えるのは難しい。僕が自由意志を獲得したのはつい先ほどの事だ。それ以前も可能な範囲で好き勝手やっていた自覚はあるが、戦術や戦闘の手段ではなく戦略や作戦目的を決めると言うのは初めての経験だ。


 でも、まぁ、シグレを売ってこの場の生存を買うと言うのは本意じゃないな。

 無条件降伏なんかしてそのままぶっ殺されない保証もないし。

 それに、僕に見える範囲で語るなら、この程度の戦況は大したピンチじゃない。


 僕は肩をすくめる。そして、相手には見えていなかったと思い直す。

 見られていないのをいい事に、ドーサンを操作する。

 現在の位置、デルタ翼の先端は被弾の可能性が高く不安だ。大気圏外ならば先尾翼として機能させる必要もない。ワイヤーアクションでデルタ翼の上面、多腕式宇宙機のすぐ近くまで移動する。

 動きを誤魔化す意味もあり、適当に言葉を紡ぐ。


「僕はヴァントラルの絶対の支配からせっかく逃れた所なんだ。それなのに、すぐに他の誰かの下につく? 真っ平だな」

「現実が見えていないとしか言えないぞ」

「確かに先が見通せないのは辛いが、そちらこそ一つ忘れていないか?」

「何をだ?」

「ヴァントラルの強化人間の使用法は自殺特攻が基本。今この場で僕が死んでも、それは予定通りの時間に死ぬだけなんだ。殺すのどうのって、脅しにもならないよ」

「……あ」

「厄介な思春期だ」


 フーラムが唖然となり、カランがそこに被せるように発言した。


 思春期・反抗期。

 うーん、そうなのかな?


 今の僕の精神状態を表現するのにその言葉はピッタリな気もする。

 いやいや、僕のホルモン・神経系はすでに成熟している。今さら反抗期なんてありえない。

 僕は打ち上げ式タンクのロケットを再稼働させる準備を進める。


 フーラムは投げやりに言った。


「まぁ、いい。テロリスト相手らしく殺す気で攻撃してやるからかかって来い。もし、生き残れたら救助して教育してやるよ」

「返り討ちにしてやる。それこそ、死んでも恨むなよ」

「間に合わせのパーツを組み合わせただけの宇宙機に軍用機で負けたら、恥ずかしくって恨むことも出来ねえよ」


 では、恥を晒してもらおう。


 僕はタンクのロケットを作動させる。

 それが新たな闘争と逃走のゴングとなった。





 僕たちが問答していた宙域から、宇宙的な基準ならば至近距離と言ってもいい宇宙空間。

 そこに浮かんだ宇宙船の中でほくそ笑む存在が居た事に、この時の僕たちは気づく事が出来なかった。


「さすが特異体3号。あなたはそれで良い。あなたはあなたらしく、騒ぎを拡大しなさい。それこそが今回の作戦目的なのですから」


 宇宙船の主である触手生命体はテロリストであるのに軍に対しても強い影響力を持っていた。

 フーラムたち補給基地の駐留武官を全員出撃させたのも彼だ。そして、この一部始終を惑星系全体に配信までしていた。


 外宇宙の彼方からやって来る災厄に気づかずに、大捕物に興じる人々を彼は嘲笑い続けていた。

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