第3話 ヒーローがいる日常
気に食わない世界史の授業が終わった。教室から出ていく大矢を無言で見送ったことで、やっと身体の力が抜けた。
そのタイミングでクラスメート、中でもとりわけ親しい友人たちが席の周りに集まってきた。
「いやー。大矢にガッツリやられたなザマッチ」
「ああ最悪だよマジで。まあ授業態度とかどうでも良いけど……」
「かぁぁ! 成績優秀者が言うと嫌味にしか聞こえねぇなぁ!」
「いや俺もザマッチ派かなぁ。世界史なんて暗記科目じゃん。教科書適当に眺めてりゃどうにでもなるって。カズが馬鹿すぎんのよ」
「んだとコラァ!」
友人たちによる、いつもと変わらなぬ馬鹿騒ぎ。ちょっとやかましくもあるが、荒んだ心が元に戻っていくのを感じる。
ヒーローの話題なんて聞きたくない。円滑な日常生活のために表向きは取り繕ってこそいるが、内心ではいつだって吐き気がするほど嫌なのだ。
拗らせてているのは重々承知。中二病などと笑いたければ笑えばいい。それでもしょうがないのだ。本当にその手の話題は無理なのだから。
「そういや授業でチラっと名前が出てたけど、四条ってどんな奴なんよ? 正規ヒーローってのは知ってるけど、俺それ以上は知らんのよね」
だが今の時代、ヒーローの話題を避けることは難しい。何故なら現代社会は少なからずヒーローに依存しており、一般人からすれば彼ら彼女らは明確な正義の味方なのだから。
……そのお陰で内心を取り繕うのが本当に上手くなってしまった。今では心の中で唾を吐きながら、適当に話題に合わせられるほどだ。
「カズはヒーローオタクだから、そういうの詳しそうよなぁ」
「くっそ失礼だなオイ!」
「でも実際は知ってるんだろ?」
「……まあ。だがアレだぞ!? ヒーロー好きだから知ってるとかじゃなくて、単に同じ学校の生徒でヒーローっていうすげぇ奴だからだぞ?」
「あ、ふーん」
「聞けよ!?」
「聞いてるからはよ説明」
茶々はほどほどに。聞きたい訳ではないけれど、空気を凍らせたくないから仕方なく続きを促していく。
「つっても俺もそんなに知らねぇぞ? 中学時代に精霊と契約したらしいってことと、あとはちょくちょく正規ヒーローとして活動しているらしいってことだ」
「活動ネームも知らんの?」
「俺みたいな他人が知ってる方が大問題だろ。変なトラブルを避けるために、活動時の名前と本名は秘密にするのがルールなんだから」
「まぁ……未成年だしその辺は人一倍気を使ってるか」
「昔は色々あったらしいからなぁ」
現代では色々と法整備もされているが、一昔前まではヒーロー関係のトラブルも多かった。
ストーカー。家族への脅迫。誹謗中傷。タチの悪いマスコミを筆頭に、多くの人間からの盗撮など。
特に若い少年少女が精霊と契約をした時は悲惨で、誘拐やら性的暴行やらが多発した時期もあったそうな。
その結果としてヒーローとして活動する人間、特に若者が激減し、一時期はモンスター被害がとんでもないことになった。一部の馬鹿たちのせいで、本当に国が滅びかけたのだ。
その後は急速にヒーロー関係の法整備が進み、ヒーローに対する諸々の迷惑、犯罪行為は重罪となったことでようやくその手の馬鹿は少なくなった。……それでもゼロにならないあたり、人類の業というべきなのだろうか。
「……そう考えるとヒーローなんて貧乏くじもいいところだよな」
っと。胸糞悪いことを考えたせいか。会話の流れ的におかしくなかったせいか。つい本心が零れてしまった。
「まあなぁ。モンスターと命懸けで戦うなんて、パンピーの俺らにゃ考えられんよ」
「でもヒーローになれば絶対にモテるよなぁ! SNSなネット掲示板とかいっつもヒーロー関係の話題で賑わってるし! 一部のヒーローとか完全にアイドル扱いだぜ?」
「まあ変身すると凄い見た目になるからな。インパクトだってデカいんだ。そりゃ人気も出るだろうさ」
邪霊が負の感情を集めやすくするためにモンスターの形を取るように、精霊も正の感情を集積するために契約者、ヒーローたちの姿を変える。
だからヒーローたちは大衆を魅了する。ヒーローは正義の味方であると同時に、人々に笑顔をもたらすアイドルなのだ。
「噂の四条って奴も、実は有名ヒーローだったりするのかねぇ?」
「いやどうだろうなぁ。この辺りで活動してる有名ヒーローだろ?」
「俺は男ヒーローとかあんま興味ねぇから知らね。【無限彩音】か【雛森カナタ】、あとは【フェイスレス】みたいな女性ヒーローなら知ってるけど」
「女好きがすぎるだろお前。あとフェイスレスは女じゃなくて性別不詳だ。ついでに言うなら正規じゃなく野良だよ」
「個人的には女であってほしい」
「ストレートにキモイぞ」
「男だと判明して発狂してほしい」
「いやでも、掲示板では女性説が濃厚だぞ?」
「何でだよ」
「女性だった時の方が燃えるからでは?」
「萌えるの間違いだろそれ」
……テキトーに。テキトーに。内心を隠して、話を合わせて。くだらない、聞きたくないと思っていても。日々の生活を狂わせないために。
何故なら日常というものは簡単に。
『モンスター警報発令! モンスター警報発令! この地域にモンスターの出現予兆が観測されました! 市民の皆様は、どうか落ち着いて範囲外の避難所に避難を開始してください!!』
──それでいて唐突に崩れ去るのだから。
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