第5話 野良ヒーローと正規ヒーロー
「……またお前か。ボクっ娘」
公園に舞い降りたのは一人の少女。あどけなさの残る顔付きと桃色の髪、なによりその手に装備されている神々しいショートソードとバックラーが特徴的な美少女。
この辺りで活動する正規ヒーローの一人。活動ネームは雛森カナタ。
その容姿と戦闘スタイルから、ネットではヴァルキリーと呼ばれて人気なのだとか。……更に一部ではその子供っぽい言動から、メスガキなどという妙な渾名すらつけられいるとか。
そんな色んな意味で話題沸騰中のアイドルヒーローと、俺は何かと縁があるのである。
「うんざりしたような声を出さないでくれます? こうしてかち合うのはほとんど貴方が原因なんですよ?」
「知らんな」
「だーかーらー! 貴方が勝手にモンスターを狩ってるからこうしてかち合うんですよー! そんなに嫌なら民間人らしく大人しくしてるか、ちゃんと正規ヒーローとして活動してくださいよー!」
「相変わらずやかましい……」
「あー! 自分が悪い癖にそんなこと言うんだ!」
小型犬のような甲高い声でキャンキャン吠えられ、思わず顔を顰めてしまう。
襤褸布の効果で声音や表情も正しく認識されるはずはないのだが、どうやら身じろぎで見抜かれたらしく、どんどんボクっ娘のクレームがヒートアップしていく。
「何度も言いますけどね! 基本的にモンスター退治は正規ヒーローの仕事なんです! 活動地域とか、出現するモンスターの危険度とか、色んな要素を加味した上でボクたち正規ヒーローに出動要請が掛かるんです! それを真横からカッ攫われたら本当に困るんですよ!」
「獲物の横取りに対する文句か? それならお前らが討伐報告すれば良い。それは他の奴らにだって伝えている」
「後味悪いって皆してませんよ! お陰で支部には受け取り人不明という名のフェイスレスさん貯金が大量に貯まってるんですよ! 会計担当の人も困ってるんで早く回収しにきてください! あとついでに正規の手続きもしてください!」
「相変わらずヒーローなんてやってる奴らはクソ真面目だなオイ……」
まさか律儀に俺が倒したと報告しているなんて。いくら正の感情を糧とする精霊の性質上、ヒーローには善良なものが多くなるとは言えだ。流石に呆れてしまう。
この真似事も結構長いことやってるし、倒したモンスターの数もかなりのもの。丸々全部の額が残ってるとは思わないが、それでもかなりの額になっていることだろう。
「だったら適当に使って良いと担当者に伝えとけ。報酬なんて興味ない。寄付でも何でも好きにしてろ」
「何でですか……。何でそんなに頑ななんですか……。報酬すら要らないのなら、何でわざわざ危険なモンスター退治をやってるんですか? ボクにはまったく分からないですよ……」
「ただの憂さ晴らしだ。ストレス発散。倒すこと自体が目的なんだよ」
「だったら野良を止めて正規登録しても良いじゃないですか! そうすれば色々と支援も受けれて便利なんですよ? それにフェイスレスさんほどのヒーローなら、多くの困ってる人を助けることだってできます!」
「──絶対にゴメンだ! 俺はお前らみたいに誰彼構わず助けるつもりなんて毛頭ない!」
「っ……!」
譲ることのできない一線に触れられたせいで、つい声を荒らげてしまった。
声音の隠蔽すら突き破った怒気のせいで、怯えたようにボクっ娘が後ずさっている。
……流石にコレはバツが悪い。
「……スマン。だがこれは本音でな。正規ヒーローとして活動する気はないんだよ」
「そんな……。何でなんですか? 本当に駄目なんですか……?」
「逆に何でお前はそんなに食い付いてくるんだ。こうしてたまに現場でかち合って、文句を言うぐらいの間柄だろうに。大して知りもしない奴に執着する意味が分からん」
「知っていますよ! フェイスレスさんのことはよく知らないけど、貴方が凄い人だってことは知っています!!」
「あん?」
ボクっ娘から返ってきた強い否定の言葉。予想外の反応に、つい間抜けな声が出てしまった。
だがそんな俺の反応すら無視して、ボクっ娘はただただ言葉を続けていく。熱の篭った、何処か必死な様子で叫ぶ。
「五年前に突然活動を開始した野良ヒーロー! 野良でありながらたった一人で多くのモンスターを撃破していき、その強さと強力な認識阻害能力によって付けられた名が【フェイスレス】! トップヒーローに匹敵する実力がありながら、素顔を初めとしたその一切が不明の孤高のヒーロー! 貴方に救われた人、ヒーローは何人もいる! そんな凄い人と、一緒に仕事がしたいと思っちゃいけませんか!?」
「い、勢いが凄い……。お前は俺のファンか何かか……」
「ファンですよ! ぶっちゃけるとこうして顔合わせて文句という名の会話ができるの、いつも楽しみにしてましたよ!!」
「お、おう……」
ド直球なファン宣言に思わずたじろぐ。こっちとしては、ヒーローの真似事などストレス発散以上の意味などない。それでファンなどと言われても反応に困るというのが本音だ。
「俺、そんな褒められたような人間じゃねぇから……。お前の文句も間違ってねぇし、迷惑ってのも理解してモンスターを横殴りしてるクソ野郎だぞ? だからそんな無駄な高評価は止めてくれ。気色悪い」
「気色悪いとはなんですか! 正当な評価ですよコレは! 実際、フェイスレスさんは多くのモンスターを討伐しているんです! それはボクだけじゃなく、知り合いのヒーロー全員が同じ気持ちです!」
「圧が強いんだよこのボクっ娘が! 鳥肌立つから止めろって言ってんだ!」
「もしかして褒められなれてなくて照れてますか!? 可愛いですね!」
「引っ叩くぞクソガキ!!」
だぁもう! ジワジワとにじり寄ってくるんじゃねぇよ! さっさと離れろ!
「ともかく! 俺は正規ヒーローとして活動する気はない! 何を言われようがコレは変わらねぇ!」
「……っ、何でですか……。一緒に戦いましょうよ……」
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しても駄目だ。俺は勝手にモンスターを始末する。正規ヒーローなんて死んでもゴメンだ」
これ以上コイツと話していても疲れるだけ。そう判断してさっさと立ち去ると決めた。
「俺はもう帰る。お前もとっとと帰れ。標的はもうとっくに消えてんだからな」
「え、あ、ボクはその、他の地点でもモンスターが出現してるそうなので、そっちの方に応援に……」
「今回は複数が出現するタイプだったのか。……まあ良い。だったらさっさとそっちに行け。俺は興が削がれたからコレでしまいだ。獲物の横取りなんてしねぇから、存分に退治して回れ」
余計な会話をしたせいでドッと疲れた。さっさと帰って寝よう。
「あ、あの……!」
「……まだ何かあんのか?」
「えっと、その……こういうことを訊くのは凄く失礼だとは思うんですけど、それでも最後に質問させてください」
「何だよ」
「あの、フェイスレスさんは、何でそんなに正規ヒーローになることを拒むんですか」
「本当に失礼だなオイ。親しくねぇのに踏み込みすぎだぞ」
「ゴメンなさい……」
申し訳なさそうに頭を下げるボクっ娘の姿に、つい大きな溜息が漏れた。見た目も相まって、小さな子供をいじめてるようで地味に居心地が悪い。
「チッ……。仕方ねぇ。さっき怒鳴った詫びに教えてやる」
「え、あ、ありがとうございます!」
「人様の事情を聞いてそんな嬉しそうな顔をすんじゃねぇよ。……単純に助ける奴、守る奴は俺が選ぶ。そういうポリシーなだけだ」
正規ヒーローとして活動すれば、等しく全ての人々をモンスターの脅威から守らなければならない。それが我慢ならないだけだ。
深い理由なんてない。結局のところ、俺のそれは餓鬼の我儘。
「じゃあなボクっ娘。……今回のレベルじゃ死ぬことはないだろうが、怪我もしないようにな。人間、自分の身体が一番大切なんだからよ」
最後にそれだけ伝えて、俺は公園から立ち去った。
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