第一章 襲撃と出会い

1 ガスフライヤー襲撃

 生まれながらのテロリスト、ロッサ・ウォーガード視点。


 大気圏突入可能戦闘機マムシ。

 僕はそれに乗って宇宙にいた。僕の名はロッサ・ウォーガード。非合法の星間結社ヴァントラルで製造された戦闘用強化人間だ。タイプオーガなどと呼ばれている。その名に相応しく筋力も反射神経も耐G性能も原種の人間をはるかに上回る。

 僕はちょっと例外だけれど、一般のオーガは体格も大柄で顔も厳つい。そして額に一本の角が生えている。この角が僕らが強化人間であることを表す異相だ。

 強大な力がある分、僕たちには枷がはめられている。

 勝手な行動をしないように。

 おかしなことを考えないように。

 行動を規制する機構がハード的に組み込まれている。


 僕はそのことをわずかに不快と感じ、次の瞬間にはその気持ちを打ち消される。


 などと言っているけどね、僕は今ウキウキしているんだ。

 今回の任務では外部へのアクセス権限が大きく緩和されている。目の前には戦場となるはずの巨大ガス惑星ブラウが大きく広がっているが、こんなものは無視だ無視。ヴァントラルの中枢を通さない外部ネットとの接続という機会を逃すわけにはいかない。

 可能な限り大量のデータをどんどんダウンロードする。

 どんな情報なのか精査するのは後でいいや。今は大量の情報だけを入手する。「今晩のおかずに好適なレシピ」も「歴史上の性格の悪い人物100選」も僕にとっては等価でしか無いしね。


 回線の独占が酷すぎる、と警告が入った。あたりの荷電粒子の濃度が上昇し、回線自体も細くなっているようだ。

 一旦、打ち切るしかないか。

 また後で、だな。この任務が続くうちはアクセス権限はこのままだろうと期待する。


 任務に対して意識を戻す。

 僕たちの今回の任務は戦闘機マムシ4機による襲撃作戦だ。ターゲットは惑星ブラウ上を飛行し続ける水素・ヘリウム採取用宇宙機。ガスフライヤーと呼ばれるそれの4番機で機体名はアキツというらしい。

 アキツはろくな武装を持たない民間機だ。撃墜するだけなら容易だ。しかし、命令では内部に侵入してコントロールを奪取せよ、となっているので少しだけ難易度が高い。


 僕たちはアキツが来る予定だった空域の上の宇宙空間にいる。だが、ガスフライヤーの姿は見えない。レーダーにも捕捉できず、何か予定外の行動をとっていることが予想される。

 ガスフライヤーは全長500メートル、全幅700メートルに及ぶ大型機だ。近くに居れば探知できないなどということはあり得ない。

 ではあるが、惑星ブラウは巨大ガス惑星でありその直径は地球のそれのおよそ11倍ある。表面積を考えただけでも大きいが、それだけではない。地球型惑星ならば大気はその表面を薄皮一枚分覆っているだけだ。しかしガス惑星の場合は宇宙機が活動可能な領域は膨大な厚みとなる。無制限に下へと降りていけば圧壊するだろうが。


 僕は無闇矢鱈な探索は諦めて、先ほどから見ているネット上で検索してみた。

 簡単に出てきた。

 ガスフライヤー「アキツ」が120年前に消息を絶った探査宇宙船ビークルの残骸を発見、回収作業を行っている。と、普通にニュースに出ていた。


 僕らは運がなかったようだ。


 でも、そうと分かればどうとでもなる。

 アキツが辿ってくるはずだったコースを遡って観測する。ちょっと思いついて、赤外線センサーを使う。惑星ブラウ自体も熱を発しているので分かりづらいが、熱核ジェットを使って飛行した跡はうっすらと航跡となって残っていた。


 発見した。


 元々の航路から少しばかりズレたところで無理やりな低速飛行をしている。

 ま、この惑星上で失速したところで立て直す時間はほぼ無制限にあるのだから無謀な行為ではない。


 僕は僚機に目標物発見の報を送る。

 目標の位置と赤外線画像を添付しておいた。


「チッ、ロッサに先を越されたか」

「無駄口を叩くな。この位置ならば軌道変更で到達できる。行くぞ」


 一応のリーダーである一番機のテミス・フォートは真面目だ。

 憎まれ口を叩いたのはヒューイ・バサークかバルク・バサークのどちらか。あの二人は区別する必要もない。同一の遺伝子から製造され、趣味嗜好・言動もほぼ同じ。幼児の頃からの付き合いだが、二人の間で意見の食い違いが出たところを見た記憶はない。


 僚機となる3機のマムシたちは我先にと軌道を変更する。

 僕もその後ろに続いた。迂闊に前に出て、後ろから撃たれたりするのはゴメンだからね。


 僕は戦闘用強化人間タイプオーガの中でも異端だ。

 オーガたちは基本的に身長二メートルサイズ。筋肉の量もオーガの名に恥じないぐらいある。

 それなのに僕は身長170センチ程度。筋肉も無いとは言わないけれど、盛りあがった馬鹿みたいに量の多いそれではない。しなやかな鞭のような体躯だ。

 つまり、一般のタイプオーガ基準では僕は貧弱だ。動きの速さや耐G能力では負けるつもりはないが、純粋な膂力では二歩も三歩も劣る。


 それだけなら憐れまれ蔑まれるだけで済んだかも知れないな。


 問題は僕が負けるのが嫌いなことだ。

 筋力で他のメンバーに劣る?

 ならば頭脳でテクニックでそれをカバーする。

 一対一の格闘訓練でさえ僕は他のメンバーと互角に戦い、時に勝利した。それは力という物を信仰する連中には我慢ができないことであったようだ。とくに双子の狂戦士バサーク兄弟などはその傾向が顕著だった。


 ま、イロイロあった。


 ズルだ、卑怯だと罵られた。

 実戦に卑怯もクソもあるか、と返したら二対一、三対一で襲われた。

 確かに実戦ならば数を揃えるのは重要な事だよな。

 脚を潰されたり、腕を引きちぎられたり、タイプオーガの再生能力がなければただでは済まなかった所だ。

 あ、腕をちぎられた時は奴らが怒られていたな。他の事ならば訓練の延長で済むが、手足の欠損は再生した部分の筋肉をまた鍛え直さなければならない。「これまでの訓練の成果を打ち消すようなことはするな」だそうだ。


 なんだかんだで僕は憎まれている。

 テミスの方はまだマシだが、それでも訓練で僕に負けるのは容認し難い屈辱であるようだ。時々、凄い目で睨んでくる。


 さて、ガスフライヤーの現在位置が近づいてきた。

 僕たちはマムシの外部推進剤タンクをパージする。

 マムシは急造の機体でありまともな設計はされていない。大雑把に頑丈に造られている。重量やコストの面で最適な数値なんか求めなくていい。とにかく頑丈にしておけば問題ないという設計(しないで済ます)思想だ。

 その頑丈さに物を言わせて強引な大気圏突入を行う。

 スピードが早すぎたので機体底面全体をエアブレーキに使って減速する。


 アキツは倒立するような姿勢で空中静止していたが、こちらに気付いたのか水平飛行へと移った。

 挨拶もなしで大気圏外から急接近する機体があれば、敵対者だと見当もつくか。

 ひょっとしたら僕らのことをミサイルだと思っているのかもしれない。


 アキツの進路は真っ直ぐこちらを向いていた。

 ヒューイが愚かなことを口走る


「へ、真っ向勝負ってわけか?」


 違うな、こちらをオーバーシュートさせる気だ。


 僕たちは急ブレーキをかけつつも、隕石のように真っ直ぐ落下している。ガスフライヤーはその下を潜って反対側に抜けるつもりだ。


 ここは一番後ろを飛んでいる僕の出番だ。

 僕は自分の機体を傾ける。翼が地面(そんなものは無いが)に対して垂直に立つようにする。強引に旋回しながらの大気圏突入だ。機首を起こす形でUターン、逃げようとするアキツの後方につける。

 距離は開いていたが、こちらは大気圏突入による猛スピードがある。あっという間に距離がつまる。

 軽く攻撃を当てようと兵装選択。レールガンを使用。


 エラー表示。


 大気圏突入用の外殻をまとったままだ。兵装は使用できない。

 外殻をパージしようとしたがこれもエラーだ。まだスピードが速すぎる。

 仕方なくガスフライヤーを至近距離で追い抜いた。

 全長500メートル、全幅700メートルの三角形の機体をかすめるように飛ぶ。


 ようやく機体が冷えてきた。

 今度こそ外殻をパージ。

 マムシはその中身である通称ドクマムシに変化する。武器が使用可能になるだけではなく機体各部の関節も機能し始める。翼も胴体も可動することで、耐G仕様の強化人間でもなければ操縦できないような圧倒的な運動性能を得ることができる。


 こうなったら鈍重な大型宇宙機が逃げられる道理はない。

 僕のドクマムシは翼を羽ばたくように動かす。ひらりとした動きで再度、アキツの後方に占位する。


 おかしな物が見える。


 アキツの背中に宇宙での作業用と思われる宇宙機がへばりついている。大型のマニピュレーターを装備した機体だ。二本のマニピュレーターが何かを抱えている。

 何かの機械の一部のようだ。

 あれか。

 発見したという何とかいう探査船の一部か。


 お宝を発見し、この後に及んでもそれを抱えたまま逃げている訳だ。


 僕は冷笑する。

 あの世までお宝を抱えて行っても仕方ないだろう。

 もっとも、お宝があろうと無かろうと僕を振り切ることはできないのだから同じことかも知れない。


 レールガンを発砲する。

 ガスフライヤーは左右に蛇行しながら飛んだ。回避行動のつもりらしい。

 またしても冷笑に値する行為だ。それで避けられる訳がない。幅700メートルだぞ。あの形状ならば、せめて上下にのたくるべきだろう。場所にもよるが高さならば50メートルかそこらで済む。


 徹甲弾が数発着弾。

 相手が大きすぎるので致命傷にはならない。


 意味のない回避運動だったが、こちらの役には立った。

 アキツが蛇行している間に残りの3機のドクマムシが追いついてくる。


「足止めご苦労。あとは任せろ」

「貧弱は引っ込んでいろ!」

「パワーだ、パワーだ!」


 ま、いいか。


 血気はやった連中に任せて、僕は速度を緩める。

 3機のドクマムシはアキツの周囲を飛び回りながら散発的な銃撃を加える。


 ガスフライヤーの動きが変わる。

 効果のない回避行動をやめて直線の加速に移る。


 !


 何だろう?

 頭痛を感じる。

 痛みなど集中を乱すのであればすぐにカットできるはずなのに、なぜか無視できない感じの痛みだ。


 痛みの正体を考察する暇もなく、アキツが次の手を仕掛けてくる。

 その背中から大きな筒状の物体が分離する。採取した水素やヘリウムを軌道上に送るための打ち上げ式のタンクだ。

 同時に探査用のドローンとおぼしき物体も発射される。


 どれも僕たちに攻撃をかけるには不足な物体だ。しかし、正体不明な頭痛に悩まされながらだと、注意を散漫にする程度の効果はあった。


 後方に下がっていなかったら、標的にされたのは僕だったかも知れない。


 本命の攻撃はプラズマロケットだった。これまで使っていた熱核ジェットエンジンに加えて、宇宙航行用のエンジンにも点火した。収束率は低いがビーム砲のような物だ。

 アキツの真後ろに居たドクマムシがプラズマ噴流を浴びた。


 あっという間に崩壊、爆発した。

 あれはテミスの機体だな。


 双子たちの機体が一瞬、距離をとる。


 それと入れ替わるように僕が前進する。

 アキツのプラズマロケットにはこの後、こちらも用がある。だから、熱核ジェットと方向舵・昇降舵あたりを中心に銃撃を加える。

 運動性能を多少は減らすことができただろう。


 ガスフライヤーにこれ以上の抵抗を許すつもりはない。

 大体、小型機であるドクマムシには航続時間に限界があるのだ。燃料も推進剤もブラウ大気中から無限に採取できる相手と持久戦をする訳にはいかない。

 頭痛はまだ続いているが、この程度ならば問題ない。腕が千切れようが脚が無くなろうが戦闘を続けられるのがタイプオーガだ。


「こちらロッサ。これより牙を突き立てる」


 特殊兵装であるカマクビを射出する。

 これはドクマムシ本体と単分子ワイヤーで繋がった「口」だ。文字通り敵に噛み付いて固定される。


 うまく着弾した。

 ガスフライヤー上部の人間用のハッチがあるあたりに命中。

 ワイヤーを巻き取っていくことで接近。

 アキツが機体を揺らしてこちらにぶつかろうとする。そちらへバーニアを噴かすことでエアクッションを形成。余裕を持ってのドッキングに成功する。


 噛み付いたカマクビの他に二枚の翼も指のように可動させる。

 カマクビでの噛み付きに加えて翼でつかむことでガッチリとホールドした。


 ドクマムシの出番はここまでだ。

 これより移乗戦闘にうつる。


 操縦席に固定されていた身体を解放し移動を始めた時、ガスフライヤーの外装を軽いショックが二回伝わってきた。

 どうやら、ヒューイとバルクも接触に成功したようだ。


 別に、僕一人でも構わないんだけどね。

 アイツらと連携を取るのは面倒なんだ。


 そんなことを考えながら、僕はレバーを引いた。

 パイロット用宇宙服に自動で装甲と兵装が取り付けられる。


 ここからが第二ラウンドだ。

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