第8話

「死んだ方がマシとアレフ君は感じたことがあるかな?」


 金色の髪を整髪材で固め上げた少年。休みなく何時間歩いて疲労があるのだが、何故かその少年にはヘラヘラとした表情が張り付いていた。

 生まれてきた時からその表情なのかも知れない。

 その横を歩く背の高い長髪の男。

 見る物が見れば美青年ともしかすれば女性とも勘違いされる美貌の持ち主ではあるが、疲れた笑顔を浮かべる少年に遠慮することなく話し続ける。


 アレフの疲労は旅路だけでなく、休みなく話し続けるテンタに原因の半分はあるようだった。現に既にテンタの質問に答える気力は無いようだ。

 返事がなくても1人話を続ける。


「死んだ方がマシ。一見すれば、それは負に感じてしまうかも知れないが、死ぬ気でやれる要因にも成り得ると私は信じている――。なーんて、自分にそう言い聞かせているだけなんだけどね」


 おどけた口調とウィンクを向けられたアレフは、流石に無視できないと思ったのか、素直な感想を答えた。


「……テンタさんは凄い強いのに、逃げるために【黒の大陸】目指したり、以外に後ろ向きな性格していますよね。なんか、安心します」


「ふむ。安心感において私に勝るものはいないと、今、ここに宣言しよう」


「それはないと思いますけど……」


「ふふふ。そう言うことだ。ところでだ。アレフ君こそ叶えたい夢はないのかい? まさか、山賊の言いなりになるのが人生の夢だ! というわけではないだろう。いや、本人が実はそれを願っていたと言うのであれば、余計なことをしてしまったと詫びる準備をしなければ」


 山道を歩きながら徐々に腰を低くして足を進めるテンタ。器用なことに、土下座をしたまま歩いてるかのような姿勢だった。

 もっとも、実際に歩いている訳ではなく、膝を折った足から無数の触手を出して、触手を足として歩いているだけなのだが。

 一体、どんなところで能力を使用しているのか。


「頭、上げてください。俺が叶えたい夢は――そうですね。今後とも山賊たちがあんな行為を出来ないようにすることですかね。同じような奴らが現れても自分たちの村を守れるように――自衛団を作るとか?」


「なんと! まさか、今回の件で自身の目標を持つことに! 素晴らしい!!」


 土下座の姿勢から状態を起こしてアレフにへと抱き着く。腰を落とした状態でアレフと頭の位置が同じだった。


「そう思えたのもテンタさんのお陰ですけど」


「私の? 私は何もしてないよ?」


「そんなことないですよ。感謝はしてるんですから」


 自分の好きなように生きるテンタ。

 自分の決定権を握るのは自分。そう言い切ってアレフは投げ飛ばされた。その時、「俺もそんな風に生きてみたい」と、羨ましく思えたのだ。

 だからこそ、死んだつもりで自分の村を守る自衛団を作ろうと――そう決意した。

 やりたいと思ったらやろうと。

 ヘラっと笑うアレフの瞳には決意の光が灯っていた。


「……そろそろ、見えますよ」


 木々を抜けた先に見える景色。

 そこにあったのは水の中に建てられた巨大な城だった。





「はっはっは。良かった。間に合ったみたいだね」


 テンタがやってきたのは水に囲われた城だった。周囲の水は自然にできたモノではなく、どうやら敵からの侵攻を防ぐために人工的に作られた『堀』のようだ。

 その証拠に向かい岸にある壁は高さが数十メートルはあり、登ることも困難だ。

 更に城に通じる道は一本のみ。

 そこさえ守れば防衛可能となれば、戦力も少なくて済む。


 城が責められることも考慮しての設計。

 そして、それを実現出来る財力。

 優れた人材と財力を持って作られた城を見上げ、テンタは呟く。


「こんな立派な場所に住む王様が【黒の大陸】をねぇ――。欲っていうのは、自分で制限を掛けないと何処までも膨れ上がるのだね。まあ、どれだけ王が欲ぶかかろうと、【黒の大陸】に行ければ私は構わないのだがね」


 むしろ、これだけの城を建てる王であれば、【黒の大陸】を目指す船なども信用できると言えよう。

 テンタはそう考えて城へと続く一本道を目指す。


「おや?」


 道の中心にくいで地面に突き刺された看板があった。

 どうやら、今回の応募に当たる注意事項が書かれているようだ。『腕に自信あるのも集え。命を掛けて【黒の大陸】を開拓すべし』


「命を掛けるか……。それだけじゃ、足りなかったのだがね……」


 テンタは数年前に一度、船を買い1人で【黒の大陸】を目指したことがあった。だが、荒れた海を、航海の技術など持たぬテンタが渡れるほど甘くなかった。

 船は【黒壁こくへき】に届くことなく難破した。辛うじて触手の力を使い何とか生きて帰れたという結果だった。

 だからこそ、今、この場所に立っているのだ。

 資金、人員が豊富であろう王の元へ向かうために。

 開かれた城壁に架かる一本の橋を前にアレフにへと言う。


「さてと。折角だからアレフ君も一緒に行くかい? 旅は道連れと言うだろう?」


「……嬉しい誘いですけど、やりたいことやらせて貰いますよ――決めるのは俺なので」


「言う様になったじゃないか」


 テンタとアレフは視線を合わせると同時に笑う。

 

 アレフは笑顔を浮かべずに手を差し出した。テンタはその手に笑みを浮かべて応じる。


「頑張ってくださいね、テンタさん」


「ははは。では、私が戻ってきた時、君が立派な自衛団のボスになっているところを見せてくれ」


「言われなくてもそのつもりですよ。テンタさんこそ、ちゃんと生きて帰ってきてくださいね」


 アレフは大きく腰を曲げて頭を下げた。

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