6 分離・変形・合体
本気モードのロッサ・ウォーガード視点。
バラバラに分解して墜落していくパーツを空中で拾い集めるなど正気の沙汰ではない。でも、今の僕になら不可能ではないかな?
しかし、僕にそれだけの困難を要求するのならば、彼女にもそれなりの仕事をこなしてもらいたい。
「空中でのパーツ回収はやってみよう。だが、拾ったパーツをすぐに使用可能にしてもらいたい」
「それは問題ないわ。私に科せられている枷は許可なしでのガスフライヤー『アキツ』への干渉の制限。アキツが無くなって全てただのパーツになればどうとでもなる。制御権ぐらいすぐに乗っ取ってあげる」
「了解した。あとはこちらをロックしているレーダーか。アキツが分解したら『破壊された』と解釈してくれるだろうか?」
「それはなんとも言えないわね。精査すればドーサンが生きているのはわかると思うけど」
ならばレーダー対策にはもう一手必要かもしれない。
あとは何か忘れていないか?
「マズいな。作戦開始は少し延期だ」
「どうして?」
「食べ物がない」
ドーサンの機体には一食分程度のカロリーバーが残っているだけだ。
もともと短期の任務だし、生還が考えられてもいない。水と空気も似たようなものだ。
結局、僕はもう一度アキツの中に遠征し、生活用品を調達してくることになった。
「どうせなら、私の下着と衣類も持ってきてね」
「はいはい」
二時間後、仕切り直しで作戦の決行となった。
アキツの中にはまだ生き残りがいるようだが、声をかけてもこちらに協力しそうにない。別に彼らの命に責任があるわけでもないので無視する。
え? 僕らが襲撃をかけたから彼らの命が危険にさらされているのだから、責任はあるだろうって?
そうだとしても自分達の生存確率を減らしてまで、彼らに助けの手を伸ばしたいとは思わないな。彼らがこちらの味方にならないのならば、勝手に死んでもらう。
僕は再びシグレを膝に乗せる形でシートベルトをしめた。普通の服は持ってきたが、シグレは非常用宇宙服を着たままだ。理由はイロイロあるが、これから高機動で飛ぶので何かを漏らされても宇宙服を着ていれば惨事にはならないという事情が大きい。彼女には言えないけどね。
食糧その他はコクピットの隅にテープで固定した。
「今度こそ、動き始めるよ。準備は良い?」
「私はいつでも大丈夫」
「状況を開始する」
僕はドーサンを操る。
アキツをガッチリと掴んでいた翼が開く。翼が風をうける。揚力でふわりと浮かぶ。
単分子ワイヤーを固定していたカマクビを解除する。
アキツは低出力ながらプラズマロケットを噴射したままだ。こちらもエンジンを始動してあちらと並行して飛ぶ。
「アキツの分解を始めるわ。カウント5で実行」
「了解」
「5、4、3、2、1、スタート」
シグレの声とともにアキツの各所で爆発ボルトが作動した。
ボルトのない場所でも無理な力がかかって捩じ切れたり、何かの熱で焼き切れたりしている。
全長500メートル、全幅700メートルの巨体がバラバラになっていく。
小さめの破片がいくつか飛んでくる。
僕は翼を動かして空力の制御だけでそれを回避した。
まずはどれを狙う?
最低限、アキツの上部に収納されている打ち上げ式のタンクを手に入れれば大気圏離脱はできるだろう。ただ、それだけではあまりに芸がない。もう少し色々と手に入れたい所だ。
アキツは上面から順番にパーツが剥離してくる。
一番重要な目標である打ち上げ式タンクは比較的早めに分離する。空ではないはずだが他のパーツと比べると比重が軽い。風に乗ってすっ飛んでくる。
「ロッサ、アレを!」
「まだ早い」
アキツにはタンクの残りが6つあったようだ。
念のためにそのうち2つにビーコンを打ち込んでおく。
「最初に手に入れるのはあちらだ」
アキツの上面に鎮座していた多腕式宇宙機がそこから外れた。
100メートルほども伸長する巨大なアームを2本と小型の作業アームを複数持つゴツい重機型の機体だ。これも2機いた。
僕はこいつらに単分子ワイヤーを打ち込んだ。
「シグレ、多腕式の制御を頼む。2機に手を繋がせて一体として運用したい」
「了解」
僕はワイヤーの長さを調整して多腕式同士を接近させる。
それ以上の援護は必要なかった。伸びた腕がお互いの機体を掴む。いい感じにドッキングしてくれた。
ん?
多腕式が赤い球体のようなパーツを掴んでいる。前に見た時はもっとメカメカしいパーツだったような気がするが、他の何かとぶつかったりしてその他の部分が削れ落ちたのかもしれない。
「シグレ、あの赤いものは何?」
「あれは今朝回収した探査船ビークルの一部。その最重要部分。超空間航行機関の中枢。人類の科学では一からは創ることが出来ないオーパーツよ」
「人類が創れないって、製造工場がどうとかって聞いたことがあるけど」
「一からは創れないだけ。あのパーツを特定の条件下に置いておくと二つに分裂するらしいわ」
「自己増殖する。……あの球は生きているっていう事?」
「それは生命の定義によるわ」
生物っぽい何か、ではある訳か。
「正体不明の物体を持っていたくない。捨てよう」
「待って。あれは物凄く高価な品物なの。上手く取引すれば私たち二人の生命が買えるかも」
「使えなくもない、か。分かった。保持しておこう。メインアーム2本は自由にしておきたい。小型アームで抱え込んでおいてくれ」
「了解」
真っ赤な球体は多腕式2機の間に挟まれる。
空気抵抗の面でもこれがベストだろう。
会話している間にアキツの分解が進んでいた。僕が目をつけていたパーツが他から離れて宙を舞う。
それはガスフライヤーの機首を構成していた底面装甲だ。三角形をしている。この形状の一枚板ならばデルタ翼として活用可能だ。
二等辺三角形の頂点にカマクビを打ち込む。
ワイヤーを巻き取って、その部分にドッキングする。
底面装甲がデルタ翼で、ドーサンの翼が先尾翼となる。水平尾翼と垂直尾翼、両方を揃えるには枚数が足りない。よって二つを兼ねたV字尾翼とする。
木の葉のように舞おうとする装甲を安定させ、多腕式側のワイヤーを巻き取る。
「シグレ」
「分かっている。多腕式はドーサンのすぐ後ろにドッキングね」
「それでいい」
ドーサンのプラズマ噴流が多腕式を叩かないように推力を絞る。
近づいてきた多腕式がむんずと腕を伸ばす。
装甲を掴んでドッキングだ。
こちらも作業アームを出して底面装甲を掴ませる。メインアームのうち各一本はフリーになっている。
これで準備は完了だ。
先に撃ち込んでおいたビーコンを探す。
比重の軽いタンクはかなり上空・後方にあった。目測した感じだと、空力の操作だけではあそこまで行き着けない。
「少し失敗した。ドーサンの推力が使えるように一旦分離してやり直すよ」
「ドーサンを分離? ロケットが装甲の下側になるようにするの?」
「ああ」
「ならばこちらで操作するわ」
多腕式の伸びた腕はドーサンを掴むことも可能だった。ドーサンのV字になった両翼を掴む。そのまま三角形の装甲の先端、その下側へと移動させる。
確かにこの方が楽だ。
「ありがとう。飛ぶよ」
ドーサンのプラズマロケットを再稼働させる。
底面装甲と多腕式宇宙機二機の質量はドーサン一機よりもはるかに大きい。ドーサンのロケットだけではさほど大きな力とは言えないが、翼の揚力まで加えればそれなりの物にはなる。
ドーサンとパーツの集合体は飛行を始めた。
「行きがけの駄賃だ」
落下していくパーツの中にアキツのメイン動力、核融合炉を見つける。そこへ向けてレールガンを発射。炉に穴を開ける。
穴から核火炎が吹き出す。
膨大な放射線と共に吹き飛んだ。
これならばこちらを見下ろしているレーダーの妨害にもなるだろう。
螺旋を描くように上昇する。
実際には上昇は出来ていなかった。落下速度を鈍らせただけのようだったが、この場合はそれで十分だ。障害物の間を縫って同じく落下してくるタンクへと接近する。
ん?
別種の障害物?
ガスフライヤー由来とは思えない物体が接近してくる。
細長い帯のような形状で、自力でか風に乗っているだけかユラユラと蠢いている。
「なんだ、アレは?」
「コンブよ」
「え?」
「この星の原住生物。風に乗って飛んでいて、近くに固形物があると接触して食べようとする。探査船ビークルの残骸が星の中心核まで落下せずに居たのもこの生き物のせい」
「コンブ同士で喰いあいしそうな習性だけど」
「別種のコンブが接触したらそうなるみたいね。同種ならば同化して帯が長くなるだけ」
「どこの星でも生存競争は厳しいんだな」
観測してみるとコンブはその長さを利用して電位差や温度差を使って発電、エネルギーを得ているようだ。
面白い生き物ではあるが、核融合炉を持つドーサンとでは保有するエネルギー量に差がありすぎる。コンブではこちらの機動性について来ることはできない。
なお、多腕式宇宙機は長期間の稼働を想定していないバッテリー駆動式だ。膂力は大した物だが推力は低い。そのうち、ドーサンから電力を供給しなければならない。
細長い帯を回避しつつ飛ぶ。
タンクの一つ目に近づく。二つのタンクはだいぶ距離が離れたが、なんとかなるだろう。
ワイヤー射出。
一つ目のタンクの先端部にカマクビが噛み付く。
ワイヤーを伸ばしつつ二つ目のタンクに接近する。
こちらの先端にもワイヤーをつなげる。
ドーサンのロケットを全開にする。
二つのタンクをドーサンが引っ張る形になる。
ワイヤーを巻き取って二つのタンクを引き寄せる。
タンク同士がぶつからないように、ワイヤーの長さに長短をつける。
「私が二つのタンクを掴めば良いのね」
「頼む。空気抵抗を考えると一方だけを掴んでいる時間は短いほどよい」
「任せて」
二本の腕が旋回する。
僕でも感心するような完璧なタイミングでそれらは伸縮した。巨大なタンクをガッチリと掴み、引き寄せた。
三角形のアキツの底面装甲の一部。
その最前部に僕のドクマムシ『ドーサン』。主翼をV字に開いている。
装甲の上面中央に二つの多腕式宇宙機。二機の間には宝物のように超空間航行機関が収められている。
多腕式の左右には水素やヘリウムを衛星軌道上に運び上げるための打ち上げ式の燃料タンクがガッチリと捕まえられている。
「よし、完成だ」
僕は微笑んだ。
シグレの表情は固かった。
「まだよ、もう一仕事」
彼女が何をしているのか、僕にはハッキリとは分からなかった。
でも、彼女が膨大な演算を行なっていることには気づいた。
やがて、僕の前にその結果が現れる。
ドーサンの操縦系に新たな表示が出現した。
左右の打ち上げ式タンクの推進剤残量。多腕式宇宙機の各アームがどんな状態にあるか。底面装甲の表面温度と歪みの情報まで。
さすがに超空間航行機関の情報はない。シグレにもあれの制御は出来ないようだ。
そこだけは無いが、各所の操作権限がこちらへ集まってくる。
「ありがとう」
「これでも、まだまだ。操縦支援用のプログラムを立ち上げる。ただの部品の集合体ではなく、一個の独立した宇宙機として成立させる。私たちの共同作業の結果なら、それぐらい当然でしょう?」
「何が当然なのか理解不能だ」
でも、悪くはない。
ドーサンを中心とした集合体の操作性が向上する。
「これが新しい宇宙機だと言うのならば、新しい名称が必要だ。……以後、本機をドーサン・デルタと呼称する。異議はある?」
「賛成!」
そう言うことになった。
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