第7話 遺された者の忠告

 ぶつかったお詫びとせっかくの縁ということで、四条君に飲み物を奢ることにした。


「何か飲みたいものは?」

「いやあの、本当に気を使わなくて大丈夫ですので……!」

「いいからいいから。先輩風ぐらい吹かせてよ。有名な後輩君だしね」

「で、では……カフェオレを」

「ほいよ」


 注文通りカフェオレを選択肢し、四条君にパス。ちなみに俺はリンゴジュースだ。


「すいません本当に……」

「だから良いって。それにコレは諸々の理由以外に、労いの意味もあるんだよ」

「労い、ですか……?」

「そ。ヒーローなんでしょ? 色々大変じゃんアレって。頑張ってるなっていうのと、お疲れ様っていうのと。あとはアレだね。ありがとうか」


 リンゴジュースに口をつけながら、なんとなく人気のないところに移動。そして近くの壁に寄りかかる。四条君も釣られて着いてきて、そのまま似たような態勢に。

 そうして自然と立ち話をする形になっていた。


「……なんか、そんな風に学校の人に言われたのは初めてです」

「え、マジで? 普段は何言われてんのよ」

「えっと、凄いとか。カッコイイとか……。活動ネームこっそり教えてとか」

「はぁぁ。俺は所詮出会ったばかりの他人だしさ、そう言ってるのが四条君の友達だったら凄い失礼だろうけど。……ソイツらとは距離置いた方が良いぞ。特に最後の」


 ヒーローに活動ネームを訊ねるとか非常識がすぎるだろうよ。


「あはは……。そこは大丈夫です。ボクも教えませんでしたから」

「賢明だ」

「それにしても、先輩アレですね。凄いはっきり言いますね。そういうこと面と向かって言ってきた人も初めてです」

「アレだよ。老婆心……いやそんな年齢差はないけど。先輩風みたいなもんよ。ついでにコッチはコッチでちょっとおセンチな気分になってたから。ついな?」

「……えーと、訊いていいのか分かんないんですけど、何かあったんですか?」

「何言ってんの。先に踏み込んだこと言ったのはこっちよ。遠慮しなくていいさ」


 未だに腰の低い四条君の反応に、つい苦笑が零れてしまう。よくもまぁ、こんな気弱な性格でヒーローなんかやってるものだ。


「ちょっとモンスター関係のことで友達と口論……ってほどじゃないが、ちょっとあってな。それで多少の自己嫌悪と、相手の失望みたいなのがごっちゃになっててな。そんでボーっと歩いてて、四条君とぶつかったのよ」

「モンスター……。それって昨日の?」

「そ。そいつらは家がモンスターの出現範囲内だったのに、たかがレベル2だからって避難しなかったんだよ。それが俺には気に食わなかった」

「それは……。ボクの立場では、どうしても先輩の方が正しいとしか言えませんね」

「だろうな」


 四条君はヒーローなのだから。そりゃ避難をしてくれなければ困るとしか言えないだろう。


「ヒーローってさ、どうしたって一般人のことを優先しなきゃじゃん? 時には自分の命を投げ出してでも、誰かを守らなければいけない。義務とかそんなんじゃなく、世間がそれを許してくれない」

「そう、ですね……。ボクたちはモンスターと戦う力があるので……」

「それで他人の命を優先しろってのも狂ってると思うけどな。特別な力があっても、ヒーローだって人間なんだからよ。自分の命を優先して何が悪いのさ」


 僅かにペットボトルを握る腕に力が入る。五年前のあの日を。命を懸けて大勢の人間を救った弟のことを思い出してしまったから。


「俺としてはさ、ちゃんとした人間を守るとしてもそう思う訳よ。なら警報を無視するような、それも面倒だとかそんな身勝手な理由で無視した馬鹿野郎のために、危険を犯してまで助けたいなんて思う訳がないじゃん。勝手に死んでろって思うじゃん」

「あはは……。流石にそこまでは……」

「いやまあ、これは俺の個人的な感想だからね。そんなこんなで、つい我慢できず言っちゃたのよ。それで危なくなったら被害者顔でヒーローに助けを求める癖に、ふざんけんじゃねぇって」

「それを先輩の友達相手に……?」

「そ。ついでに今日は気分が悪いから話しかけんなとも」


 四条君が目を丸くしてこっちを見た。俺がここまで言い切るとは思ってなかったのだろうか?


「……なんというか、先輩って優しいんですね。ヒーローやってる立場だと、そう言って怒ってくれる人がいるってだけで救われます」

「ははは。そんな風に合わせなくても良いから。割とクサイこと言ってる自覚はあるし、別に正義感で言った訳でもないし。もっと私情バリバリよ」

「私情、ですか……?」

「そ。自分語りみたいでアレだけどね。身内にいたのよヒーローが」

「っ! それ、過去形……」

「そ。数年前に死んだよ。危険なモンスターから周囲の人間を守るために、勝てないと分かっていても矢面に立って戦った。そして多くの人々を守った代わりに死んだ」


 四条君が息を呑む。ヒーローとして活動しているからこそ、俺の語る光景を鮮明に想像できるのだろう。


「素晴らしい偉業だ。ヒーローの鑑だ。惜しい人を亡くした。なんて世間からは賞賛された。実に……実にくだらねぇ」

「っ……」

「遺族の立場からすればよ。そんな賞賛なんて慰めにもなんねぇんだよ。まったくもって意味がねぇ。それで死んだ人間が生き返る訳も無し。俺からすれば事実は一つだ。見ず知らずの他人は命を拾い、大切な家族は命を落とした。それだけだ」


 見ず知らずの人間の命を救ったから何だと言うのだ。世間から正真正銘のヒーローと持て囃されてなんだと言うのだ。

 ──大切な家族が他人の代わりに冷たくなり、墓の下に入ったという事実の前には全てが無意味だ……!!


「だから俺は嫌いなんだよ。当然の権利とばかりにヒーローに助けを求める奴らが。まして自ら命を投げ出すような馬鹿など反吐が出る」

「……」

「アイツらとて、俺の事情を知ってちゃそんなことは言わんかったろうがな。それは理解した上で我慢できんかった。だから言ってやった」


 いつの間にかリンゴジュースが空になっていた。どうやら予想以上に語ることに熱中してしまっていたようだ。


「俺ばっかり喋っちゃってゴメンな。貴重な昼休みを潰しちゃってさ」

「……いえ、そんなことはないです。……むしろヒーローをやってる身としては、凄く貴重な時間でした」

「そうか。そう言ってくれると助かるよ」


 ……ならばだ。この際一気に語ってしまおう。説教くさいし、何様だとも思われるかもしれないが。それでも四条君には伝えたいことを伝えてしまおう。


「なぁ四条君。だったらコレだけおぼえていてくれ。ヒーローの遺族の立場からの言葉だ。もしかしたらキミの御家族が抱くかもしれない言葉だ」

「……はい。聞かせてください」

「別に命を懸ける必要なんてまったくないんだよ。危なくなったら逃げて良いんだ。それでどれだけ批難が飛んでこようが、それは全てが安全な立場で胡座をかいてるクソどもの妄言だ」


 ヒーローなんて言われているが、彼ら彼女らはフィクションに出てくるような完全無欠の正義の味方じゃない。

 ただ特別な力を得てしまっただけの一般人だ。そこから先の覚悟は、当人だけが決める権利を持っている。


「家族からすれば他人よりも身内の命だ。だから危なくなったら逃げたっていい。逃げるべきだ。耳を傾ける相手を間違えるな。無力を装った殺人鬼の言葉よりも、耳を傾けるべきなのは家族と、それ以上に自分の心だ。それだけは忘れないでくれ」

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