第2話 世界は今日も狂ってる

 最悪の光景を思い出してしまった。五年前のあの日。大切な家族、弟が死んだあの日の光景。

 思い出したくて思い出したんじゃない。ただどういう訳か夢で出てきた。お陰様で胸糞悪い。


「……クソみたいな目覚めだ……」

「……そうか。ちなみに私も中々に嫌な気分になっている」

「……あ」


 ナーバスになっている途中、声を掛けられた。それによって気付く。気付いてしまった。


「高三の大事な定期テスト前のこの時期に、堂々と居眠りとは素晴らしい度胸だ」


──今は世界史の授業中で、担当の大矢は生活指導の役職にも就いているほどに厳しい教師であることを。


「……すいません。最近寝不足で」

「言い訳はいらん! 狭間陸斗、不真面目な態度で減点一。そして罰として今から幾つか質問する。それに答えられなければ更に減点だ」

「……はい」


 容赦のない裁きに思わずクソがと呟きかけたが、なんとかすんでで堪える。わざわざ火に油を注ぐ必要はないのだから。


「質問その一。世界で初めてモンスターが確認された年と、その場所は?」

「1946年、アメリカのマンハッタンです」


 時期としては第二次世界大戦が収束してすぐ。ようやく世界が平和になったと思われたその時に、最初の怪物が現れた。

 マンハッタンに現れたのは、全長五十メートルオーバーの巨大な海蛇。現代では神話の怪物に倣い、リヴァイアサンと呼ばれている超大型のモンスター。

 アメリカは、いや世界はリヴァイアサンに蹂躙されかけた。多くの戦闘機、戦艦が海の藻屑となり、そのあまりの異常事態に第二次世界大戦の戦勝国だけでなく、敗戦国も援軍として駆けつけ、膨大な犠牲の果てにどうにか討伐することが叶った。


「その後に国連で結ばれた条約の名は?」

「ロンドンモンスター条約です」


 モンスターが現れたことで、世界は大混乱に陥った。何故ならリヴァイアサンを皮切りに、世界中で大小様々なモンスターたちが現れるようになった。

 初めは何処かの国の新兵器かと、世界中が疑心暗鬼になった。だがモンスターがあまりにも無差別に現れ暴れ回ること。現代兵器への『耐性』ともいえる特性が全てのモンスターに備わっていたために、そうした疑いは霧散することとなった。

 明らかにモンスターたちは人知の及ばぬ存在であると。そして世界は団結することとなる。皮肉なことにモンスターの脅威は、世界を割った大戦を忘れさせたのだ。

 平和などではなく、ただそれ以上の恐怖でもって。


「その後モンスターの正体が判明し、人類が反撃の術を獲得した出来事の年と名前は?」

「1949年、精霊邂逅です」


 モンスターの正体は突然判明した。それはモンスターたちの似た種族でありながら、敵対する『精霊』と呼ばれる存在によって齎された。

 曰く、モンスターは正式には『邪霊』と呼ばれる異次元の精神生命体であり、一定以上の知能を持った生物の負の感情を餌とする。

 曰く、対象となる生物がいる世界を求めて次元を彷徨っており、見つけ次第その世界を餌場に変え、対象種族が滅びるまで破壊の限りを尽くす。

 曰く、邪霊はモンスター、その世界の伝承に記された怪物たちと似た姿で現界するが、それはあくまで効率的に恐怖などの負の感情を収集するためでしかなく、本質はあくまで精神生命体。そのため物理攻撃に極めて強力な耐性を持っている。

 曰く、精霊は邪霊と真逆に生物の正の感情を糧としており、種族的に相容れない邪霊とは不倶戴天の敵同士である。

 精霊側からすれば、邪霊に世界が滅ぼされる=精霊側の餌場の減少である。それを避けるために精霊は人類に、自分たちと波長の合う者たちに特殊な力を与えた。


「……質問は以上だ。座りなさい。次また居眠りしたら授業を受けさせないからな」

「はい。すいませんでした」

「──では授業に戻る。狭間が答えた一連のできごとは、文字通り世界を変えた。今日では『ヒーロー』と呼ばれる人類の希望が──」


 再び大矢が再び黒板にチョークを走らせていく。周囲からもノートとペンの音が響きはじめた。

 授業の再開。だがどうしてもノートを取る気にならない。もしまた大矢に目を付けられれば、今度こそ大説教が降ってくると分かっていても。

 これはただの歴史の授業だ。何らかの意図がある訳でもなく、ただ過去にあったことを教科書通りに振り返っているだけ。

 だがそれでも、これはモンスターの歴史であり、ヒーローの歴史なのだ。それがどうしても気に食わない。


「──少し内容はズレるが……。現在、日本ではヒーローは二種類存在している。経緯は様々だが精霊をその身に宿し、それを政府に報告し、正式な手続きの末に就くことができる『正規ヒーロー』。そして精霊の力を宿しながらも報告せず、または報告はしても手続きを拒否した『野良ヒーロー』だ」

「質問でーす。正規と野良って何が違うんですか? 給料が違うってのはなんとなく知ってるんですけど、具体的な違いとか教えてくださーい」

「俺も専門ではないからそこまで詳しくはないが……。収入面に関しては、正規ヒーローはまず公務員という扱いとなる。だから平時でも給料が入るし、その上でモンスターを討伐すれば追加て報酬が振り込まれるそうだ。逆に野良ヒーローは基本的に一般人であるから、そうした報酬は基本ない。精々が討伐報酬だし、それも正規ヒーローよりも少ないという噂だ」

「うわ酷っ!? 何でそんなあからさまな差があるんすか!?」

「政府としては、正規ヒーローが増えて欲しいからだろうな。ヒーローは重要な戦力であると同時に武力だ。正の感情を糧とするという精霊の性質から、その力が悪事に使われることはないとはいえ、しっかりと管理しておきたいというのが本音だろうな」

「なるほどー。じゃあ野良でいるメリットってゼロなんですね」

「一応、正規でないことから、応援要請などをペナルティ無しで無視できるとかあるらしいが……。何度も言うが専門ではないから詳しくは知らん。気になるなら自分で詳しい者に訊くなり、調べたりするんだな」

「詳しい奴……一年の四条とかにすか?」

「……確かに彼は我が校で唯一の生徒兼正規ヒーローだがな。知り合いでもないなら止めておけ。見ず知らずの奴にいきなり尋ねられても迷惑だろう」

「そーそー。四条君みたいな凄い人には、樋口みたいな奴が近づいて良い訳ないじゃーん」

「どういうことじゃい!」


 クラスメートの会話によって、ドッと教室が沸いた。厳しいと評判の大矢も、自分が振った話題の延長であるためか一緒に笑っていた。


「……ハハ」


──本心から笑っていないのは俺だけ。周りに合わせてそれっぽい表情を浮かべてはいるが、鏡を見なくても分かる。自分の表情があきらかな愛想笑いの類であると。

 別にこのクラスが嫌いな訳じゃない。クラスメートとは普通に打ち解けているし、大矢とて別に嫌いな教師でもない。

 ただこの話題が気に入らない。授業の内容が気に入らない。

 コレが子供じみた駄々だとは分かってはいる。だがそれでも、このヒーローを持ち上げる空気が、弟を殺したものと同質のそれが気に入らない。


「ハハハ」


 愛想笑いが虚しく教室に溶けていく。この世界は相も変わらずクソったれなのだという意識が、どうしたって心の奥底にへばりついているせいだ。

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