第4話 ヒーロー擬き

 突然鳴り響いたモンスター警報。それによって残りの授業は全て中止。学校は休校となった。

 本来ならば災害時の避難施設として解放される学校も、モンスター警報となれば一時的に閉鎖される。

 何故ならモンスターは邪霊としての性質から、人の集まる場所に積極的な襲撃を掛けるのだ。なので出現範囲に学校などの避難所があった場合、それは逆にモンスターをおびき寄せる餌、最初の襲撃目標としてロックオンされてしまう。

 だから現在ではモンスター警報が発令された場合、出現予測時間までに範囲外の避難所へと避難することが一般的になっている。


「……といっても、それでも避難すらしようとしない馬鹿もいる訳だが」

『リク。不機嫌だね』

「当たり前だ。この光景を見たら不機嫌にもなる」


 モンスターの出現に備え、一時的に閉鎖された学校の屋上。そこから一望できる街並は、夜の闇に包まれている。

 ……だが、疎らに見える文明の光によって、夜の帳に穴が空いている。

 月明かりでもなく。街灯の光でもない。それは住宅の窓から漏れる光だ。

 避難をしていないのだ。今回のモンスター警報はレベル2。出現するモンスターの脅威度は、大きめな熊のそれと大差ない。外で出会えば死は免れないが、家に引きこもっていれば安全だとタカをくくっているのだろう。


「レベル2では避難する方が手間。最悪な危機感の欠如だよ」

『襲われたら危ないのにね』

「そんな馬鹿は全員死んじまえば良いんだよ」

『人が減るのは困るよ』

「……相変わらずだな。お前ら精霊も邪霊と同じ。優先するのは自分たちの食料か」

『駄目かな?』

「腹立たしいさ。……だがそれぐらい野性的な方がまだマシだ。厚顔無恥なクソどもよりも、無自覚な殺人鬼どもよりもはるかにな」


 俺は邪霊が憎い。弟の命を奪ったから。俺は精霊も嫌いだ。弟を殺し合いの場に連れてったから。

 だがそれでも発狂しそうなほどの生理的な嫌悪感は抱いていない。何故ならコイツらにとって、それは当たり前のことだから。

 捕食者側である邪霊は効率的に人類を殺そうとし、共生関係にある精霊は人類に抵抗の術を与える。

 自然の摂理。種としての本能。それならまだ納得できる。諦めもつく。


「──そろそろ出現予測時刻か。動くぞホタル」

『うん。人間を助けよう』

「何度も言わせるな。クソどもなんか助けるかよ。コレは俺の憂さ晴らしだ。俺が助けたいと思う奴らに、クソども何か入っちゃいねぇ」


 だからこうして嫌いな精霊、ホタルの力だって借りられる。モンスターという憎き敵を殺すために、ヒーローの真似事だってやれるのだ。


「ふっ!」


 短い呼吸とともに跳躍。落下防止のフェンスを容易く飛び越え、一瞬にして夜空の一部、天の領域へと到達した。

 ヒーローと呼ばれる人種となることの恩恵その一。人外の運動能力。

 ホタルと契約することで獲得した力の数々によって、俺は理外の戦闘力を手に入れた。野良ヒーローとして活動する時の俺は、バトル漫画の主人公に匹敵する動きを可能とする。


「……見えた。オーソドックスな鬼か」


 そしてそれは感知能力にも当てはまる。

 視力など常人のそれを遥かに上回り、こうして夜空を舞っていながらも、視線が通っている限りは異常は決して見落とさない。

 公園に出現した推定二メートル弱の赤黒い人型、日本人には馴染み深い『鬼』の形をしたモンスターすら、くっきりと視認できるのだ。


「狩る」

『うん。でも無茶は駄目。普通に倒すんだよ』

「……分かってる」

『今の間なーに?』


 不機嫌そうなホタルの言葉を無視して、タンッと空中を蹴る。長くヒーローの真似事をしている内に、こんな妙な移動方が可能になっていたのだから、精霊の力というものは空恐ろしいものがある。

 移動は一瞬。一度の踏み切りで天高く跳躍することが可能な脚力。重力による加速。この二つが合わさった生み出された速度は凄まじく、瞬く間に夜空から鬼の出現した公園へと景色が変わる。


「グルァ?」


 着地点は鬼の背後。普通なら気配で気付かれそうなものだが、未だに鬼は動かない。最初の餌となる人間を探しているのか、キョロキョロと辺りを見回しているだけだ。

 鬼が異常なほど鈍い訳ではない。これは俺の持つホタルの契約者としての能力の一つ。


 ──【喪失者の襤褸布】


 その効果は自身にまつわる情報の抹消。能力の具現である薄汚れボロボロとなった外套を纏っている時、俺は生物が本来備えているもの、音、匂い、重量、感触などが喪失する。

 言ってしまえば超高度な隠密能力。こうしてモンスターの後ろに立っていても気付ずかれることもなく。触れたところでその身体すらも透過する。


「──ガァッ!?」


 そしてそれを利用すれば、透過した状態から襤褸布の力を弱め、実体を取り戻してしまえばコレこの通り。

 あらゆる防御を無視し、致命の一撃を叩き込むことが可能の暗殺技のできあがりだ。


「……ァァ……」


 腕を引き抜くと同時に、人体で言うところの心臓付近に大きな穴を開けた鬼が、どさりと地面に崩れ落ちる。

 数秒後には塵となって消えた。『霊格』、邪霊がモンスターとして受肉することで発生する急所を穿たれたことで、実体を保つことができずに息絶えたのだ。


『……最初は身を隠しやすくするだけの能力だったはずなのに、随分と凶悪な能力になっちゃったね』

「良いことだろ。強くなってるんだから。俺としても憂さ晴らしがしやすくなってスッキリしてるよ」

『……でもコレ、真っ当な成長の仕方じゃないじゃん……。リク、本当にもう無理しちゃ駄目だよ? 普通ならとっくに限界は超えてるんだから……』


 種族も価値観も違うはずの精霊の癖して、ホタルの言葉は何処か悲痛な色を帯びていた。


「……分かってるよ。コレはただの憂さ晴らしだ。俺だって父さん母さんを悲しませたい訳じゃない」


 だから折れてしまった。別にホタルの言葉に絆された訳ではない。精霊なんて未だに嫌いだ。

 だがそれでも契約として心の一部に間借りさせている関係上、精霊の感情は俺たち契約者にダイレクトに影響する。コレはそれだけの話なのだ。


「……帰る」


 気持ちを切り替えるように呟く。妙な考えはすぐに捨てるに限る。

 それを抜きにしても、すでに標的は仕留めたのだ。わざわざ長居する理由もない。


『うん。そうしよう。緑も健も待ってるよきっと』

「だから人の両親を下の名前で呼び捨てにするなと……」

「──また貴方なんですか。フェイスレスさん」


 だが公園から立ち去ろとする俺を引き止めるように、ソイツは目の前にヒラリと舞い降りた。

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