第二章 彷徨う宇宙

1 人類連合宇宙軍

 空間制圧宇宙機アラクネータイプ「シェロブ」パイロット、フーラム・バギンス視点。


 俺っちはフーラム・バギンス。人類連合宇宙軍所属で階級は少尉。ま、この辺りでは強化人間は2階級ぐらい下に見られるから、実際の待遇は軍曹ぐらいの物だけどな。

 バギンスって姓で想像がつくと思うが俺っちは強化人間タイプホビット。原種人類の半分ぐらいの身長とそれに見合った体重をもつ、宇宙機を操縦するために造られた強化人間だ。

 パイロットの体重が軽い方が宇宙機への負担が少なくなる、なんて事は無いぞ。真空・無重力の宇宙では機体の大きさへの制限は少ない。全長100メートルでも500メートルでも平気で造れる。パイロットの体重が少しぐらい増減しても誤差の範疇だ。

 それなのになぜ、タイプホビットが存在するか。それは体重が少ない方が操縦者本人に対するGの負担が少なくなるからだ。

 ま、少しぐらい負担が大きくても有り余る身体能力でGに耐えてしまう規格外の強化人間も存在するが。


 俺っちの相棒、雌虎なんて二つ名を持つカラン・インベーションがそのタイプだ。タイプオーガって奴らは本当にとんでもない。物理現象すら捻じ曲げている気がするぜ。


 その日、俺っちとカランは珍しく宇宙軍の大佐殿から命令を受けた。


 まだ話していなかったっけ?

 俺たちは惑星ブラウの至近距離を回る第四整備補給基地の駐在武官だ。


 整備補給基地は恒星間宇宙船へ燃料や推進剤を供給するガスフライヤーのための施設であり、その安否は他星系にも影響が大きい。なので恒星間にわたる影響力をもつ我々宇宙軍が護衛している。


 ま、それが建前だな。


 実態は俺らは基地の下働きだ。

 どうせやることなんか無いのだから食い扶持分ぐらいは働けと、イロイロな雑用を言い付けられる。原種人類の上官なしで赴任させられる強化人間なんて、その程度の扱いだ。


 ところがだ、今回俺らは本来の上役から任務を賜った。

 珍しい事もあるものだ。訓練を欠かしてはいなかったが、有事っていうのは本当にあるんだね。


 それで俺らは今、基地を離れて宇宙空間ってわけだ。


「オイ、カラン。寝るな、起きろ!」


 俺っちは世話のやける相棒に声をかけた。

 コイツ、黙っていればナイスバディの美人なんだが、生活ぶりは100年の恋も覚めるようなだらしなさを見せる。本当に、しっかりしてくれよな。宇宙軍の品位を落とさないようにするのも大変なんだ。

 ヤツは目をこすりながらあくびをしやがった。


「いや、私がここに居ても仕方なくないか? シェロブはお前一人でも動くだろう。何なら無人のまま飛ばしてもいい仕事をするはずだ」

「このクラスの宇宙機の無人行動は禁止されている」

「馬鹿げた規則だ。なんの合理性もない」

「何か不始末をやった時の責任者が必要なんだよ。民間機を誤射したカラン・インベーション中尉は縛り首になります、ってな」

「生憎、私の首は自重程度では窒息しない。そちらの面でも役に立てないな」

「その時には最大加速で協力してやるよ。5Gぐらいあれば良いか?」


 カランは中尉、俺っちは少尉。

 なのに対等に話しているのはこの機体シェロブの機長は俺っちだからだ。俺っちが宇宙空間担当でカランが肉弾戦担当。そう思えば、相棒が不満を漏らすのも分からなくはない。

 俺っち一人で宇宙に出てカランは基地に残ってバックアップと基地内部のゴタゴタに対応する。

 それが合理的な対応だとは俺っちも思う。


「フーよ、首吊りの足を引っ張るような奴は嫌われるぞ」

「……関係ない話はやめよう。お前さんがこの機体に乗っている理由は簡単だ。そういう命令が来たからだ」

「迷惑な話だ。テロリストどもの犯行声明があったって?」

「厳密には犯行予告だ。これからブラウ周辺で騒ぎを起こすとメッセージが入った」

「それ、嘘だろう。犯行の後ならばともかく、事前予告なんてやるメリットがまったくない。ブラウ周辺とか言っておいて実際にはブロ・コロニーを襲撃するとか、そんなのだろう」


 お、カランにしては頭を使っている。


「お上だってそれぐらいは考えているさ。厳戒態勢を指示されたのは俺らだけじゃない。惑星系全体がこの状態だ」

「ならば犯行予告だけで後は何もしないとか」

「それじゃあテロリストとしてのメンツが立たないだろう。アイツらは恐れられてナンボだからな。何かはすると思うぞ、何かは」

「ネズミ一匹で済めば良いんだけどな」

「まったくだが、納得したなら周辺の探査に協力しろ。まずは、ブラウに降りているガスフライヤーの航路を確認だ」

「はいはい。……アキツが何かを発見したとか言ってなかったか? 航路を外れるとかなんとか」

「そんな話もあったな。まずはそれから確認しよう」


 ‼︎


 せっかくカランが仕事を始めようとした時、シェロブのコンソールが警報を鳴らした。

 救難信号の受信だ。

 しかし、これは。


「フー、敵はどこだ?」

「不明だ。ブラウ周辺のあちこちから救難信号が発信されている。現在、52ヶ所からの発信を確認。まだ増え続けている」

「同時多発テロ? 大規模侵攻?」

「バカを言うな。ガス惑星の近くに救護を必要とする機体は50もない。荷電粒子の嵐の中だぞ」


 補給基地などは荷電粒子を捕まえて使用する電力を賄っているぐらいだ。特別な防護装備のない機体では近づく事もできない。

 厳密に言えばガスフライヤーや基地の搭載機をすべて数えれば50ぐらいは超えるだろうが、それらの機体が一斉に出動して広く散開するなどあり得ない。多腕式などの作業用機体はごく限られた航行性能しか持っていないから。


 ならばどうして大量の救難信号が発信されたのか?


「ヤツら、救難信号の発信器だけをあちこちにばら撒きやがった。これだけでも大混乱だ」

「予告された騒ぎってコレの事か?」

「まさか。大量の救難信号に紛れさせて本物を誤魔化しているはずだ。本物を探せ」

「了解だ」


 救難信号への対応はひとまずカランに任せ、俺っちはシェロブの全兵装を有効化する。核融合炉の出力も上げていつでも全開機動が可能なようにする。


 カランがうめき声を上げた。


「ええい、面倒だ。救難信号に付属する船籍コード、架空と実在が混じっている」

「実在のコードがあるならそれが本物じゃないのか?」

「このシェロブのコードでもか?」

「……それは別に機密情報ってわけじゃないからな」


 うゲェ。

 俺っちは慌てて補給基地と軍の上層部に無事を知らせるメッセージを用意した。俺らが遭難したことになったのでは堪らない。

 それを終えてから俺っちも救難信号のチェックに入った。

 一度ルーチンを作ればさほど難しい作業ではない。別のことに頭を使ったり、無駄話をする余裕ぐらいはできる。


「今思ったが、これに本物の救難信号が混ざっている保証はないんだよな。俺っちだったら、この騒ぎを2回3回と繰り返して相手が疲弊した頃に本物の事件を起こす」

「これは無駄な作業なのか?」

「いや、相手の予算次第でもあるし、チェックしない訳にもいかないが」

「ヴァントラル、許すまじ!」

「テロリストなんか最初から許せないよ」


 星間結社ヴァントラル。

 地球至上主義を謳い、人類の恒星間空間への進出を邪魔するテロリストだ。

 地球至上主義とは言うが、実際には企業間の戦争が主目的で特定の派閥の設備を優先的に狙っているとも聞く。

 その手口は狡猾にして残忍。

 よくあるパターンとして横流し品とみられる戦闘用強化人間タイプオーガの片道特攻がある。生還を考えない超人たちの襲撃は厄介で、中に入り込まれたら軍事基地ですら無事では済まない。そして、テロリスト・オーガは『逃げようとした民間人の足を引きちぎった』とか、常識では考えられないような所業で知られる。


 うん、絶対に許せない。


「ところで、カラン」

「何だ?」

「お前ならテロリストのオーガと戦って勝てるか?」

「勝てるだろう」


 カランは当たり前の事のように言った。いくら雌虎の二つ名持ちと言っても本当かね?


「ずいぶん軽く言うな」

「相手が10人ぐらい居たら別だけどな。普通に戦って負ける気はしないぞ」

「同じタイプオーガでそんなに差があるのか?」

「聞く限り、ヴァントラルは兵を使い捨てにしているからな。つまり、オーガと言っても向こうは10歳そこそこの、こちらならば訓練所を出たかどうかのヒヨッコだ。古参兵はいない。装備品も簡単に手に入る物しかないようだ。装備と経験の両方で上回っていれば、当たり前に勝てるさ」

「納得だ」

「敵が居るところに送り届けてくれれば、私が殲滅してやるよ」

「その時は頼む」


 ま、俺っちが宇宙機同士の戦いで撃破してしまえば、その方が良いけどな。


 などと雑談していたら、少し思いついた。

 今まで俺っちは時間的に先にこの機に届いた救難信号から確認していた。おそらくテロリストどもは作戦開始時間ちょうどに一斉に信号を発したはずだ。こちらに届いた時間に誤差があるのは機械的なバラツキと宇宙の広さによる光速の限界のせいだろう。


 しかし、この中に本物の救難信号が混ざっているとしたら、その特徴は?


 欺瞞用の救難信号とは発信されるタイミングが違うはずだ。

 欺瞞用よりも早いわけは無い。それでは欺瞞が欺瞞にならない。つまり、他の信号よりも遅いタイミングで発信されたものが本物だ。


 俺っちは最後に受信した信号をチェックした。


 発信元はガスフライヤー『アキツ』。場所は惑星ブラウの上。予定されていたアキツの航路から大きくは離れていない。


「ビンゴだ! 本命はやはりアキツ。大気圏突入能力をもつ小型宇宙機4機の襲撃を受けている」

「了解。シェロブの操作は任せる。私はその他の救難信号を精査する」

「頼む」


 確かに、本命がひとつという保証はなかったな。

 やる気を出した時のカランの戦闘カンは並ではない。


 俺っちはルックダウンレーダーを作動。


 失敗。

 角度が悪い。シェロブの現在位置からでは分厚い大気の層に阻まれて電波が通らない。救難信号はアキツから直接にシェロブに届いたものでは無かったようだ。補給基地で受信されたものがこちらと情報共有されている。


「カラン、ここからではアキツが見えない。移動するぞ」

「好きにやれ。Gの不意打ちぐらいでどうにかなる身体はしていない。首のあたりで吊られていなければな」


 それを蒸し返すか?

 カウントダウンとかは全部省略。5G加速で軌道の先へと進む。ガス惑星の大きさは地球型とは文字通り桁が違う。恐ろしいスピードで移動しているはずなのに、位置関係はゆっくりとしか変化しない。


 何が起きているかだけでも確認しなければ。

 確認したからといって何ができるわけでもないが。


 シェロブには大気圏へ突入する性能はない。いや、大気の上層部を弾道飛行するぐらいならば可能かも。いずれにせよ、ガスフライヤーのように自由に飛行することはできない。


 目標空域の上に出た。

 レーダーとその他のセンサーを駆使してアキツを探す。救難信号はもう出ていなかった。


「捉えた。目標物は緩やかに降下中」


 アキツは墜落と飛行の中間ぐらいの動きで高度を落としていく。襲撃者らしい機体はない。すでに立ち去ったのだろうか?

 見ている事しか出来ない自分がもどかしい。カランが自分の前のコンソールを蹴飛ばす。


「フー、ミサイル発射用意だ」

「敵を見つけたのか?」

「見当たらないのがおかしい。完全に逃げ切るほどの時間は与えていないはずだ。逆にこの短時間で遠くまで行けるほどの推力があるならば何らかの痕跡が残る。それが無いと言うことは敵は近くに隠れている。雲の下かどこかで息を潜めているはずだ。それをミサイルで燻り出す」

「話は分かったが、シェロブ搭載のミサイルでは燻り出せるほどの効果はないぞ。宇宙空間用の散弾しかない」

「何でも構わないからあの辺りにばら撒いてやれ。後は相手が勝手に想像してくれる。核弾頭の絨毯爆撃を始めたのか、観測用のセンサーユニットを配置したのか、とな」

「了解した」


 俺っちはニヤリと笑って大量のミサイルを打ち出した。


 ミサイルが飛んでいく間に、アキツが分解をはじめた。後は石のように落下していくだけだ。テロリストの犠牲者がまた増えたようだ。

 そして、爆発が起こる。

 核融合炉が損傷・暴走したと思われる核爆発だ。一時的にこちらのセンサーが封じられる。


「生存者ゼロ、か。ガスフライヤーの乗員は12名だったな」

「4人ずつ、三交代勤務。アキツなら知った顔も幾つかあった」


 コイツ、ときどき男漁りしているからな。知った身体も有るんだろう。

 ちなみに俺っちとは身長差が有りすぎる。守備範囲外だとさ。


「さてそろそろ、ミサイルが大気圏突入だが」

「うまくつり出されてくれるかな?」


 光が見えた。

 特に隠蔽などしていない高出力のプラズマ噴流だ。ブラウの大気圏内から宇宙に向かって駆け登って来る。

 あれだけ目立つのならばレーダーなど不要だ。光学観測だけで位置を捕捉できる。

 プラズマ噴流の先端を拡大する。そこに見えたのは大気圏突入用のデルタ翼を装備した中型宇宙機。一見すると普通の機体に見えた。

 背中のブースターは妙に見慣れたものだ。ガスフライヤーが採取した水素やヘリウムを宇宙に送るための打ち上げ式タンク。もしかして、アキツから奪い取って使っているのか? と言うことは、大気圏離脱の手段をあらかじめ用意していなかった?


 何か変だ。


 そういえば、ヴァントラルの戦術は自殺的特攻が基本。バックアップ要員はともかく最前線の兵員は死ぬまで戦闘をやめない。では、ブラウから脱出して来たコイツはヴァントラルではないのか?


 俺っちは疑問に思ったが、それを解消している暇はなかった。

 今度は司令部からの通信だ。音声ではなくデータのみ。軌道の変更を命じてきた。このシェロブに対する命令だけでなく、他の補給基地に所属する宇宙機に対しても個別の軌道を指示して来ている。ざっと見るところ、あのブラウから上がってきた宇宙機に対する包囲網の形成らしい。

 司令部も今回の件に関して相当に本気、と言うことか。


 慣性航行に移行した宇宙機を眺めながら、俺っちはシェロブを指定された軌道に投入した。


 何かが変だ、と言う気はする。

 しかし、テロリストを逃す訳にはいかない。

 戦意を落とさないように気を張りながら、俺っちは対象に照準用レーダーを照射した。

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