好きな人が結婚するとき
宮森 冬子
好きな人が結婚するとき
「裕子、その格好寒くないの?」
「最近、お呼ばれが多くて。他のドレスはクリーニング出していて、これしかなかったの」
本当は嘘だ。1番のお気に入りの薄手のドレスをこの結婚式には、どうしても着たかった。
でも、そんなこと久美にだって言えない。
だから久美には寒さで困っている顔を取り繕って、昨夜考えた言い訳を答える。
白で統一された室内に、緑が青々と生い茂っているのがよく見える大きな窓。まるで温室のような穏やかさを感じるチャペルで、私達は新婦の友人側の席に着席して、本日の主役たちを待つ。
暖かさを感じる空間なのに、薄いパーティドレスのせいだろうか、手先は震える程冷えていた。
これから始まる挙式を楽しみしている参列者。晴れやかな人たちの顔を見ると、私の心は反比例のように沈み込んでいく。
ざわめく声の合間から小さな音楽が響き始め、それに気づいた人々が、波が伝わるように静かになった。
司会の進行で全員立つように促され、立ち上がる。
後ろの扉が大きく開け放たれ、わっと参列者が沸くと、
白いタキシードに身を包んだ新郎が、晴れやかな顔で立っていた。
綺麗に撫で付けられた髪、糊の効いた白いタキシード、まだ指輪のない左手の薬指。
新郎の格好を見て胸が高鳴ると同時に、大きな鈍器で殴られ大きな穴に落ちていくような感覚に襲われる。
私は、今どんな顔をしている?ちゃんと笑って拍手できている?周りから、一緒に参列している友人から同僚から変に思われてない?
喉の奥が締め付けられるような感覚と共に、熱いものが目の奥から込み上げてくる感覚に焦る。
落ち着いて。落ち着いて。何も考えちゃダメ、感じちゃダメ、感情を押し殺して。
小さく深呼吸を繰り返す。
「杉山さん、結構かっこいいね!」
隣で囁くように感想を述べる久美。
「そうだね。職場で見るときとは、大違いだよ。」
かっこいいことなんて知っている。普段、職場ではてきとうな格好ばかりだけど、ちゃんとすれば、それなりに見えることだって。
「私は、初めて見たけど、しっかりしてそうな人だね。安心した。
カナってかなり抜けたところあるじゃん?」
軽く笑う久美に、そうだねと空返事をする。
私の前を、杉山さんが笑顔で通り過ぎていくのに目が釘付けになっていた。
こんなに嬉しそうな杉山さんの顔、初めて見たかも。
抑えていた涙が戻ってきそうになり、バレないように慌てて上を向く。
*
杉山さんは、私と同じ部署の先輩。年齢も入社年度も3つ上で、1番年齢の近い先輩だ。
「杉山さん、ここの資料なんですけど、どうやって作成したらいいですか…?
過去の資料見てもいまいち分からなくて…」
私が部署配属されて、教育係になったのが杉山さんだった。
右も左も分からない私に、杉山さんは満面の笑みで大体決まってこう言うのだ。
「うーん、それはねぇ……。よく分かんないなぁ。一緒に資料室行こうか」
そして、調べ方を一から教えてくれる。きっと知っていることなのに、一緒に調べてくれる。どこの資料から引用しているのだとか、細かいところを丁寧に教えてくれる。
そんな杉山さんに、私は恋に落とされたのだ。
部署配属から1年程経つと、杉山さんと先輩後輩としての仲は深まった。
「杉山さん、またカーディガンの肘のところ、穴空いてますよ」
こそっと教えてあげると、のんびりした動作で肘部分を確認する。
「あー、本当だ。これも、ダメかー。また買いに行かなきゃだ。
教えてくれた中村さんには、はい、これは口止め料ね。」
そう言って、慣れたようにいちご味の飴玉を3つ私の手のひらにのせる。
「これだけですかー?もう3回も教えてあげたのに。」
「手厳しいなぁ。じゃあこれでどうか勘弁!」
と笑顔のまま、キャビネットに隠しているとっておきだと言っていたカップ麺をくれた。
「あ、ありがとうございます…」
あまりの杉山さんの笑顔に、カップ麺を思わず受けとる。
本当はデートに誘って欲しかった、誘いたかった。
二人で何度か飲みに行ったこともある。しかし、デートとは言い難く、先輩後輩として楽しく飲んだだけだった。脈なしなのだろうか。もし告白して、ダメだったら。席も隣同士で、気まずい雰囲気になるのは嫌だ。今の関係は、壊したくない。そう思うと、告白出来なかった。
時間が経っても何も変わらない私達。
そんな私達の関係が変わったきっかけは、杉山さんと仕事で商品のサンプル配りをしていたときだった。
「あれ?裕子?何しているの?」
偶然通りかかったカナが話しかけてきた。
「カナ!今、仕事でサンプル配りしてて…。よかったらカナも貰って!」
「やったー!ありがとう!使わせてもらうね。」
カナが笑顔で受け取る。すると、私たちの元に杉山さんがやってきた。
「中村さんのお友達ですか?」
「はい。幼馴染なんです。」
杉山さんの質問に私が答える。
「こんにちは。裕子の幼馴染の如月カナと言います」
「こんにちは。僕は中村さんの同僚の杉山です。よかったらサンプルの感想聞かせて下さいね」
いつもの笑顔でカナに話しかける杉山さん。何か嫌な予感がした。長年、カナの友達をやっているから雰囲気で分かってしまったのだろうか。
「はい、ぜひ使わせて貰います!あの、杉山さんの連絡先教えてもらえませんか?
サンプルの感想、直接ご連絡したいんです」
にっこり笑って言ったカナの一言に、私はまずいと思った。優しい杉山さんは快く教えるだろう。カナは、久美と私とカナの幼馴染3人の中で積極的に恋愛するタイプだった。忘れていた。私とカナの好きな人のタイプは、似ているのだ。
連絡先交換をする杉山さんとカナの姿を横目に見て、足元に大きな穴がぽっかり空いてしまったように、体がぐらりと揺れる気がした。
そこから2人の進展は、早かった。2人の進展に焦る私を尻目に、トントン拍子で交際が始まり、1年程経った頃には結婚の話が出たのだ。
*
ゆっくりと神父の前へとたどり着く杉山さん。
会場が静かに、だが確実に、次第と盛り上がるのを感じる。次に現れる新婦を思い、自然と後ろのドアに人々の目が向く。
私も他の人に倣って後ろを見るふりをして、杉山さんを盗み見る。杉山さんの晴れやかな顔の中に期待の色を見つけて、私はますます暗い穴へと沈み込んでいくようだった。
盛り上がる音楽と人々の期待。大きく開け放たれる扉。
拍手の中、綺麗に着飾って顔をベールで隠した新婦の姿が現れる。
人々は盛り上がり、カメラのシャッター音と拍手が重なりあう。
純白のドレスに身を纏い、ベール越しでもわかる嬉しそうな顔のカナ。
それに対し、せめてもとお気に入りのドレスで着飾って、悲しみを必死に隠す私。
嬉しそうなカナにドス黒い感情を向けている自分がいた。
あのとき、カナに会わなければ、杉山さんは私の隣にいたのだろうか?
いや、勇気のない私のことだ。きっと今のままだったのかもしれない。
嫉妬しか出来ない自分が惨めで苦しくて、再び喉が締め付けられた気がした。
バージンロードの途中まで向かいにきた杉山さんに、カナがたどり着く。カナのお父さんから杉山さんに、カナの手が移されるのがスローモーションのように見えた。
今が幸せだと言わんばかりに見つめあう二人。
誓約を交わし、指輪を交換する。先程まで何もついていなかった二人の左手の薬指に、静かに光る指輪がはめられる。そして、ベールが上げられ、誓いのキスをする二人。
司会が挙式の終わりを告げ、二人は手を取り合って退出をする。
その二人に祝福の拍手、そしてお祝いの言葉と花びらを投げる参列者達。
私も祝福しないと。おめでとう、おめでとう。昨日、無心で言えるようになるまで熱心に練習した言葉だ。
「二人ともおめでとうございます!」と私は嬉しそうな顔を貼り付けて、二人に祝福をかける。
多くの祝福と共に主役の去った会場は、余韻を残しながらも冷静さを取り戻しつつあった。
「カナ、綺麗だったね。披露宴も楽しみ!和装するのかなぁ」
久美が緩んだ顔で話かけてきた。
「和装、いいよね。きっとカナ似合うよ!でも、杉山さんは袴似合うかな?」
ねぇ、私ちゃんと笑えてるよね。でも一旦、一人になりたい。
そして、披露宴ではちゃんと笑えるように冷静さを取り戻してくるから。
「私、披露宴前にトイレ行ってくるね。やっぱり寒くて冷えちゃった…。
先に会場に入ってて!」
久美に告げて、逃げるように会場を出た。
トイレの個室に入って一息つく。涙が出るのを必死に抑える。
杉山さんが、もう私の手の届かないところに行ってしまった。いや、元々手が届かない人だったのかもしれない。
カナより先に出会っていたのに、カナより多くの時間を杉山さんと過ごしていたのに、私には関係を変える勇気がなかった。せめて脈があったのか、なかったのか、告白しとけばよかった。
そう思っても、今日はすでに二人の結婚式。手遅れだ。
本当は結婚式に出席したくなかった。しかし、新婦の友人、新郎の同僚、そして二人を引き合わせたキューピットになっていた私には、出席しないとは言えなかった。
こんなに惨めになると分かっていたにもかかわらず。
今日は、全て終わって家に帰ったら、一人で思いっきり泣こう。
お風呂に入りながら、ビールを飲みながら、音楽を聴きながら、思いっきり泣こう。
この杉山さんへの思いを胸に仕舞い込んで、簡単に開かないようにしなければならない。
そして、杉山さんと職場で会うときは、片思いの相手ではなく仲の良い先輩後輩として会えるようになろう。きっと時間が解決してくれる、そう信じて。
好きな人が結婚するとき 宮森 冬子 @ninniku-oishi
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