第3話


 結局、あの後病院にいてもどうにもならないと言われ、家に帰ることにした。今は自分の部屋にいる。琥珀さんのことは誰にも見えていないらしく、気付かれないままだった。時々、琥珀さんと話をしているときに母に聞かれ、独り言かと問いかけられたが。足の痛みの様子はというと、さらにひどくなっていて、上半身を起こすのがやっとだ。それも、両腕がしびれているので彼にやってもらっているのだが。それ以外は全く動けない状態だ。


 「あの……、どうしてそこまでしてくれるのですか?」


 なぜか琥珀さんは身の回りのことまでしてくれている。どうしてか聞いてみると、


 「やりたいから?」


 疑問形で返された。言葉を失ったまま黙っていると、


 「ん? どうかした?」


 と彼に聞かれた。その直後、急に視界が暗転し、瞼を閉じてしまった。

 


 『私がいるから?』


 再び誰かの声が聞こえた。病院にいた時も見えた女の人の後ろ姿が、今度はかなりはっきりと見える。背中にチョウのような羽がある。


 誰? と問いかけようとしたら、


 「まあそうだね。もう少しだから待っててよ」


 琥珀さんの声が聞こえた。その直後、また急に視界が明るくなった。


 「あれ……?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。何だったの……?


 「もうすこし、だね」


 と琥珀さんが小さく呟いた気がした。


 分からないことだらけだな……。

 


 そして、期日だと言われた日になった。


 「さて、一週間たったわけだけどやっぱり願いは見つからない?」

 「はい……。すみません……」


 琥珀さんの問いかけに、うつむいてしまう。


 「別にいいよ。強制じゃないし、俺が叶えたくてやってるだけだしね」


 琥珀さんに頭をなでられる。


 「子ども扱いですか……?」

 「子供だよ、君は。俺、二百年近く生きてるし」

 「二百年も?」

 「まあね。でも、死神の中では最年少だよ?」

 「そうなんですか……」


 何の変哲もない、ありきたりな話をしながら、私は今更ながらこんな日々がもっと続いてくれればよかったのに、と思った。しかし、それは無理な願いだ。

 今日、自分は死ぬ。期日、寿命が来たのだから仕方がない。諦めるんだ。琥珀さんと会話しながら、私は自分に言い聞かせていた。


 「ん? どうかしたの?」


 琥珀さんが聞いてきた。顔に出ていたのだろうか。

 

 どうしよう……?


 「あ……えっと……」


 とっさに言い訳を考える。その時、


 「おい」


 低い男の人の声が部屋に響いた。


 「え……?」


 声がした方へと振り向くと、そこにいたのは、中年くらいの男性だった。


 「一週間も寿命を延ばすとは何事だ? 二、三日ならまだ許容範囲だが、さすがにこれは処罰が下されても文句は言えないぞ」


 男性の言葉に琥珀さんが無言でにらみつけた。


 「そんなの、俺の勝手じゃないですか。いくら先輩だからって文句言われる筋合いはありません。それに、寿命を一週間以上延ばしてはいけないなんてルール、ありませんよね?」 


 にらみ合う二人に、私はどうすればいいのかわからず戸惑っていた。


 「あの……どちら様ですか?」

 「この人は常盤さんだよ。俺の先輩の死神」


 視線を外さないまま、琥珀さんは答えた。


 「とにかく、話を聞かせてもらうぞ」


 怒りがにじみ出ている声で、常盤さんが言い放った。

 

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