第17話 エピローグ
『──黙祷を』
重苦しい空気の中、行われている全校集会。校長の声に従い全校生徒が祈りを捧げる。
祈りの対象は先の一件で命を落とした女子生徒。耳を済ませば、体育館のあちこちから啜り泣く声が聞こえてくる。
茨木童子の顕現、世間では【悪鬼災害】の通称で呼ばれるようになったあの事件から、二週間の時が経った。
死者三名、負傷者多数。現場と時間帯の関係から、死傷者の中に学生が多く含まれていたこともあり、現在進行形で大々的に報じられている。
なによりネームドクラスが警報を潜り抜けて顕現したという事実は、日本のみならず世界中を震撼させた。
専門家の予想では、茨木童子は自身の変化の力によって下級鬼の状態で顕現し、更に人間に変化したことで警報をすり抜けたと見ているが、確証は無いとのこと。
ネームドクラスのモンスターが、前触れもなく現れたに等しいこの一件。国防に直結する事柄であるために、各国からの注目を集めている。
なにせ予想が確かならば、『一定以上の知性と変化の力が備わっている』ことが条件であり、再現性が極めて高いからだ。
故に原因の早期究明と、警報能力の強化が世界中で急がれている。
『大変なことになっちゃったね。沢山の人間が、リクのことを血眼になって探してるよ……』
ホタルの言葉に内心で同意する。確かにあの事件以降、俺を、フェイスレスを捜索する者が増えた。
茨木童子と唯一マトモに戦った者として、詳しい状況を訊きたいのだろう。
『そんな事務的な理由じゃない! 世間はキミを、罪人として吊し上げようとしてるんだよ……!?』
心の中のホタルが叫ぶ。本当にうるさい。
……ああ、そうだよ。実際のところ、フェイスレスは世間の批判の的だ。最悪のヒーローとして、犯罪者として日本中で叫ばれているさ。
別に不思議なことでもない。正規ヒーローでもない野良がしゃしゃり出て、結果として多くの死傷者が発生したのだ。普通に考えて法律的にアウトだし、犯罪者というのも当然の判定だ。
『でも……! アイツは、茨木童子はリクじゃなきゃ倒せなかった! 確かに被害者は出ちゃったけど、それでも被害は最小限に抑えたはず!』
そうだな。ネームドクラスが予兆なく出現したんだ。下手すれば街一つが壊滅してもおかしくなかった。死者三人なんて快挙。そんな声も確かに上がっている。
でもそういう問題じゃないんだよ。そもそも野良ヒーロー自体、かなりのグレーゾーンなんだ。
ヒーローの力は強大な武力。戦闘行為をしないからこそお目こぼしされているのが現実であり、徹底的に国で管理するべきだという声は前々から上がっていた。
だから俺の存在を快く思わない奴らは以前からいたし、明確な被害者が出たことでその辺の不満が爆発した。
法律的にもアウトだから、正当性は世論にある。なにより──
「……ねぇ、あの動画見た?」
「うん。フェイスレスが人質見捨てたところでしょ? マジ最悪だよね」
──あの時の映像が、ネットに流れたのが致命的だった。
『それは……』
後から発覚したことだが、俺と茨木童子の戦闘は全てネットで配信されていたらしい。
配信者は野次馬の一人。下級鬼の状態の茨木童子と、四条君の戦闘を動画配信サイトでライブ中継していたそうだ。
その後は茨木童子のプレッシャーに当てられ、逃走も出来ずにあの場に留まり続けることに。当然ながら配信を切る操作すら出来なかったようで、あの瞬間の全てがネットの海に流れていた。
カメラはマトモに構えられていないとはいえ、音声の方はほぼ全てが垂れ流し。お陰で『フェイスレス』の悪行は世間様に周知されてしまったわけだ。
『──これにて全校集会は終わります。指示に従って退室してください』
まあ別に構わない。ホタルはやけに気にしているが、俺個人としては思うところなど何もない。
罪は罪だということは最初から自覚している。名誉を求めての行為でもない。ただの自己満足でやっていることだ。
それに伴う結果に文句などない。被害者遺族を始めとした関係者からの抗議の声も、粛々と受け止めるつもりだ。
クソどもの被害など知ったこっちゃないが、その場にいない身内からすれば、フェイスレスが怨敵なのは決して変わらない事実だ。恨む権利はあるだろう。
『……それでもだよ。被害者の関係者とか、そんな領域じゃない。情報を見る限り、大衆の大半がリクの敵だ。擁護の声も上がってはいるけど、それ以上に批判の声が大きすぎるよ』
だろうな。メディアを筆頭に、世論は完全に『フェイスレス』を潰す方向に舵を切った。
大衆からすれば、ヒーローは自分たちを守る盾だ。状況次第では自分たちを見捨てる盾など、存在しない方がいい。……いや存在してはならないとでも思っているのだろう。
ヒーローという防具の信頼性が曇ることを、奴らは心底恐れているから。ついでに俺の主義主張を切っ掛けに、都合のいい防具に面倒な自我が芽生えるのを恐れているのだろう。
奴らからすれば、死者三名は『だけ』じゃないんだ。三名『も』出たという認識なんだ。そっちの方が楽しいんだ。
感情を優先した方が気持ちが良く、そうすれば非力な自分たちも社会の敵を倒せる『ヒーロー』になれるから。
『……嫌な空気だね。気持ち悪い』
人間の歪んだ感情論と、無自覚な悪意が蔓延る現在の空気。人間の善性を糧とする精霊にとっては、今の空気はそこはかとなく不快なようだ。
実際問題、不愉快ではある。
ヒーローを管理する区役所の前では、『フェイスレスを出せ!』なんていうデモがちょくちょく引き起こっているし。……野良なんだからお門違いだってのに。
他にも世論に押された、後は純粋に法律の関係から警察も俺を探している。この頃は巡回も増えた。
さながら魔女狩り時代の魔女、もしくは単純に逃亡中の指名手配犯だ。社会の全てが敵に回ったようなものだ。
『襤褸布の能力があって良かったね本当に……』
それに関しては心底同意……というよりも、あの力がなければここまでの無茶はしていない。
いくら大衆を憎んでいようと、身バレの危険があれば俺は大人しくしていただろう。自らを偽りながら、一般人として暮らしていた。
俺自身はどうなっても構わないが、俺の憎悪に両親を巻き込むわけにはいかない。『犯罪者の親』というレッテルを貼らさせるわけにいかないから。
そういう意味では、喪失者の襤褸布は俺にはなくてはならない能力だ。物理にも干渉できるほどの認識阻害は強力無比であり、誰にもフェイスレスの正体を暴くことはできない。
『……でもリクのことを知っている人間もいるじゃん。この前もあの子に正体バラしてたし』
確かにホタルの言葉は間違ってない。完全に俺の素性を知っているのは今のところ四条君だけだが、かつて共闘したヒーローの中には素顔を見せた者もいる。
だが何度も言うが、ヒーローは総じて善人……いやタイプは様々だが聖人君子の類だ。人の素性をバラすようなことはしないだろう。
一時的に共闘した四条君の方にも警察が向かっているだろうし、それで俺にアクションが来ないというのはそういうことだ。
……まあ、それを抜きにしてもだ。両親には申し訳ないが、彼らに素性をバラされたのならそれはそれだ。彼ら基準でアウトを食らってしまったのなら、逮捕されるに足るのだと納得する。
『……はぁ。リクは本当に……』
呆れたとホタルが溜息を吐く。今更の反応だ。
俺はヒーローの手助けをしたいという自己満足で全てを始めたのだ。ならばヒーローの手で終わらせられるというのなら、それに悔いなどある者か。
『──それでは退出してください』
──俺たちのクラスが退出する番となった。立ち上がり、移動する。
『あ……』
「お……」
その瞬間、目が合った。彼が在籍するというクラスになんとなしに視線を向けたら、丁度向こうを同じことをしていたらしい。
「──」
「……」
四条君に軽く頭を下げられた。周囲の反応を気にしてか、本当に小さなお辞儀。
目が合ったから……というわけではないのだろう。あの瞳に宿っていたのは俺の、フェイスレスの現在の境遇に対する申し訳なさ。なによりそれ以上の感謝だ。
「ふっ……」
思わず笑みが零れる。あからさまにテンションが上がったのを自覚してしまう。
世間からの賞賛などハナから求めていない。無関係な外野の批判など心底どうでもいい。
──だが四条君からの、ヒーローからの感謝は別だ。言葉一つ、行動一つで値千金。……いやそれ以上に掛け替えのないものだ。
『……急にご機嫌だね、リク』
「ああ」
世界は今日も狂ってる。大衆は相変わらずクソったれ。
不愉快だ。不愉快極まりないないが──今は少しだけ気分が良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます