第9話 それはあまりに醜悪である

 悲鳴が聞こえた。何だ事件かと一瞬身構えるも、すぐにそれが違うと教えられた。


『リク、邪霊の気配! 近いよ!』


 ホタルからの警告。それによってこの悲鳴がモンスター由来のものであることが決定した。

 精霊は近場の邪霊を察知する力を持つ。同系統の精神生命体でありながら、正反対の性質を持っていることが理由らしい。同族嫌悪の類だと俺は思っている。

 この察知能力はかなりガバイ。範囲は狭いし、出現の予測はできないし、モンスターが擬態能力持ちだったりすると効果がでなかったりする。

 人類がモンスター警報にまつわる機器を死に物狂いで開発するぐらいには、コイツらのソレは頼りない。


「モンスター……! すいません狭間先輩! ボク行かないと!」


 だがその反面、コイツらは勘違いは絶対にしない。精霊がいると言えば絶対にモンスターは近くにいる。それは契約者の間では常識として伝わっている。

 四条君も俺と同じように契約している精霊に警告されたのだろう。僅かな焦りと驚きの表情を浮かべたが、次の瞬間には戦士の、ヒーローの顔となっていた。

 ……ああ、全く。これだから精霊は嫌いなんだ。正義感の強い善人ばかりを戦場に叩き込む。


「……警報の無いイレギュラーか」

「みたいです! 狭間先輩もすぐに避難を!」

「分かってる。キミも無理するな!」

「はい!」


 そうして四条君が悲鳴のした方向に駆けていく。

 モンスターを倒すために、市民を守るという正規ヒーローの職務を遂行するために。


『……リクも行くの?』

「ああ。イレギュラーなら保険はいるだろ」


 そしてヒーロー擬きである俺もまた、四条君とは別ルートで悲鳴の発生地点へと向かうことに。

 人気のない裏路地を駆けながら、建物によって死角となっている場所に入り。


「変身」


 呟きと同時に自分の姿が変わる。

 制服が消え、代わりに飾り気のない黒一色の上下の服に。

 更にその上から【喪失者の襤褸布】が現れ、俺の全てを覆い隠す。

 野良ヒーロー・フェイスレス。誰かが勝手にそう呼び出し、いつの間にか定着していたもう一つの俺の名前。


「フッ」


 強力な認識阻害の力を纏ったことで、全ての遠慮を投げ捨てる。

 跳躍によって宙を舞い、建造物を飛び越え一直線で目的地まで突き進む。

 そうして辿り着いたのは駅前。俺も通学で使っている学校の最寄り駅の広場であった。


「駅前かよ。チッ、面倒な……」


 思わず舌打ちが漏れる。あまりよろしい場所ではない。都心の主要駅ほどではないが、ここは地味に大きめの駅なのだ。

 純粋にこの辺りは人通りが多い。なにより今は放課後の時間帯のため、かなりの学生がこの辺をうろついていた。


「モンスターは……アイツか」


 まずは状況把握。近場のビルの屋上から、騒ぎの起きている広場を観察する。

 モンスターは鬼だ。昨日の奴と大して変わらない。少しサイズが大きいぐらいだ。

 被害状況は現状では極めて軽微。広場にあったオブジェが壊されてるぐらいで、怪我人らしい怪我人はいない。


「悲鳴はただ通行人が驚いただけっぽいな」


 モンスター、というより邪霊そのものの性質がプラスに働いた感じだろう。

 邪霊は負の感情を糧とするために、より恐怖を煽るような行動をとるケースがある。タチの悪いことに、殺したらその時点で食料の収穫ができないことを理解しているのだ。

 だからこそ近場の物を破壊したり、一人を死なないように甚振ったりなどして、より多くの負の感情を集めようとする。

 物語の敵役のように、恐怖演出を取り入れるのだ。


「アレを昨日の撃ち漏らしと考えると、あの鬼の脅威度は2。多少気になる点はあるが、恐らく知能も低く力も弱い……」


 強力なモンスターの場合、この恐怖演出によって地獄のような状況が誕生する。感知を逃れたイレギュラーなら尚更だ。

 だが逆に雑魚のモンスターが恐怖演出を行った場合、被害は減少する傾向にある。

 知能が低いゆえに内容が単純であり、力が弱いゆえに破壊のパフォーマンスは小規模なものになることが多いからだ。

 実際、広場で暴れている鬼もそうだ。恐怖演出が明らかに失敗している。オブジェを壊すことに熱中しているようだが、それよりも適当に通行人に襲いかかった方が恐怖を煽るには効果的だろう。


「とはいえ……クソがッ」


 だが状況は決してプラスなことばかりではない。

 被害が軽微すぎるのだ。現状の被害は広場の小さなオブジェが破壊されただけ。そのせいで市民が避難しようとしていない。

 鬼が危険なのは理解しているはずなのに、多くの通行人が野次馬と化している。距離を取ってはいるがそれだけで、避難している者など一部だけだ。

 ほとんどの人間が恐怖で動けないという様子ではない。怖いもの見たさでその場に留まっているのだ。


「これだから馬鹿は嫌なんだよ……!」


 本当に反吐が出る。今でこそ鬼がオブジェを壊すのに熱中しているが、すぐに人を襲い始めるのは考えれば分かるだろうに。

 避難できるタイミングで避難せず、襲われそうになってようやくパニックを起こしながら逃げ出す。

 そうして余計な被害が出て、駆けつけたヒーローの足を引っ張る。更には全てが解決した後にSNSで被害者ヅラで喚き散らし、それに便乗する形で身勝手な主張をする屑が山と現れる。

 あまりにもクソみたいな予想だ。一番クソなのはこの予想が高確率で現実のモノとなることか。


「……四条君が憐れだな」


 その中心となるのは間違いなく四条君だ。何故なら俺を除き、四条君が一番近くにいるヒーローだろうから。

 ヒーローの個人情報は厳重に保護されている。だから四条君のプライベートまで批判が飛んでくることはないだろう。

 だがヒーロー活動時は別だ。ヒーローとしての姿は世間に周知されてしまっている。強制的に公人のような扱いとなっている以上、どうしたって批判から守ることはできない。

 被害が出れば確実にバッシングの対象となり、多くの心無い言葉を浴びせられることになるだろう。

 ヒーローの正体が未成年の少年であったところで、奴らは気にしない。

 ヒーローをやっているのが自分たちと同じ人間であることを理解せず、または理解した上で罵詈雑言を投げ付けるのが奴らだ。

 なにせ奴らはクソだ。守られている身でありながら身勝手な主張を繰り返し、ヒーローを自分たちの奴隷にしようとでも思い込んでいるクソどもだ。


「……業腹だが、仕方ない、か」


 同じ学校に通う後輩を、それも今しがたまで親しく会話していた後輩を、そんな地獄の釜に突き落とす訳にはいかないだろう。

 本当ならば四条君の身に危険が迫った時だけ介入しようかと思っていたのだが、あまりにも状況がクソすぎる。

 はっきり言って、四条君が到着するまでに人的被害が出ていた方がマシだった。『駆け付けたヒーローが襲われていた市民を助ける』という認識になるからだ。

 だが状況的に恐らくそれはない。こうして俺が先に到着しているが、四条君ももう間もなく、鬼が被害者を出す前には到着するはずだ。

 そうなれば最悪だ。もし四条君が到着した後、野次馬たちがパニックを起こすなりして怪我人が出れば、『ヒーローが市民を守ることができなかった』という扱いになってしまう。モンスターがレベル2程度の雑魚となれば尚更だ。

 例え前者の方が被害が大きくとも、よりバッシングを受けるのは後者だ。怪我の原因が被害者の自業自得だとしても、バッシングを受けるのはヒーローだ。

 何故ならクソどもは自分たちで情報を選別する。見たい情報だけ見て、手前勝手な主張を叫ぶのだから。


「……ああ、もう! やりたくないやりたくない……!」


 本当に最悪な気分だ。蕁麻疹が出ているのか身体が痒い。吐き気だって酷い。嫌悪感で頭がどうにかってしまいそうだ。

 だが仕方ない。後輩をクソどもの玩具にしないためだ。だから方針を変えることにする。

 極めて不本意であるが、被害者が出そうになったタイミングで介入することにする。……四条君が到着する前に倒してしまうのがベストなのは理解している。だが申し訳ないがそれは無理だ。

 この方針ですら、生理的嫌悪感で頭が狂いそうなのだ。あのクソどもを被害の出る前に助けることは、それだけ抵抗があるのだ。なんなら皆殺しにされちまえと思ってるぐらいには無理だ。

 四条君を身勝手な批判の的にしないため。その理由があってようやく……本当にギリギリで折り合いをつけることができるレベルであり、無条件でクソどもを助けるとなれば多分俺は発狂する。

 だからこそ今はこの場で待機だ。すぐに介入できるように気を張り詰めながら、観察に徹する。


「──っ、市民の皆さん! 危険ですので速やかに避難してください!」


 ──そして弱者の生贄ヒーローが到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る