5 生存への一手
ボーイ・ミーツ・ガールなロッサ・ウォーガード視点。
さて、問題の根源はどこだろう?
僕は彼女のハンドサインは無視した。彼女自身とその周辺の設備機器を観察する。
彼女の入れられているケースには透明な液体が満たされている。これは衝撃やGの影響を緩和するための「呼吸できる液体」とかいうヤツだろう。僕たちタイプ
彼女の肉体は特別に拘束はされていないが、普通の腕力ではあのケースを破るのは困難だろう。素手・裸では僕でも難しいかも知れない。
彼女は裸だった。髪の毛のように伸びている有線ケーブルと栄養補給用のチューブ以外は何も身につけていない。歳のころは原種人類ならば10歳かそこら。ただしタイプ
裸であっても子供の肉体だ。特に気にするような物ではない。
「あの、あまり見ないで」
シグレが恥じらう。
前言撤回。
乙女の恥じらいの攻撃力は高い。僕も男性だ。少しばかり情動が刺激される。
「君をどうすれば良い? ケースを取り外して持っていく必要がある?」
「とんでもない。私はここから出たいの」
「この機械は生命維持装置になっているようだが?」
「たとえそうでも、この中にいる私は生きているとは言えない。これはあなたにとってのツノと同じ。思考と行動を強制してくる。ここにいるままではブラウからの脱出プランを詰めることも難しいわ」
「ならば是非もないな」
彼女の肉体を取り出してしまったら今以上に情動を刺激されそうだが、まぁそれで発生する問題もないか。僕らが受けた教育は性欲を否定しているわけでは無い。
念のためこの部屋の環境を測定する。
酸素40パーセント、窒素60パーセント。二分の一気圧。宇宙機としては標準に近い。気温がやや低めだが、裸でも生存に支障はない。
僕は拳を固めた。僕らの宇宙服の関節部には打撃用の突起が造られている。僕のバイザーが膝蹴りで粉砕されたように、これも武器の一種だ。
透明なケースを無造作に殴る。
ミシリ、とケースにダメージが入ったが壊れるところまでは行かない。
ならば、と今度は助走をつけて殴りつける。
ケースが白濁した。
全体にヒビが入り、そのまま砕け散る。
細かな破片と液体が床にぶちまけられた。
液体に支えられていたシグレの肉体が崩れ落ちる。その勢いで彼女の髪の毛のような有線ケーブルが外れた。
僕は彼女を抱きとめた。
僕自身は宇宙服を着ているので「だからどうした」程度の肉体の接触だ。
それでも至近距離で目と目があった。
彼女の身体の微妙な部分に視線が向いていたのもバッチリ観察されてしまった。
目を逸らす。
ついでにこういう部屋には必ずあるはずのロッカーを探す。非常用の宇宙服を収めた扉だ。すぐに発見した。非常時に使用するための物だからとても目立つ。
シグレは咳き込み、液体を肺から追い出す。
「動けるか?」
「思ったよりは筋肉が衰えてない。でも、歩き方を思い出すのにしばらくかかりそう。10年ぶりだから」
ならば本人に歩かせるよりも僕が運んだ方が速い。
そのままロッカーの前まで移動する。非常用の宇宙服はフリーサイズであったはずだ。標準よりかなり小柄な彼女に着せても問題ない。タイプ
「10年間、ね。生きてきた期間の半分ぐらいはケースの中?」
「そのぐらいね。あなたの年齢よりも長いのではなくて?」
「失礼な。僕だって10歳にはなっている」
タイプ
だから「10歳になっている」とは成人年齢に達しているという意味だが、僕の場合は今現在でも原種人類の15、6歳にしか見えない。僕はタイプ
僕はそういう意味のことを口走りながら宇宙服を着せていく。
フリーサイズ宇宙服では身体の線は隠せないが、肌を晒させないぐらいの効果はある。
いや、この場合のメインの狙いは外気が入り込んでいる場所でも行動できるようにすることなんだけど。
大人しく着せ替え人形になっていたシグレが手足をバタつかせて抵抗する。
「ちょっと、ソコ。ソコは自分でやるから!」
「そうしてもらえると有難い」
女性のその部分にどう装着するのかはよくは知らない。
深く考えれば見当はつくと思うが、あんまり追求したくない。
そんなこんなでシグレの身支度が完了した。その軽い身体を僕が抱っこする。僕としては肩に担ぐ方が楽だけれど、彼女の身体の負担を考えると前に抱えるのが一番だと思う。
「で、どうする? 何から手をつける? 打ち上げ式のタンクのところに行く? それともガスフライヤーの姿勢制御をやってみる?」
「まず、あなたの宇宙機のところに行きましょう。主に私の問題でアキツの制御はあまり上手くいかない。物理接続が外れたことで外部からのコントロールは受けなくなったはずなのだけれど」
「新しい指令は届かなくなっても、君の脳に刻み込まれた習慣づけは残ったまま、という事か」
「そんな感じ。許可がなければアキツは操作してはいけない、という思いがなかなか消せない」
その部分は僕が操作すれば済むのだけれど、彼女に腹案があるというのならば任せてみよう。時間の余裕はまだまだある。
僕は彼女の案内に従って移動を再開する。
その間に聞いたが、僕以外のメンバーが乗ってきたドクマムシはすでにガスフライヤーから離れてブラウの中心核へと落ちていったそうだ。おそらく侵入に指向性爆薬を用いたことで機体が破損していたのだろう。
「良くない兆候よ。今、強力なレーダー波がこちらをロックしている。大気圏外からね」
「ロックオンされた? 火器管制用のレーダー?」
「かなり遠くから照射しているみたい。火器管制というよりは観測用だと思う」
「燃料公社の物ではないの?」
「違うと思う。公社ではこんなレーダーは使わない。ヴァントラルが戦果の確認をしているのではなくって?」
「かもしれない」
僕たちが乗り込んだ後のガスフライヤーの様子を伺う。ありそうではあるが、逆探知される危険を考えるとあまりやるべき事ではないと思う。
でも、僕にはヴァントラル上層部の「普通」の行動がわからない。下っ端中の下っ端、ただの道具でしか無かったから。
「僕たちが宇宙へ脱出するとして、それを誰かに見られっばなしなのは嬉しくないな」
「同意するわ。ヴァントラルの攻撃の第二波を受けるのも、公社に捕まってケースに逆戻りさせられるのも私は嫌ですからね」
何とかしてレーダーを誤魔化す方法を見つけなければ。
とはいえ、今すぐに出来ることはない。彼女の案内に従って僕のドクマムシへと急ぐ。
ふと思い立ち、案内から外れて来た時に通った中央通路へと向かう。
あの双子にまだ息があれば、ツノを叩き折って協力するかどうか聞いてみたい。
ちなみに「息がある」と言ったのは慣用句としてだ。僕たちならば呼吸が止まっていてもしばらくは復活可能だ。
「あ、そちらは通らない方が」
シグレがなぜ別のルートに案内したのかはすぐに分かった。
ヒューイとバルクを置き去りにした地点に別の人影があった。一般の乗員にもまだ生存者は居たようだ。標準的な宇宙服を着た奴らが三人いる。
彼らは小口径の拳銃で武装していた。他には何か切断工具の類を持っているはずだ。なぜなら、武器以外に持っている物が双子の鬼たちの首だったから。
別に怒りはしないよ。
僕たちは彼らを殺しに来たんだ。強者と弱者の立場が逆になれば殺されるのも当然のこと。
でも、彼らと協力して脱出する気は完全に無くなったな。
乗員たちが僕を見つけて騒ぎ出した。
その会話をシグレが僕に伝えてくれる。彼らは僕らが侵入した目的が「この機体の生体コンピューター」を奪取することだと判断したらしい。
拳銃をこちらに向けてきた。
あの程度の武器では僕の宇宙服の装甲は抜けない。あたり所がよっぽど悪くなければ傷にもならない。だけど非常用の簡易な宇宙服しか着ていないシグレは別だ。
彼らはシグレを狙って撃ってきた。
「生体コンピューター」を奪われるぐらいならば破壊してしまおうと判断したようだ。
僕は半身になってシグレをかばった。
弾道を読んで肩の厚い装甲で銃弾を弾く。
僕は両手が塞がっている。だから武器は使えない。代わりに彼らが反応できないような速度で接近した。
つま先の蹴りで一人目、反転して反対側の踵で二人目を蹴る。三人目には飛び膝蹴りを叩き込んだ。
全て致命傷だ。
シグレの顔色が悪い。Gに振り回された為だろう。
「すまない」
「いいえ。構わない。私も慣れなければ」
そこから先に邪魔はなかった。僕は来たルートを逆にたどって自分の宇宙機へと戻る。
予定ではこの機体はここで投棄するはずだった。
双子たちのように指向性爆薬を使って機体にダメージを入れてなくて助かった。
僕は元のシートへと収まる。
この機体は単座だ。予備シートなどない。シグレは僕の膝の上に乗せるしかない。
後ろから乳を揉み放題?
非常用宇宙服は体の線が出るが、揉むほどは無いぞ。上から下へストンと撫でるぐらいだ。
やらないけど。
「なに?」
「いや、別に」
シグレはコクピット内の空気を検査した。そしてヘルメットを外す。
「宇宙服は着たままの方が良い。この機体はヴァントラル製の急造品だ。気密を保てる保証はない」
「それは大丈夫。このコクピットは幻想社製の規格品をそのまま使っている。よっぽど変な改造をしていなければ頑丈さには定評がある品よ」
彼女の銀色の髪がふわりと広がる。髪が勝手に動いて宇宙機と直結される。
「ところで、この機体の名称は何というの?」
「ドクマムシだ」
「え?」
「大気圏突入装備を付けた状態が基本形でそちらの名称がマムシ。大気圏突入後に不要なパーツをパージした現在の姿がドクマムシと呼称されている」
「可愛くない。それにそれは機種の名称でこの機体の名前じゃない」
「そんなことを言われても」
「名前が無いのならば私が付けてあげる」
シグレの目が虚空を見つめる。何かを検索しているのだろう。このドクマムシには衛星軌道上にいる時に僕が無作為にダウンロードした大量のデータが入っているし。
僕も手動で同じデータにアクセスする。
「ドーサンにしましょう。サイトーさんの家のドーサンさんで」
「ドーサン?」
いったい出典はどこかと思ったら、地球上のとある島で大昔に活躍した人物らしい。彼についての解説を読んでみる。
「この人もあまり褒められた人物では無さそうだけど」
「毒蛇に喩えられる人だから仕方がない。それとも、サンダユウにする?」
「その名は長すぎるよ。出典としても戦闘兵器につける名前ではなさそうだ」
「なら、ドーサンで決定」
まぁ、好きにしてくれ。
それよりも、これからの行動方針を決定しなければ。
ガスフライヤーが致命的な高度まで墜落するにはまだまだ時間がかかると言っても、遊んでいられる時間まではないだろう。
僕がそう言うと、シグレは微笑みを浮かべた。
「まだもう少し待って。今、ドーサンから敵対的なプログラムを追い出しているから」
「何か仕込まれていた?」
「遠隔操作で自爆させるぐらいのものがあるかと思ったけれど、そこまで酷くはないわ。それでも、こちらの情報を無条件で送信したり、一部の制御を乗っ取られたりはある」
「僕のツノに指令を出したり?」
「一部の制御っていうのはそこね。今ならあんまり意味ないけど」
彼女の声が、機械的・事務的な音声に変わる。
「システムの掌握、および解析完了。一部プログラムの消去・変更を実行。三秒間のシステムダウンの後に再立ち上げ」
「了解した。やってくれ」
確かにそれは必要なことだと認める。
彼女にドーサンの全てを乗っ取られる。僕の生死までその手に握られる恐れはあるが、必要経費だろう。彼女の肉体は僕の膝の上だ。その気になれば一秒かけずに殺せる。
お互いの生命を預け合うのならばイーブンだ。
わずかな時間、コクピットの中が非常照明だけになる。
そして新たなドーサンが立ち上がる。星間結社ヴァントラルからの操り糸がついていないクリーンな機体だ。
僕も各部のチェックを始める。
「動力・核融合炉、正常。火器管制システム異常なし。各関節部、動作正常。レーダー、各部センサー問題なし……何者かによるロックオン状態は継続中を確認」
「ソフトウェアを再確認します。完全に清浄であるとは断言できないので、外部からの情報に関してはフィルターを入れます。今のところ通信系への不正なアクセスはなし」
「機体に異常はない、か。ドーサンの素の能力では状況を打開出来ないのが問題だけど」
「それはこれからよ」
「どうやる?」
「ロッサの腕が頼りね」
「常識的に言って不可能ではないことならば何でも構わない」
「残念ね。私は常識という表現とは縁がなくて」
無茶振りの予感。
「私はこれからアキツをバラバラに分解するコマンドを使用するわ。ロッサには分解されたパーツの中から使えそうなものを拾い上げてドッキングして欲しいの」
なるほど、常識的に言って不可能な提案だ。
僕以外にとってはね。
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