第16話 野良の誇り、大鬼の誇り

「おるぁぁぁぁ!!」


 雄叫びとともに拳が振るわれる。恐ろしき剛力だ。戦車であってもこの一撃には耐えられまい。

 並のヒーローならば、マトモに喰らえば致命傷は必死。ならば回避か? ──否だ。


「ぬっ……!?」

「っ、ギッ……!!」


 腕をクロスし、あえて真正面から茨木童子の拳を受け止める。戦術的には悪手も承知だ。それでも避けるという選択肢は存在しない。

 衝撃が身体を貫く。腕がひしゃげ、あらゆる内臓が破裂したと錯覚するほど。踏み締めた大地が破砕し、その勢いのまま捲れ上がっていく。


「きっ、かねぇんだよ!!」

「なんとっ!?」


 だが耐えた。拳を受け止め、その上で弾き飛ばしてみせた。

 そしてガラ空きとなった胴体。体勢を崩し、無防備となった土手っ腹に返しの拳を叩き込む。


「ガッ……!?」


 茨木童子がくの字に曲がる。そのまま衝撃に耐えきれず吹き飛──


「──退かぬわぁぁ!!」

「マジか……!!」


 これを堪えるか!! 吹っ飛ぶ直前に脚を大地に叩き付け、コンクリートを粉砕しながらも茨木童子はこの場に留まった。

 あまりにも無茶な選択だ。これでは衝撃が逃げない。ただでさえ体勢が泳ぎ、無防備となった胴体への一撃。吹っ飛んでなお大ダメージ必至な筈の威力を、逆に前に進んで喰らいにくるか!

 人間であれば骨が砕け、筋肉が裂け、筋が千切れるような自殺行為。土手っ腹に大穴が空いてもおかしくない。

 それは怪物たる鬼であっても例外ではあるまい。口から零れ落ちる夥しい量の鮮血がその証。

 それでもコイツはやった。反動すらも覚悟の上で。無意味だと分かっていても、それ以上に譲れぬ一線がある。俺と同じで意地がある。


「素直に吹っ飛べばいいものを……!」

「我は鬼だ!! 大鬼だ!! 真正面での力比べで負けられるかよ!! 人を相手に負けられるかよ!!」


 茨木童子が吼える。先程までの何でも有りの戦闘ならいざ知らず、純粋な肉弾戦は鬼の領域。いや聖域だ。

 だからこそコイツは踏み留まった。大鬼としての在り方が、伝承に謳われる茨木童子の『名』が、この場から離れることを許さない。


「怪物風情が一丁前に誇りを語るか!!」

「そういう貴様はどうだ!? 何故こんな泥臭い殴り合いに付き合う!! 先程までの機敏さはどうした!?」

「こっちにだって意地はあるんだよ!! お前は心底気に食わない!! だからお前には屈辱を!! その誇りを打ち砕く!!!!」


 コイツはヒーローを、彼らの輝きを侮辱した。それは駄目だ。超えてはならない一線だ。ヒーローに戦う選択をさせた元凶が、彼らの覚悟を貶めることは断じて我慢ならない!

 だから、だから!! 俺はコイツを真正面から打ち破る! 鬼の領域で、純粋な身体能力とセンスがものをいう格闘戦で、堂々とコイツを殺してみせる!!


「宣言するぞ。俺はこれから力は使わない! 防御はするが回避はしない!! 逃げの選択肢など取るものか!! ──さあ付き合えよモンスター。野蛮を掲げたのはお前の方だぞ」


 拳を構える。流派は特にない。ただの我流だ。伝説の鬼を相手にするには、少しばかり心許ないように感じるだろうが、コレでいい。

 野良として戦っている内に身に付けた技術。モンスターと戦う際、具合の良いように最適化させた体捌き。経験によって磨かれた殺しの技術。


「……素晴らしい。見事な殺気だ。仕切り直しは最早あるまい。これで終わりか」

「ああ。互いに退けない意地と意地のぶつかり合いだ。ならば最後にどちらが立っているかの勝負だ」

「良い。実に良い! 闘争とはこうでなくてはな……!!」


 茨木童子が歓喜する。これこそが殺し合いだと絶賛する。

 価値観が違う。この一言に尽きる。尋常ならざる怪物は、やはり人間とは相容れない。


「我が名は茨木童子!! 大江山に巣食う大鬼なれば!! かつて平安の都で恐れられしこの名を、貴様を殺し再びこの世に轟かせて見せようぞ!! ──さあ名乗れ、我が宿敵よ!!!!」

「──野良ヒーロー・フェイスレス。お前を殺す碌でなしだ!!」


 動き出したのは同時。狙いも同じ。顔面の正拳突き!


「ぐっ……!!」

「ぬっ……!?」


 結果はクロスカウンター。決めたのは俺だ。

 顔面を打ち抜かれた衝撃で茨木童子の身体が揺れる。元が怪力故にこっちも相応のダメージ、常人なら頭が柘榴になっているだろうが、この程度なら俺の中では許容範囲だ。

 そして生まれた隙は見逃さない。この勢いのまま追撃。選んだ攻撃は間合いを詰めての──。


「ぉぉっ!!」

「ガッ……!?」


 コイツ……! 振り子みたいに反動付けて頭突きしてきやがった!!

 ほぼノータイムのカウンター。直感任せの追撃潰し。本能で最適解を引き当てるとは、流石は伝承に名高き怪物!


「ガァッ!」


 今度は茨木童子が攻めてくる。攻撃は掌底……違う。爪を使った胴体狙いの斬撃。

 回避縛りを利用した一手。避けるならともかく、打撃と違って防ぐのは極めて難しい。耐久力には自信があれど、俺の身体は鋼でも何でもないのだから。

 回避は禁止。防御は困難。ならばやるべきはカウンター!


「ラァッ!」

「グギッ……!?」


 奴の爪が胴体に到達するその瞬間。肘を振り下ろし、同時に膝を蹴り上げる。

 肘打ちと膝蹴りを利用した挟み込み。爪撃を止めるのみならず、手首そのものを粉砕する。

 これには堪らず茨木童子も苦悶の声を上げる。咄嗟の思い付きだったが、結果としては上手くいった。


「フッ!」


 このまま追撃。挟んだ腕を振り払い、その勢いからの胴体目掛けた回転蹴り。


「グォッ!? っ、だが掴んだぞ!!」

「そうか、よ!!」


 無事な腕で蹴り脚をホールド? だからどうした。横に固定してくれているのなら、そこを軸に顔面狙いの回転蹴りをかますだけだ!


「グッ……!?」


 クリーンヒット! 頭をやられた衝撃で掴まれてた脚も解放された。

 とはいえ無茶な蹴りだ。反動で体勢も崩れているし、地面を転がる羽目になった。追撃は不可能か。


「っ、機動力と異能が持ち味かと思えば、中々どうして手馴れているではないか!」

「当たり前だ! お前のような化物を、これまで何体殺してきたと思ってる!」


 能力を利用した不意打ちだけだと思うなよ! お前以上の使い手も、お前以上の怪物も、血反吐を吐きながら殺してきたんだ!

 伝承を纏い『茨木童子』と成ったばかりのお前なんかに、負けるわけがないんだよ!!


「ッ、ならばっ!」

「なめ、るなぁ!」


 渾身の拳が飛んでくる。片手で掴み、止める。

 もう片方の拳が、手首が砕かれているにも拘わらず、更なる威力で飛んでくる。だが止める。気合いで掴み、止める。

 そうして組み合った。術理もへったくれもない、純粋なまでの力比べの形になった。


「オオオオオッ!!」

「っ、ァァァッ!!」


 互いに吼える。俺は奴の誇りを砕くために。奴は大鬼としての誇りを守るために。

 これは意地の張り合いだ。下策を承知で競い合い、不毛と理解してなお力をぶつけ合う。

 故にここが正念場。拮抗勝負のこの瞬間、折れた方が負ける。意地を通せなかった方が死ぬ。

 振り絞れ。振り絞れ。もっと、もっとだ。気力を尽くせ、死力を尽くせ! 俺の中で燻る怒りは、この程度の障害で折れるものか!! 折れてなるものか!!!!


「ぐっ、ギィ……!!」


 ──やがて拮抗が崩れる。

 ジリジリと奴の腕が押されていく。茨木童子が下がっていく。


「っ、ラァァァッ!!!!」

「グァッ……!?」


 ぐしゃりという音が響いた。それと同時に、腕を伝うぬるりとした生暖かい感触。

 いつの間にか、奴の両拳を握り潰していたらしい。


「ァァァァ!!」


 そしてこの瞬間、流れは傾いた。痛みによって茨木童子の勢いがわずかに鈍ったこの一瞬、殺し合いの結末は決まった。

 生まれた隙を見逃さず、潰れた拳を離すことなく両腕を振るう。

 結果、奴の両腕が引き千切られた。これで抵抗の術は消えた。腕を再び生やすにしても、ここまで来たら間に合わない。


「まだまだぁぁ!!」


 だがやはり敵も然る者。伝説の鬼。両腕を失ってなお闘志は衰えず、その牙でこちらを殺しにきた。


「なら……!!」


 しぶとい。実にしぶとい。……だからこそ、その抵抗すらも、最後の足掻きも真正面から打ち砕こう!

 手段は貫手。狙いは顔面、俺を噛み殺さんと開けたその大口!!


「ガッ……!?」


 牙を突き立てるよりも速く、茨木童子は頭蓋を穿たれ絶命する。

 尋常ならざる生命力を誇るネームドクラスであっても、頭を潰されては生きてはいられない。


ったぞ、怪物」

 ──ああ、見事だ。


 死亡し、塵と消えるその瞬間。茨木童子の瞳は確かにそう訴えていた。


「……うるさいんだよ、クソったれが」


 自然と悪態が漏れる。その視界の端には、応援を引き連れた四条君が映っていた。

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