2 始まるための終わり

 ボッチを好むテロリスト、ロッサ・ウォーガード視点。


 僕は何者であるのだろう?

 そんなことを思わないでもない。


 僕は非合法の結社ヴァントラルがテロ行為を行わせるために製造した戦闘用強化人間タイプオーガの一人であり、今まさにその製造目的を遂行している所だ。


 それだけで良いような気もするし、何か足りないような気もする。

 でも、僕に許された思考の幅は広くない。「自己実現」「自我」何それ? ってなものだ。

 それどころか、僕が哲学用語を記憶に留めているだけでも驚きだ。

 おそらくヒューイやバルクではそんな言葉の概念すら掴めないだろう。


 そういえば、テミスは僕らより一足はやく機能を停止したが、原種の人間の間ではこんな時「死者を悼む」とか言う行為をするらしいな。

 それがどんな行為かは知らないけれど、自分の身に置き換えてみる。

 何かが喪失した気はするな。

 あんなヤツでも僕は製造された当初から知っているわけで、僕の中にはアイツに対処するために発達した部分が確かにある。テミスの死でその部分が二度と使われなくなった。それは僕の一部が一緒に消滅したに等しい。


 うん、アイツと一緒に僕の一部も消えた。

 それはそれとして、アイツにとっては自身の死はどういう物なのだろう?


 もう苦しまなくて済むから嬉しい?

 アイツは甘い物が好きだったが、好物が食えなくなって悲しい?

 もう何も考えられないから良いも悪いも無い、かな。


 僕だったら、今考えているこの僕が居なくなるのは嫌だな。

 この嫌だという感覚が伝えきく「恐怖」という感情なのかもしれない。


 益体のないことを考えていたが、それはほんの束の間のことだ。

 これから移乗戦闘だ。海賊ばりの斬り込みボーディングだ。僕は自分の武装をチェックする。


 パイロットスーツに追加された装甲は動きやすさを優先したもの。カバーする面積が少ないのは我慢するしかない。タイプオーガ本体の防御力・再生能力も大きいので問題はない、はずだ。


 メインウェポンは空間狙撃銃MK-775。大きなモデルチェンジなしでもう100年以上も使い続けられているという名銃だ。一発の破壊力も信頼性も申し分ない。

 サブウェポンは拳銃型のニードルガンNP-38。細かい針のような弾を無数に発射するという性質上射程は短い。しかし、非装甲目標に対する殺傷力は十分だ。傷口をグズグズに壊すため僕たちのような高い再生能力を持つ者にも有効なのは大きい。

 そして、更なるサブウェポンとして振動ナイフを隠し持つ。まあ、格闘戦の間合いならばナイフなど使わなくとも拳だけで十分だと思うが、念のためだ。

 最後に移動の補助のためのワイヤーガン。ある意味では単純な武装よりも重要な装備だ。


 ガスフライヤーの背中に強制的にドッキングした僕のドクマムシ。

 ドクマムシとアキツの間の空間に風船のようなバブルを膨らませる。

 これは移乗用の風よけだ。いくら僕でも飛行している機体の上で吹きっさらしはゴメンだ。


 バブルの中でアキツのハッチを解放する。

 遠隔で鍵をかけるより手動操作の方が優先されてしまうのが民間機の悲しさだ。飛行中の機体のハッチを外から開けようとする者がいるなど想定外なのだろうが。


 ハッチの解放中に爆発と思われる振動が二回、続け様に響いてきた。

 ヒューイとバルクは僕と違ってハッチのある所にドッキングできなかったようだ。外壁を爆破して強引に侵入したのだろう。

 僕も負けては居られない。開いたハッチから内部へと降り立つ。


 惑星ブラウの表面重力は1Gほどだ。

 地球よりも全体の質量は遥かに大きいがガス惑星は密度が低いので大気圏上層部の重力はその程度になる。重力圏の広さは地球などとは比べ物にもならないのだが。


 僕は床に着地する。

 そこ人型のシルエットが多数並んでいるのをみて臨戦態勢に入る。この短時間に僕を待ち伏せできる態勢を整えられたのは大したものだ。

 相手を称賛し、勘違いに気づく。

 人型のシルエットは全く動かない。

 空の宇宙服が並んでいるだけだった。

 作業用ハッチの内側に宇宙服が用意されているのは当然だ。

 それなりに重装備の宇宙服だ。それはガス惑星周辺の荷電粒子が多い空間で使用するためだろう。さすがに大気中での使用は考えていないと思う。


 僕はその部屋を出て先へ進む。


 各所で隔壁が降りているが、手動操作で開放できない壁はない。あっても振動ナイフ一本で破って進めるレベルだ。


 ガスフライヤーの基本構造はあらかじめ頭に入れてある。特に迷うような構造ではない。

 機体の中央を貫く背骨のようなメイン通路へと出る。


 ここへ来て初めて動く人型に遭遇。

 僕よりも一回り大きなシルエット、それが二つ背中を見せている。僕の物より重装甲と重火力の宇宙服。ヒューイとバルクだ。

 彼らはアキツにドッキングしたのは僕より後だが、僕よりも前方よりに接触したようだ。そして、爆破による迅速な侵入により先行できたのだろう。


 彼らは僕を一瞥し、そのまま前進を続ける。

 最低限の連携をとるつもりはあるようだ。

 僕は後方の警戒を強化しながら後に続いた。

 障害物を排除しながら進むのは重機関銃にヘビィアックス、ミサイルランチャーまで装備した彼らの方が適している。


 と、汎用の通信チャンネルに音声が入る。

 同時に宇宙服の外部マイクも同じ音を拾っている。


「侵入者たちに告げます。ただちに武装を解除して投降するか、本機体から撤退してください。でなければ、こちらも実力を行使せざるを得ません」


 年若い女性、と言うよりも少女か幼女の声に聞こえる。

 合成音声かも知れないが。


 こんな通告に反応するつもりは無かったが、相手も間を置かずに続けた。


「なんてね。上が降伏勧告しろって言うから喋ったけど、このタイミングで勧告しても意味はないよね。それに、私としても降伏してもらったら困る。せっかく私が自由に動いて良い事になったのだから、私を楽しませてほしいな」


 なぜだろう?

 僕の唇が動いている。誰に見せているわけでもないが、歯が剥き出しになっている。

 僕は嗤っていた。


 後ろから見ていてわかる。

 ヒューイとバルクも動きが少しだけ変わっている。彼らは遠慮なく哄笑しているようだ。


 次の隔壁を打ち破ろうと、ヒューイが巨大な斧を振りかぶる。

 その隔壁が自分から開いた。

 隔壁の向こうから物資移送用のコンテナ車が突進してくる。タイヤを磁力で吸着させて走る車だ。こんな物に激突されたら僕たちだって無傷という訳には行かないだろう。


 ヒューイやバルクなら受け止めそうな気もするが。


 流石にそれは避けたようだ。

 ヒューイが横にステップして弾道を開ける。阿吽の呼吸でバルクが重機関銃で発砲する。

 コンテナ車は機関部を破壊されて速度が鈍った。ヒューイが蹴りを入れると完全に停止する。


 これで一件落着、と思ったらコンテナ部分が内側から吹き飛んだ。


 中から現れたのは作業用の超重量級の宇宙服。人間の筋力で動かすことは想定しておらず、パワーアシストが無ければ一歩も動けないような代物だ。大きな金属板を盾がわりにしている。

 あの盾で重機関銃を受け止めたらしい。

 それが二体いる。盾を投げ捨て、ヒューイとバルクのそれぞれを標的に動き出す。

 パワーアシスト付きの手足、どころでは無かった。背中から噴射炎を吐き出しながら飛んでくる。

 手に持った武器はプラズマトーチだ。作業用の工具とはいえ、殺傷力は十分にある。


 ま、心配はしないけどね。

 アイツらが死んでも別に構わない、という以前にアイツらがあの程度の攻撃でどうかなるという気がしない。


 僕は主として後方の警戒を続けながら、片目で双子の戦いをチラ見していた。


 手足のついた宇宙機のような超重量級の宇宙服。双子の狂戦士はそれらの突進を物ともしなかった。

 プラズマトーチによる刺突?

 そんなものは最小限の動きで回避した。

 カウンターでヘヴィアックスをジャストミートさせる。

 突進してきた宇宙服は赤黒い中身を撒き散らしながら来た方向に吹き飛んでいった。

 原種の人間なら致命傷、それなりの強化人間でも行動不能だ。


 !


 無警告で重力の方向が変わった。

 水平飛行していたガスフライヤーが垂直上昇に移ったようだ。

 今までの床が垂直な壁になる。

 新たに下となったのは僕が警戒してきた後方。水平に続いていた通路が深さ100メートルを超える縦穴へと変わった。


 とっさにブーツの吸着機構を作動させる。3G以内ならこれの能力だけで壁に張り付き続けることが可能だ。


 落ちなくて済む。


 ところで、重力の影響というものは、その場のすべての物に例外なく及ぶ。

 ヒューイとバルクは僕と同様に踏みとどまった。

 問題はコンテナ車と超重量級の残骸だ。大重量の物体がこちらに向かって落ちてくる。


 双子は自慢の腕力で無造作に払い除けた。

 それは筋力の勝利でもあり、相手が目の前にあったのでスピードが上がり切る前に接触したからでもある。


 僕の方はそうはいかない。

 3つの大きな残骸がお互いにぶつかり合いながら落下。僕を押し潰そうとする。

 壁に吸着したままでは避けられない。かと言って受け止めたら僕では最低でも腕が折れる。潰されて死ぬ可能性も無いでもない。


 決断までの時間は刹那。


 ブーツの吸着を切り、跳躍して残骸を回避する。

 同時に取り出したワイヤーガンを射出する。

 ワイヤーを使って転落の危険を回避した。無事に今まで天井だった壁に張り付く。


 ガスフライヤーは背面飛行に移り、その後右へ左へと機体を揺する。

 もっとも、元々の性能のためか僕が方向舵・昇降舵を破損させたためかその動きは鈍い。僕たちを足止めするには性能不足だ。

 双子たちはスタスタと前進を再開したし、僕もその後をついて行った。


 重力の方向がもどる。

 無駄な動きは諦めたようだ。


 僕は元の床に降り立って、つまらないな、と思う。

 先ほどの通信の主は大口を叩いておいてこの程度か。口ほどにもない。


 そう思った瞬間に次の攻撃がきた。こういうのをフラグって言うんだっけ?


 それは頭痛だった。

 テミスが乗機ごと吹き飛ばされた時に感じたのと同じ名称し難い不快感だ。

 不快感で焦燥感。

 僕は何かをしなければならない。


 何を?


 ええっと、前にいるあの二人を殺さなければならないんだ。

 その後で自分も死ななければならない。

 そうだ、それで間違いない。


 違ったっけ?


 ヒューイとバルクも足取りがおかしい。僕と同じ衝動を感じているのだろう。


 最初に動いたのはヒューイだった。

 一番最初で一番正しい行動をした。

 彼はヘビィアックスを手放し、ミサイルランチャーを構えていた。アレの爆発ならば全員まとめて死ねる。宇宙機の外装でも破壊できるレベルの武器だ。自爆目的以外の何を考えてアレを持って来たのかわからない。


 ヒューイはそれを前方に向けてぶっ放した。


 隔壁がある?


 あのミサイルは知性化された物だ。

 隔壁など自律判断でぶち破る。曲がり角があってもきちんとカーブし、目的地まで飛んでいく。


 どこか遠くで爆発した。

 あたりの気圧が変化する。気温も急降下したようだ。大気が白い霧に変化する。


 先ほどの少女の声がなぜか笑い声を上げていた。


 ヒューイよ、僕たちはまだ生きているぞ。

 この廊下の突き当たりが破壊された以上、いつまで生きていられるかは判らないが。


 次に動き出したのはバルクだった。

 空になったランチャーを下ろしたヒューイに重機関銃を撃ち込む。重装甲と重火力の激突だ。至近距離から撃たれた衝撃でヒューイはバランスを崩す。単純な質量弾が装甲に弾かれるが、3発に1発混ぜられたプラズマ化弾頭が装甲に穴を穿つ。

 あっという間に重傷者の出来上がりだ。

 まだ死んではいないがあたりの大気は呼吸が困難なものになっている。宇宙服が破壊されていては死体と大差ない。


 お次は僕の番かな?


 愛用の狙撃銃を構える。撃ち続けるバルクの銃を持った肘に狙いを定める。

 

 発砲する。

 味方同士の殺し合いを止めるために撃ったのか、それともバルクを殺したいけれど関節以外は弾が貫通しないから肘を狙ったのか、僕自身にも判別がつけられなかった。


 肘を撃ち抜かれたバルクは重機関銃を保持できなくなった。反動に負けて手を離す。

 彼は残った左手でヘビィアックスを構えた。


 距離がある。銃を持っている僕の方が有利。

 なんて事は無いんだよね。


 バルクが爆発的な勢いで踏み込んでくる。

 僕は再度発砲。

 銃弾はアックスに受け流される。

 二発目を撃つ暇はない。

 バルクはアックスを振りかぶる。

 僕はそこで間合いを読んだ。

 刺突ならばともかく斬撃では踏み込みの速さが逆に隙となる。アックスが振り下ろされる前に刃の軌跡の内側へ入り込む。


 こちらも読まれていた。


 飛び込んだ僕を待っていたのはカウンターの膝だ。尖った装甲が僕のヘルメットの顔面に突き刺さる。

 比喩表現でなく本当に突き刺さった。

 ヘルメットのバイザー部分が砕け散る。

 衝撃に頭がクラクラした。バイザーが砕けたことで衝撃が緩和されたのは幸運だった。それがなければ一発KOされていたかも。


 読み合いは僕の負けだが勝負はまだ続いている。


 僕は息を止めて、バルクの右腕側に回り込む。

 肘を撃ち抜いた腕を掴んで、彼の背中に張り付く。


 幼い頃から彼と何度となく繰り返してきた動きだ。彼との大人と子供並みの体格差をカバーするための戦法。

 この体勢になったら僕の勝ちだ。


 だけどバルクは背中に張り付いた僕を振り落とそうとする。廊下の壁に叩きつけようと狙っている。


 これは実戦だ。判定勝ちはない。


 僕は装甲の隙間から振動ナイフを、バルクの頚椎に向かって突き刺した。


 終わった。

 彼はこの程度では死なないが、首を損傷していては身体を動かすことが出来ない。


 ヒューイもバルクも死んだか、死を待つばかりの状況にある。

 あとは僕だけだ。

 僕が死ねば全て終わる。


 自殺に対する欲求が膨れ上がってくる。


 これは攻撃だ。

 多分、サイバー攻撃。

 生身の脳に対するハッキングなんてできる訳がないけれど、僕たちには行動を規制するための装置が取り付けられている。そちらをハッキングすれば不快感や自殺衝動ぐらいは起こすことができるのだろう。


 それを理解しても衝動は収まらない。


 僕は振動ナイフを手放すことには成功するが、代わりにニードルガンを手に取ってしまう。


 砕けたバイザー越しに銃口をそちらへ向ける。


 引き金を引いた。


 そして僕の世界は砕け散った。

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