第12話 ヒーロー擬きとヒーロー
「……よし決めたぞ! 周りの奴らから殺してやろう! 忌々しき精霊とその契約者よ。貴様らに絶望をくれてやる!」
邪悪な鬼、茨木童子が嗤う。震える足で立ち上がり、必死で抗おうとするヒーローの心を折るために。
「っ、させ、ない……!」
「クハハッ! させぬと叫ぶのなら止めてみせろ! なに温情は掛けるとも。貴様が間に合うように、一人づつじっくり甚振ってやる故な!」
ゆっくりとした足取りで、恐怖で固まる野次馬たちのもとに茨木童子が近づいていく。
このままではバッドエンド一直線。誰もが救われぬ結末が待ち受けていることだろう。
「っ、あ、ぁぁぁぁ!!」
それを阻止せんと四条君が吼える。自業自得なクソどもを助けるために、命を削ってでも立ち向かおうとしていた。
「クハハ! 無様だな契約者! ほれ早くしろ。さもなくば一つ目の絶叫が響き渡るぞ!!」
──ならばその意志に応えよう。邪悪なモンスターにも、民衆を語る裏切り者にも、その魂は穢させない。
「死ね」
言葉は端的に。殺意は明確に。抑える必要はない。襤褸布の力はその全てを覆い隠し、あらゆる守りをすり抜ける。
茨城童子によって場の空気が支配されていた中、誰にも気付かれることなく広場に降り立ち、その背後に忍び寄っての不意打ち。
伝説に違わぬ強靭さを。大妖に相応しき力を宿していようが関係ない。この一撃の前では鉄壁も紙も変わらない。
「っ、ぬぅ!?」
──だが驚くべきことに、茨木童子はこの不可知なはずの一撃をギリギリのところで躱してみせた。
心臓、急所である霊格を穿たれるその瞬間、咄嗟に身体を捻ると同時にバックステップ。
結果、不意打ちは脇腹を深く抉るに留まった。深手ではあるが、ネームドクラスのタフネスを考えると致命傷とは言えないだろう。
「小癪な!!」
「チッ……」
反撃の蹴りが飛んできたので追撃は中止。同じようにバックステップを刻みながら、四条君を背で隠せる位置に移動する。
「フェイスレスさん!? どうしてここに!?」
「助けにきた。理由なんてそれで十分だろ」
驚く四条君に対して、短く簡潔に乱入の理由を告げる。こちらの信条を恩着せがましく告げる必要などないのだから、これだけで語れば問題あるまい。
なによりネームドクラスを前にして、余所見などしてる余裕はない。
「にしてもツイてない。今のに気付かれるなんてな。一撃で終わらせるつもりだったんだが……流石はネームドクラス。一筋縄ではいかないか」
霊格をぶち抜いてはい終了とならなかったのは、非常に残念な気持ちだ。
だが不意打ちが失敗したことに驚きはない。襤褸布は極めて強力な能力ではあるが、相手の実力次第では抵抗されることもある。
直前で不意打ちが察知されたのもそうだし、茨木童子のボディを文字通り抉った際にも多少の抵抗もあった。
コレは一つの指標となる。襤褸布の効果を完全に無効化はできないが、僅かながらに抵抗することは可能という事実。
個人的な経験から推測すれば、コイツの実力がある程度は見えてきた。
「……なるほど、なるほど。ここにきて新手とは驚いた。そして随分と腕が立つようだな」
そしてそれは向こうも同じらしい。苛立ちと戦意の混ざった表情を浮かべながら、茨木童子が俺のことを睨んでいた。
「良い。興味が湧いたぞ。貴様、名を名乗れ」
「ハッ。無様に脇腹を抉られておいて、よくそんな偉そうにできるものだな。恥ずかしいとは思わないのか?」
「……貴様。不意を突いたぐらいで調子に乗るなよ。この程度はかすり傷だ」
不愉快だと言いたげに茨木童子が鼻を鳴らす。それと同時に奴の脇腹の肉が蠢き、瞬く間に傷を塞いでしまう。
「っ、傷が!?」
「動揺するな。ネームドクラスなんてあんなもんだ」
奴から決して目を離すことはせず、驚愕の叫びを上げる四条君を落ち着かせる。
相手は伝承に明確な『名』を刻まれた怪物なのだ。そのしぶとさは折り紙つき。体力と引き換えに傷を塞ぐぐらいは普通にしてくる。
「短期決戦に持ち込むなら、霊格を穿って即死させるか、肉体を大きく損傷させるほどの致命傷を与えるか。それができなきゃ地獄の消耗戦に突入だ。憶えておけ」
俺が不意打ちで仕留めようとしたのもそれが理由。一番手っ取り早く、被害が少ない手段だったからだ。
とは言えだ。残念なことに結果は失敗。最善策がボツとなってしまった以上、次善策に移らなきゃならない。
「雛森カナタ。お前は引け。コイツは俺が引き受ける」
すなわち正面戦闘。真っ向からぶつかり、茨木童子を叩き潰す。
「キミは撤退と同時に政府に連絡。そして応援のヒーローと協力して周辺の避難を進めるんだ」
「そんな!? ネームドクラスですよ!? いくらフェイスレスさんでも一人じゃ危険です! 僕も一緒に──」
「酷いことを言わせないでくれ。ここは引くんだ」
「っ……!!」
一緒に戦う。そう言おうとしたのだろうが、俺はそれを遮った。
……言葉は悪いが邪魔なのだ。単純に実力不足なのに加え、今の四条君は手負い。マトモな戦力としては数えられない。
「キミは立派なヒーローだ。だからモンスターに背を向けるのは抵抗もあるだろう。だが命を捨てるような真似はするんじゃない」
「で、でも……!!」
「代わりに他を救うんだ。情報が錯綜しているのか、未だに警報すら鳴っていないこの状況。近隣には多くの市民がまだいるはずだ。そいつらを逃がし、被害を抑えろ」
俺はヒーローの味方だ。だからこうして強敵と戦う。ヒーローのためなら、自ら戦場に立つことだって厭わない。
それと同じように、ヒーローは市民の味方だ。市民のためなら命を懸ける。市民を守るためなら戦場にだって立ってみせるのだ。
……俺がどんなに市民をクズと断じ、憎悪していようとも。それは俺の感情で、ヒーローにとっては違うのだ。
だから俺は、彼らの献身を阻むような真似はしない。彼らの覚悟に泥を塗り、侮辱するようなことなどできやしない。
「役目を果たせ。キミはヒーローなんだろう?」
心の中で祈る。どうか聞き入れてくれと。
これが精一杯だ。逃げろなどとは口が裂けても言えないから。別の役目を受け入れ、この場から離脱してほしい。
「……フェイスレスさん。任せて、大丈夫なんですね?」
「ああ。キミは俺のファンだと言った。──なら知っているはずだ。俺の戦績を」
俺は野良のヒーローだ。そんな俺にいつの間にか名が与えられ、有名ヒーローと肩を並べてネットなどで語られるのには相応の理由はある。
「下級、中級モンスターの討伐数は不明。……そして上級、ネームドクラスの撃破数は三」
俺は過去に三度、ネームドクラスを討伐している。
その内の一件は他のヒーローたちと共闘してだが、残りの二件は単独での討伐だ。
ヒーローを助けるために、または無念を晴らすために。駆け付けられる戦場にはできる限り首を突っ込んでいたら、いつの間にかこんな戦績が付いていた。
『最強の野良』なんて呼ばれて、日本でも五指に入る強さだと評されるようになっていた。
「心配するなよ。アイツは俺が仕留める。この広場からも逃がさない。だから役割分担だ」
相手が伝説に語られた鬼だろうと、俺には奴を倒せるだけの力がある。
だから矢面に立つのは俺がやる。泥を被るのも俺がやる。
「……最後に一つ訊かせください。何でフェイスレスさんは、こうまでしてくれるんですか? 貴方はヒーローになるのをあんなに拒んでいたのに、何故僕を助けようとしてくれるんですか?」
「……」
投げかけられた問い。その言葉を、その表情を俺は知っている。何度も耳にした言葉だ。何度も見た表情だ。
だって俺自身が、死んだカイトにずっと問い掛けていたことなのだから。
「何を言ったところで、大して納得なんてできやしないさ。誰かに命をかけさせることは、それだけ辛いものなんだ」
答えなんてない。少なくとも俺の中には、他人を納得させるだけの言葉は存在しない。
だってそうだろう? そんな言葉があったのなら、ここまで拗らせていない。単純な話という奴だ。
「ま、それでも理由っぽいものを語るとするならば。人情と常識に則ったものになるだろうさ」
だからあえてボカそう。その上で少しだけ驚かせてやろう。
「──家族を遺すな。危なくなったら逃げていい。そう忠告したはずの後輩が、命を捨てるような無茶をしてたんだ。なら手助けするのが先輩ってもんだろう?」
「っ、それって……!?」
「さぁね。最後の質問には答えたんだ。これ以上は野暮ってもんだぞ後輩」
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