第11話 恐ろしき鬼
最初から疑問に思っていた。あの鬼は何処から現れたのかと。
真っ先に思い当たる可能性は、昨夜に湧き出た奴らの討ち洩らし。同種の鬼が出現していたことからも、ありえなくはない。
だがこの社会において、モンスターという存在は明確な脅威だ。平和ボケしたクソどもで溢れているとは言え、モンスターがそこら辺をうろついていれば騒ぎになる。
だからおかしいのだ。昨夜に出現したモンスター、それも鬼がこの時間まで騒がれることなく生き延びているというのは。
「……鬼の伝承は、大抵が力の強い怪物として扱われる。少なくともレベル2に分類されるような、下級モンスターならその程度だ」
これが他のモンスター、例えば同じ日本産の狐狸の類ならば話は違った。だがレベル2程度の低級な鬼には、変化などの潜伏向きな力など備わっていない。
そうした特殊な力を持った鬼だとすれば、それは決して低級の枠には収まらない、危険なモンスターである。
もちろん、突然この場に現れた可能性もある。しかしそれは、現代の感知技術を上回る特殊な力を備えていることと同義であり、やはり低級の枠には収まらないモンスターだ。
他にも理由は挙げられるが、その全てにおいて『低級モンスターである要素が見当たらない』という結論になる。
『不味いよリク! あの力は……!!』
それを裏付けるホタルの焦燥に充ちた声。
そして眼下で起こった光景。構えた盾の上から殴り飛ばされ、遥か遠くにあった駅の壁に叩きつけられた四条君の姿。
「……ぐ、ぁぁ……!」
たった一撃。それだけで形成は逆転した。
四条君は満身創痍だ。なんとか剣を支えに立ち上がろうとしているが、その足は覚束無い。ヒーローとしての頑強さ、直撃は免れたことを踏まえれば、現状では命の危険はない。だがもはや戦えまい。
……いや、戦えたとしても相手が悪い。
「……ク、クハハハハ!! 綺麗に吹っ飛びおったな! わざわざチャンバラに付き合った甲斐があるというものよ!!」
──先程までの知能の低さが嘘のように、ソイツは確かな知性と悪意を宿して哄笑した。
「嗚呼。実に心地好い。この場に満ちる恐怖。なんと甘美。なんたる美味」
──その姿はもはやただの鬼にあらず。和装を身にまとい、何処か気品すら感じさせる筋骨隆々の美丈夫だ。鬼の名残りは一つだけ。邪悪と暴力で満たされた禍々しき凶相のみ。
「……な、なに、アレ……」
「ぁ……ぁぁっ……!!」
──怪人の放つ妖気に充てられ、野次馬たちが震え上がる。観客気分など一瞬にして掻き消された。怪人はただ笑っている。それだけで心がどんどん折れていく。絶望に呑まれ、身動きが取れなくなっていく。
「そろそろ我慢の限界だ。恐怖を寄越せ! 絶望を寄越せ! 貴様らの全ての負を我に、この茨木童子に喰らわせろ!!」
──怪人が名乗る。伝承に刻まれしその存在を。かつて平安の都を脅かし、伝説の武士たる頼朝四天王と殺し合った大妖の名を。
「……最悪だ。人生ってのは嫌な予想ばかり当たりやがる」
自然と悪態が漏れる。イレギュラーの時点である程度は覚悟していた。だが予想が現実となると舌打ちせずにはいられない。
邪悪がこの世界に顕現するために、怪物の伝承をまとうことで実体化したのがモンスターだ。
そしてそのモンスターにも危険度、俗に言うランクというものが存在している。
ランク1・2・3。種としての伝承、その中でも比較的危険度が低いタイプがモチーフとなったもの。
鬼、人狼などがこれに当たり、低級モンスターにカテゴライズされている。大型の猛獣ぐらいの強さを持つ。
ランク4・5・6。種としての伝承、その中でも危険度が高いタイプがモチーフとなったもの。
ドラゴン、巨人、悪魔などがこれにあたり、中級モンスターにカテゴライズされている。戦車などの現代兵器を蹴散らすほどの強さを持つ。
「──ネームドクラス! 上級モンスター……!!」
そしてランク7。伝承において明確な『名』が与えられ、有象無象とは一線を画す存在として顕現したもの。
その多くが神、大妖として語られているが故に、その力は絶大の一言。かのマンハッタンの悲劇、リヴァイアサンもこのカテゴリーであり、対応を誤れば甚大な被害を齎す大災害だ。
『リク! アレはあの子じゃ無理だよ! いやそれどころか、ここら一帯の契約者の誰にも手に負えない!!』
ホタルが叫ぶ。それだけ状況は逼迫していた。
ヒーローが存在しなかった時代、リヴァイアサンによって大国アメリカが滅びかけた。
そんな昔よりは大分マシになったとはいえ、ネームドクラスの危険度は依然として天上知らずである。
並のヒーローでは束になったところで鎧袖一触。実力上位のヒーローが徒党を組み、決死の覚悟で挑んでようやく五分。単独でマトモに戦えるヒーローなど、一国に片手の指ほどいれば恵まれているという始末。
そして残念なことに、この地域の正規ヒーローは全員が並。四条君、雛森カナタのように知名度の高いヒーローもいるにはいるが、それは恵まれた容姿からくるアイドル性が理由である。
「……まったく地獄みたいな状況だな」
現状は極めて危険だ。単純な危険度も然ることながら、奴は察知をすり抜けたイレギュラー。
人間に化けて京の都に忍び込んだという逸話が由来と思われる隠蔽能力によって、事前の避難が行われていない。
野次馬経由でSNSに先程までの光景が投稿されている可能性は高いが、正確な危険度は伝わっていないだろう。……むしろ四条君が圧倒しているシーンだけが投稿されていて、行政側にもうとっくに討伐されたなどと勘違いが起きている可能性がある。
どちらにせよ初動は完全に遅れている。街を蹂躙しかねない大災害が出現しているなど、この地域の大半の人間が気付いていないだろう。
実力のある正規ヒーローが他所から駆け付けたころで、すでに手遅れとなっているのは間違いない。
「行くぞ。ホタル」
『……無茶はしないでほしいけど、この状況じゃそうは言ってられないもんね』
「ああ。俺はヒーローの味方だからな」
自ら首に縄を掛け、処刑台に残ったクソどもを助けるつもりは毛頭ないが、ヒーローのためなら話は別だ。
元々、四条君の様子次第では助けるつもりであった。それに加えて、応援に駆け付けてくるであろうヒーローたちの命と、この国における未来のヒーローの立場が脅かされているのだ。
ならばやるしかないだろう。戦うしかないだろう。
「──ふははははっ!! どうしてくれようか! 忌々しき精霊の契約者を嬲り、この愚か者たちを恐怖の底に叩き落とすか!? それとも先にこやつらを一人一人殺し、契約者に絶望を与えるか!? ククッ、実に悩ましいぞ!!」
眼下では茨木童子がこれみよがしに叫んでいる。人間からより多くの負の感情を集めるために、悪逆非道な企みを嬉々として語っている。
ゆっくりと。ゆっくりと。満身創痍の四条君も、恐怖に囚われたクソどもも。直ぐに殺そうとせず、捕食者の残虐性をこれでもかと見せつけていた。
「これだからモンスターって奴らは……!!」
その姿がどうしようもなく忌々しい。
あのような畜生によって、カイトの命は奪われたのだ。
ヒーローを搾取するクソどもは憎き仇であるが、それと同じくモンスターもまたカイトを殺した仇。
だからこそ憎い。だからこそ容赦などしない。
強敵であり。大切な家族の仇であり。──なによりあの場には、助けるべき者がいる!!
「──さあ、鬼退治の時間だ!!」
『うん!!』
この胸に刻んだ誓いに掛けて! ヒーローの味方でいるために!!
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