3 危機の少女

 誘導の外れたミサイル、ロッサ・ウォーガード視点。


 この宇宙機は死で満ちている。

 最初に振りまきに来た僕たちが言うことではないけれど、僕が関わった者はどんどん死んでいく。

 テミスが死に、超重量級宇宙服の装着者たちが死に、ヒューイとバルクが死にかけている。飛んで行ったミサイルの先でも死者は出ているだろう。


 僕も危ない所だった。


 僕は壊れたバイザーからニードルガンの銃身を引き抜いた。

 僕が撃ったのは僕の額から突き出ている短いツノだ。タイプオーガを象徴する異相だが、ナノマシン以外の僕たちの機械部分はここに集中している。僕の脳を制御するための装置があるならばこの場所であるはず。

 ツノの3分の2ほどを吹き飛ばした今、自殺衝動は嘘のように消えた。


 それは計算通りだったが、もう一つ危ないことがあった

 この場所の酸素濃度は危険なレベルに下がっている。呼吸によるガス交換をおこなってしまったら意識の喪失は免れない。

 人類の生存に適した地球という星のみに適応した原種の人類と違って、僕たちには酸素濃度を感じとる能力がある。ついうっかり、で吸い込んでしまうことは滅多にないが、危険には違いがない。

 そろそろ無酸素運動を続けるのが辛くなってきた。


 僕は目の前にある無傷のヘルメットを奪った。

 バルクの物だ。

 頚椎に損傷を与えて神経を切断した。だから彼は身動きはできない。しかし、死んではいない。タイプオーガの生命力半端でない。彼には意識すらあった。

 遮るものがなくなって彼はギロリと僕を見た。

 言葉は発さない。

 呼吸が制御できないのでは発声は難しい。

 彼と僕は僅かな時間、目を合わせた。

 憎しみを込めた瞳を向けてくるかと思ったが、そうでもなかった。

 声は出なくても唇は動く。


「行け」


 そう言ったように思うが確信はない。

 僕も無言のまま頷く。

 彼のヘルメットをかぶる。宇宙服本体はともかくヘルメットのサイズには大きな違いはない。問題なく機能する。


 見るとバルクはもう目を瞑っていた。


 こんな時、人間はどうするんだっけ?

 神に祈るとかなんとか、そんな風な行為があったと思う。でも、モンスターであるオーガにそんな対象はいない。

 仇をとる。というのも変な話だ。第一、直接に殺したのは僕だしね。


 考えても答えが出ない事は、とりあえず考えない。

 それよりもこれからの事の方が重要だ。


 僕は借り物のヘルメットがまともに機能するかチェックする。

 問題ないとわかると、今度は自分の肉体の点検だ。

 重要部分だったはずのツノを破壊したことが悪影響になっているはずだ。


 軽く身体を動かす。

 格闘術の型をなぞってみる。


 なんだ、コレ?


 驚いた。

 身体を動かしてみると自分の筋肉とそれを補助するナノマシンの挙動がはっきりと感じられる。今までよりも精密に繊細に動かせる。


 ひょっとして、ツノって僕にとっては足枷にしかなっていなかった?


 かつて動きを補助するために付けられたものが、熟練するとただの重石になっていた。そんな感じだ。単純にパワーだけを比較してもこれまでの二割増ぐらいは出せそうだ。

 ま、元々の僕の力が二割増になってもヒューイやバルクたちの筋力にはまだまだ遠く及ばないのだが。


 そして、思考の枷が外れた。

 今の僕ならば何でも考えられる。

 何でも実行できる。

 ヴァントラルからの指令に反したことでも実行可能だ。


 僕たちがやっている事が一般的にはテロ行為と呼ばれて嫌われている事は知っている。

 だけど僕たちにはそれをやるのは自然なことだ。

 指令に従って困難な任務を実行することは楽しい。自分の生命をチップに賭けに出るのは歓びだ。


 危険な任務を与えられる事に文句はない。しかし、今回の任務はどうかと思うな。


 僕たちへの指令はこのガスフライヤー「アキツ」の奪取。

 そして奪ったこの宇宙機を宇宙へ運び出す。最終的にはこの機体の整備補給用ステーションに突っ込ませることになる。最後まで実行した場合、僕たちの生存確率はほぼゼロ。


 最後の瞬間にドクマムシで脱出したとしても、ドクマムシの推進剤はさほど多くない。水や空気の備蓄も同様だ。

 ドクマムシのような小型の宇宙機には水や大気の浄化装置のような物はない。長時間活動を続けることは考慮されていないので水も大気も一度使ったらそのままだ。基地や母船で補給を受ければよい、という設計思想だ。


 つまり、どう転んでも僕は死ぬ。

 つい先ほど、この自分の存在がなくなるのは嫌だと思ったばかりだ。


 生きたい。

 任務を放棄したい。

 僕が自由を得たことを証明するためにもここは任務を投げ捨てるべきではないだろうか?


 とりあえず、このガスフライヤーを乗っ取って宇宙へ出る。補給基地への体当たりなど行わずに済ます。

 その後のことは成り行き次第だ。

 燃料と推進剤は十分に確保できるだろうから、ブラウ惑星系内のどこへでも行ける。恒星間航行が可能な宇宙船を奪うか密航して他の星系へ高跳びするのが現実的な選択肢だろう。

 異なる星系同士の結びつきはさほど強い物ではないと聞く。戦闘用強化人間だとバレなければ市井に紛れ込むことも可能だろう。


 アキツが水平飛行に移っているのを良いことに僕は走り出した。


 水平、でもないかな?

 少しだけ下降しているように感じる。


 僕はガスフライヤーの廊下を自分でも驚くほどのスピードで駆け抜けた。

 本当に速い。

 廊下を塞いでいた隔壁はミサイルによって穴が開けられている。ミサイルが通過した時の穴だけではない。その後に爆風によって穴が広げられている。


 走りながら僕は体内のナノマシンの掌握を進めた。

 身体の動きを補助するだけでなく、情報処理に関しても大脳の動きを補佐できるようにその働きを組み替える。僕が何かを一目見ると、同時にそれに関する詳細データが表示される。

 この能力について考えると「鑑定スキル?」なんて文字が表示されるわけだ。


 僕は爆発が起きた場所へと到達する。


「空だね」


 ヒューイはミサイルを最大の破壊力に設定してぶっ放したようだ。

 廊下の先には何もなかった。

 水素とヘリウムの大気があるだけ。

 見えるものは薄い色のついた雲だけ。

 ガスフライヤーの操縦室は綺麗さっぱり消滅していた。身を乗り出したら空の彼方に吹き飛ばされそうだ。


 ええっと、どうしよう?


 アキツは現在、やや前傾姿勢で飛んでいる。これは緩やかに高度が落ちているということで、つまりは操縦者を失ったこの機体が墜落を始めているということだ。


 操縦室を使わずに機体をコントロールする方法なんて、今から見つけられるか?

 全長500メートル、全幅700メートルの巨体だ。予備の操縦装置ぐらいどこかにあるだろう。

 逆に言うとその巨体のどこにその装置があるか分からない訳で、さすがに途方に暮れる。

 闇雲に探して回るかどこかの端末に接触するか。

 生存者を探して聞き出すという手もあるか。

 どれを選ぶかしばし迷う。


「お困りのようね」


 通信が入ってきた。

 例の少女の声だ。彼女は操縦室には居なかったようだ。生存者を探す手間が省けた。

 僕も宇宙服の無線を作動させる。


「別に困ってはいない。この機体が墜落を始めたと言ってもこの降下率ならば深刻な影響が出るまで何日もかかる。対処する時間は十分にある」

「冷静ね。私の計算だと30日と17時間で機体に影響が出始める。あなたの宇宙服はもう少し早く限界に達するでしょう」

「その時には重宇宙服に着替えるだけだ。この機体のエアロックに大量に残っているだろう」


 この会話が僕の気を逸らすためのものだという可能性がある。僕は物陰に身を隠し、あたりに気を配りながら言葉を続けた。


「それで、要件は? 再度の降伏勧告?」

「そんな無駄なことはしない。察するところ、あなたも生き残る手段を見つけるのに苦労しているのではなくて?」

「苦労はしていない。手間がかかるとは思うが」

「私ならばその手間を省くことができる。二重の意味でね」

「ほう?」

「私ならばこの機体を自壊させることが出来る。以前から苦労してコマンドを組んでおいた。これを使えばアキツは文字通りバラバラになるわ。対処する時間は限りなくゼロに近い」

「僕よりもテロリストに近い人間がいたか。……人間だよね?」

「人間扱いはされていないわ」


 この声の主は何者なのか、僕は興味を抱く。

 人間扱いされていなくて、自殺も同然な行動を準備するほど病んでいる。僕と同等以上に普通でない存在なのは間違いない。


「二つ目の意味は生き残りへの近道と考えて良いのか?」

「真っ直ぐな近道ではないけれど、まぁそんな所ね。ところで、名前を訊いても良い?」

「ロッサ・ウォーガードだ。星間結社ヴァントラル所属。……さっきまでは所属していた。今は結社の任務よりも自分の生存に興味がある」

「自分の思考を操作していた機構を破壊したから生存への欲求が勝ったわけね。羨ましいわ。……私はシグレ・ドールト。このガスフライヤーの情報中枢にして囚われ人よ」

「情報中枢?」

「この機体に関する情報はすべて私のところに集まってくる。だけど、私は自由には動けない。さっきまでのあなたと同じ。思考にも行動にもブロックがかけられている」

「僕に声をかけて来たのはそれが理由か」

「そうよ。全てを知ってはいても、私はアキツを操作できない。先ほどまでは許可が降りていたから動かせたけれど、あのミサイルで許可を出していた当人たちが消滅してしまった。こうなると私の行動には全てにロックがかかってしまう」


 なるほど、と僕は思案する。

 この女の子は僕が感じたように半ば以上人ではないのだろう。おそらくは知力に特化した強化人間。培養された脳みそだけだったとしても不思議ではない。


「では、僕の役目は君の指示通りにこの機体を操縦すること?」

「それはちょっと難しいかな。メインの操縦室が壊されただけじゃなく、それ以前に壊された機体の損傷も大きすぎる。補助の装置では操作しきれないと思う」

「では?」

「私が考えているのはあなたの宇宙機に打ち上げ式のタンクを接続すること。ガスフライヤー全体を操作するよりもずっと確実」


 打ち上げ式のタンク。

 テミスが始末された時にも牽制として用いられた物だ。ガスフライヤーが収集した水素やヘリウムを軌道上に送り届ける能力がある。ガスフライヤーはブラウ大気圏内に入った後、これを次々に打ち上げる。ブラウ惑星系にやって来た宇宙船はそれを受け取って補給を行うわけだ。

 大量の貨物を運搬するためのものだから、ドクマムシ程度を宇宙に運ぶぐらいなんでもないだろう。


「わかった。申し出に破綻は無いようだ。念のために確認するが、僕たちの間の協定として『この星から脱出するまでの間、協力し合う』という事で良いか?」

「協定を結ぶのは同意。でも『この星から脱出するまで』ではなく『安全に別れられるようになるまで』にして。私に利用価値がなくなった瞬間に捨てられるのではかなわないわ」

「その条件で構わない」

「では、私シグレ・ドールトは誓うわ。ともに安全圏に出るまでの間、ロッサ・ウォーガードに協力を惜しまないと。我が種族の誇りにかけて」

「僕も誓おう。ロッサ・ウォーガードはシグレ・ドールトを安全圏まで必ず連れ出すと。僕個人の矜持にかけて」


 僕たちは誓いを立てあった。

 こんな誓いに効力があるかどうかは知らない。でも、まぁ、今は信じてもいいんじゃないかな。

 人間とは社会的な動物であり、僕ですら全くの一人よりは誰かとのつながりがあった方が良いようだから。


「それで、君を救助しなければいけないんだよね?」

「うん、そんなところ。そこから2フロア下に降りて、機体の中央に向かって歩いて来て。廊下に伸びている黄色いラインを辿ってくれば迷うことは無いわ」

「わかった」

「途中の隔壁は破壊しないで来てちょうだい。私のいる所はまだ気密が保たれている」

「了解だ」


 僕はシグレに言われた通りに動いた。

 途中の隔壁はそれなりに邪魔だったが、手動で開閉を繰り返した。ブラウの水素とヘリウムの大気が奥にいくことなく通過できた。


 やがて僕は「危険」と大書きされた「中央処理室」なる扉の前にやってきた。

 扉は頑丈そうだが罠のようなものがある様子はない。あくまでも中にある物が危険という意味か。


 鍵がかけられていたがチャチな物だ。振動ナイフで突破する。


 中は薄暗い部屋だった。

 中央に何か大きなものが据え付けられている。

 それは液体に満たされた透明なケースだった。ケースの中には人型のシルエットがあった。


「あんまり見ないで」


 シグレの通信が入るが、そういうわけにもいかない。

 人型のシルエットは裸体の少女だった。10歳そこそこに見える。ほぼ全裸で頭から銀色のケーブルが髪の毛のように伸びている。ケーブルはケースの上部に接続されていた。

 頭のケーブル以外は原種の人間のように見える。

 いや、強化人間を表す異相として耳が尖っている。あの形は寿命と知的能力を強化されたタイプのものだ。


「タイプエルフか」


 僕の呟きに少女は怒りの眼差しを向けてきた。


「ちょっと、あんな観賞用と一緒にしないで。こちらは論理性を重視した実用品なんだから」

「違うのか?」


 エルフで無いなら何だろう。

 僕がダウンロードした知識に答えがあった。タイプエルフの初期型で、美しさが足りないからその名前を剥奪されたタイプがあった。結局、彼らにつけられた名前は……


「タイプヴァルカン

「そうよ」


 彼女はケースの中で彼ら独特のハンドサインを作った。


「平和と繁栄を」

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