第8話 『ヒーロー』

 四条君と別れたあとは、特にイベントらしいイベントもなく昼休みが終わった。

 教室に戻った時には、友人たちがやけに気まずそうな表情を浮かべていた。

 だがそれだけだ。律儀に今日は絡むなという俺の言葉を守っているのか、話しかけてくることはなく。

 そして気付けば午後の授業が終わり。帰りのホームルームも終わり。部活、雑談、帰宅など生徒が思い思いに動く放課後に。

 部活にも入ってなく、雑談相手の友人たちともギスってる俺の場合、放課後にやることなど一つ。即ち帰宅。


「……あ」

「ん?」


 そして校舎を出たところで、再びバッタリ四条君と再開した。どうやら彼も帰宅するところのようだ。


「やぁ四条君。何かと縁があるね」

「そうみたいですね。えっと……」

「……ああ。そう言えば名乗ってなかったね。狭間だよ。狭間陸斗」


 先輩で会話が通じてたからすっかり名乗るのを忘れてた。これはうっかりしていた。


「狭間先輩はこれから帰りですか? それとも何か部活に?」

「帰りだよ。部活には特に入ってないからね。そういう四条君は?」

「ボクも同じですよ。ヒーローをやっているので」

「……そうかもね」


 モンスターと戦う立場である以上、部活などにあまり時間を割けないのだろう。学生である以上はその辺の権利は保障されてはいても、心情的にもやろうとは思えないのかもしれない。少なくとも、四条君のような性格では難しいだろう。……モンスター警報は決して絶対ではなく、五年前のようなイレギュラーが発生する可能性がある以上は。


「狭間先輩は徒歩ですか? それともチャリ?」

「歩き。電車通学だから」

「なら一緒に帰りませんか? ボクも電車なので。こうして会ったのも良い機会ですし」

「え、ああ。構わないよ」


 まさかの四条君からの誘いに若干面食らったが、断る理由もないのでともに最寄り駅まで向かうことに。

 ……うーむ。予想以上にコミュ強だな四条君って。ヒーローになるような人間は善人気質で人を惹き付けるタイプが多いのだが、彼はその中でも相当な気がする。スルッと距離を詰めてくるし、真正の人誑しの気配がする。

 そんな風に内心で戦きながらも、適当に会話を交わしながら通学路を並んで歩いていく。


「にしても、ヒーローは大変だね。モンスターの出現にずっと備えてなくちゃならないんだから。部活とかもやりたくてもできないでしょ?」

「ははは。あんまりボクは部活ってタイプでもないので。それは別にですね。それに有事に備えるって言っても、それはヒーローだけじゃありませんから。警察や消防とかでも同じですよ」

「……いいや、似て非なるものだよ。その考えはちょっと止めた方がいいと、先輩的には思うかなぁ」

「え?」


 俺の否定に対して、四条君はキョトンとした表情を浮かべる。

 まるで言葉の意味が分からないと言いたげな反応に、とても微妙気持ちになってしまう。

 なんというか、この世界の歪みをガッツリ突き付けられた気分で嫌になる。


「いいかい四条君。命懸けの仕事に貴賎はないけれど、キミの場合は違う。子供の頃から殺し合いの場に出ている重さは比べちゃいけない。キミがどういう経緯でヒーローになったかは知らないけどね」


 俺のように進んで、誰の意思も介在していない自身の意思で、全てを理解した上で精霊と契約を交わしたのなら、それはただの自己責任だ。

 でもそうでないのなら。成り行きで。なるしか道はなかった。周囲にその道を勧められた。過酷な現実を知らなかったなど、そうした背景があるのならば、それはあまりにも残酷なことだ。

 誰かのために戦うために、貴重な子供時代を捧げてしまっているのだから。


「ニュースとかでもさ。どっかの発展途上国では、少年兵が云々っていうのが流れる訳じゃん。で、SNSのコメントには、『子供を戦わせちゃ〜』なんて善人ぶったお気持ち表明が溢れてる。それが普通なの。少なくとも現代ではマイノリティな思想なの」


 子供が銃やナイフを持って戦場を駆けることを非道というのなら。

 同じように若くしてモンスターと戦っている四条君も、同情されるべき立場なのだ。


「ヒーローならしょうがない。だってモンスターに対抗できる数少ない人間だから。それなら青少年をモンスターの前に引き摺り出して良い。──そんな訳ないからね?」

「っ……」

「別に子供がヒーローをやるのはおかしいと言って、辞めるべきだと主張する気はないよ。キミの考えや立場だってあるし、必要な仕事ではあるのは違いないからさ。……でもね、せめてもうちょい傲慢であるべきだよ。俺のお陰でお前らは安全に生活できてるんだと、ふんぞり返る権利がキミにはある」


 そういうものだと、仕方ないで済ませてはいけない。周りがやっている、もっと大変な人がいるなど、誤魔化されてはいけない。

 中学生の段階から戦場に出ていること自体がおかしいのだから。それを周りに当たり前と思われせるような振る舞いをしてはいけない。


「……なんというか、狭間先輩は本当に俺を、ヒーローのことを考えてくれてるんですね」

「会ったばっかで分かったようなこと言われて、結構気持ち悪いっしょ?」

「いやいやいや!? そんなことはないですよ!?」

「あっはっはっは。やっぱり四条君は優しいねぇ。俺だったらちょっと距離置きたくなるわ。理解者ぶって自分の主義主張を語ってるだけだし」


 だったらやるなという話ではあるのだが。それはそれとしてつい言いたくなってしまうのだ。

 四条君は死んだ弟と少し似ているというか、共通点のようなものがあるから。同学年だし、性格とかが似ているし。


「ただ余計なお世話だとしてもね。こういう考え方もあるってことは伝えたいのよ。ヒーローはあくまで役職名であって、本物のヒーローみたいになる必要なんて全くないんだってことをね」


 ヒーローなんて名前だから勘違いしがちだが、物語のスーパーヒーローとは全く別物なのだから。

 ヒーローだって人間なのだ。正規ヒーローならば俸給分の働きはすべきだろうが、あくまでそれだけ。物語のスーパーヒーローのような完璧超人である必要も、聖人君子である必要も全くない。

 給料以上の働き、主人公のようなパフォーマンスを求められても、それに応える義務などないということだけを憶えておいて欲しいのだ。……そもそも諸々の報酬にしても、命を懸けるに値するものかというと個人的には否であるし。


「少なくとも俺は今の風潮をクソだと思ってる。助けてもらってる身でありながら、自分たちに都合のいいヒーロー像を押し付けて文句を言ってる連中がワラワラいるからね。だったらテメェがモンスターと戦いやがれと、毎回メディアやSNSを眺めながら思ってるよ」

「あはは……。狭間先輩って逆にヒーロー以外には厳しいですね」

「そりゃそうだよ。だって俺、当然の権利みたいな態度で助けを求める奴らも、『ぼくのかんがえたスーパーヒーロー』を押し付けてくる奴らも大嫌いだし」


 そいつらのせいで弟は死んだのだから。身内を殺した連中の同類など、生理的に無理なレベルで嫌悪している。


「そもそもヒーローを勘違いしてる奴らが多すぎるんだよ。ヒーローは芸能人でもなんでもない。公人みたいに扱われてるけど、分類的には警察や自衛隊とかと同じ公務員だ。そうでありながら名指しで批判してる奴らの多いこと多いこと」


 ヒーローの数が少ないから結果的に個人が目立ってしまうだけであって、わざわざ進んでメディアに露出しているヒーローなどひと握りだ。

 それなのに何かあれば、大衆が勝手に生み出したヒーロー像と差異があれば批判。ヒーローの台詞が気に食わなければ批判。モンスターの被害が出れば批判。

 ああ本当に。性根の腐った連中が多くて反吐が出る。


「いいかい四条君。理解者ヅラして、味方ヅラして鬱陶しいと思うだろうが。気持ち悪いと思うだろうがね」

「いやだから思ってませんよ!? 興味深い話だって思ってますよ!?」

「うん善人。リアクションからして本心なんだろうね。そう言ってもらえてお兄さんは嬉しいよ。──でも、だからこそ危うい」


 善良な反応だ。善良すきで心配になってくるほどに。

 ここで『は?』とか、『何を急に語ってんのコイツ、キモッ』とか。そんな反応、または浮かんでこないのはよろしくない。

 だってこの世界には、そうした善人を食いものにする奴らが、自覚の有る無しに拘わらず大量に蠢いているのだから。


「キミがどう振る舞うのかは自由であるけれども。無条件の優しさは自分の首を絞めるということを理解するべきだ」


 四条君は優しい。まだ少し会話をしただけだが、その優しさはありありと理解できる。

 だからこそやりかねない。クソ共が妄想したスーパーヒーロー像に、安易に応えようとしかねない。


「役職名としての『ヒーロー』と、物語の主人公としての『ヒーロー』は決してごっちゃにしてはいけないよ」


 そこを履き違えてしまっては不幸になる。


「だって正義のヒーローって奴はね──」


──キャァァァァッ!!


 分かりやすい敵しか倒せないのだから。

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