第7話

 アレフも自分が助かるために、自分よりも弱い友達をこの場所に連れてきたが――いざ、決闘になると手を出すことが出来なかった。

 この苦しみを友達に合わせたくないと、攻撃をせずに、自ら川に飛び込むアレフを山賊は笑った。


 だが、攻撃をしなくても友を売ったことに違いはない。

 山賊にも友にも中途半端な態度を取るアレフに、付いてくる人間は1人もいなくなった。


 そんな状況など当然知る由もないテンタ。

 2人の会話の意味が分からずに首を傾げながら話に割って入る。


「……ふむ。全く状況が読めないのだが、アレフ君と君たちは仲間じゃないのかい?」


 頭に猟銃を突き付けられた状態でも怯まずに疑問をぶつける。

 2人がグルになって身包みを剥ぐのだろうと思っていたのだが、いつまでたってもその気配がないため、なにがしたいのか分からなくなっていた。


「俺がそんな雑魚と仲間なわけないだろうが! こいつはな、俺達の遊び道具なんだよ。俺が考えた『数珠決闘じゅずけっとう』のなぁ!」


 手にしていた【ハンマー】を地面に叩きつけるデープ。『数珠決闘じゅずけっとう』と言う聞きなれぬ言葉をテンタは繰り返す。


「『数珠決闘』?」


「そうだ! ルールは簡単だ。自ら対戦相手を見つけて、勝てばここから開放する。負ければ新たな対戦相手を自分で見つけてまた戦う。それだけだ!!」


 自らが考案したゲームのルールを得意気に語る。

 しかし、テンタは、「それの何が楽しいんだい?」と、魅力が伝わらなかったのか、不思議そうに首を傾げた。


「何言ってんだ。最高に楽しいぜ? 俺達から開放されたい雑魚達は自分よりも弱い相手を探し、仲間を友達を――俺達に売るんだ。中には確実に勝つために怪我を追わせてから連れてくる馬鹿もいたなぁ。どうだ、最高だろう!?」


「……」


 仲間だ。

 友達だ。

 家族だ。

 そう言っていた人間たちは、いざ、非常事態になれば人を蹴落とす。その姿を、絆を裂いて楽しむ悪趣味な行為に、テンタは静かに息を吐く。

 楽しいか分からないが、この山賊達おとこたちの趣味が悪いことは分かった。

 身体の内側を感情がウネウネと動く。

 まるで自身が操る【触手】が勝手に身体の中を暴れているようだ。


 テンタの内に秘める感情など興味もないのだろう。デープは愕然と膝を付くアレフを笑う。


「で、そいつはいざ、決闘を始めたら僕には出来ないと手を出さず、最後には自分が蹴落とされてやがるんだ。それで助けてやるって言ったら、意気揚々と去って身代わりおまえを連れて来やがったんだ。嘘に決まってんのによぉ!!」


 デープの言葉にアレフは、「キッ」と正面を見て怒りで身体を震わせる。だが、目と目が合った途端にヘラっといつものように笑うのだった。

 情けない姿に山賊たちが一斉に笑う。


「ほらな? こんなに言われても何も言い返せねぇ。最高の玩具だよ。死ぬまで遊びつくしてやるからなぁ!!」


 話はこれで終わりだとデープは猟銃を突き付ける男に指示を出す。テンタのこめかみに銃口を当てる男は小さく頷くと、「歩け」と指示を出した。

 誘導されるままに歩くテンタ。

 進む先は川の中心に作られた木製の闘技場だった。川の流れに押され揺れる。下腹部に力を込めなければ倒れてしまいそうだ。

 その証拠にアレフは四つん這いになって身体を支えていた。


「それじゃあ、『数珠決闘』の始まりだ!!」


 デープが【ハンマー】を地面に叩きつける。その一撃は川の水を伝いテンタ達にまで届いた。一際大きな揺れにアレフは落ちそうになる。

 対するテンタはまるで吸盤でも足に付いているかの如く微動だにしなかった。

 決闘の合図を受けて、先に動いたのはアレフだった。

 四つん這いのまま、上半身を深く折り曲げ、丸太にへと額を擦りつけた。アレフの仕掛けた行動。それは攻撃でなく懇願だった。


「ご、ごめんなさい。で、でも、ぼ、僕は開放されたいんです。だ、だから、ま、負けてください!」


 開始早々、拳を振るうでもなく頭を下げる無様な姿に山賊たちが大きく笑う。


「馬鹿か、お前は! そいつはお前が連れてきたんだろう? 嵌めた相手にわざと負ける訳ないだろうが!!」


 外野からの言葉に、テンタは笑顔を浮かべて呆れる。


「やれやれ。それを決めるのは私なんだけどね」


 正面に立つ対戦相手から発せられた穏やかな言葉に、アレフは期待の眼差しと共に顔を上げた。その表情に更に破顔はがんさせたテンタは、頭を下げたアレフに手を伸ばし、ぐっと首元を掴み上げた。

 8年間、毎日鍛錬を怠らなかったテンタからすれば、子供など片手で持ち上げられる。期待を裏切るテンタの行為に、「ま、負けて……くれるんじゃないの?」と、足りぬ空気で絞り出すように声を出した。


「残念だが、それも決めるのは私だ。そして、私を連れてくると決めたのは君だ。ならば、ここで私に殺されても――後悔は勿論ないんだよね?」


「あ、あるに決まってるだろ……! あんな奴らのいうことしか選べない自分が悔しいし、中途半端にしか背けない自分が、情けないんだよ!」


 友達をこの場所に連れてなど来たくなかった。

 山賊たちを1人で倒したかった。

 でも、その行為を選べなかった。

 その悔しさから、アレフは自分の首を締めるテンタの手に深く爪を食い込ませる。弱い握力では引っ掻き傷しか付かなかった。

 その悔しさはテンタに伝わる。そして、中途半端だからこそ、背くためには膨大な勇気がいることもまた――知っていた。

 引っ掻き傷から「じわり」と血が滲むのを眺めながら、


「……そうか」


 テンタはそう言って掴んでいたアレフを小屋の上目掛けて放り投げた。軽々と吹き飛んだアレフは、三角屋根の中心に跨るようにして止まった。

 屋根の上で落ちぬようにしがみ付くアレフを指差してテンタは言った。


「これで場外だ。つまり、私の勝ちということでいいんだよね?」


 いくら子供とは言え、軽々と放り投げる腕力に山賊たちが互いの思いを共有するかのように小声で話す。


「お頭と同じ位の腕力じゃねぇか?」


「あいつ、何もんなんだよ……」


 強大な力に戦意を喪失したのか、川の中心に立つテンタから少しでも離れたいのか、後ずさる者までいた。

 そんな臆病な姿を目にしたデープは、巨大な【ハンマー】のを地面に打ち付けた。


「俺がこんなひょろい奴に負ける訳ないだろうが。お前、上がって来いよ」


「ほう。では、お言葉に甘えようかな」


 決闘上から軽く跳躍をして陸地にへと足を付ける。着地したテンタに怯えたのか、その場にいた山賊たちが蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す。


「そんな逃げなくてもいいじゃないか――!」


 テンタが着地をした瞬間と同時に、デープは自慢の武器である【ハンマー】を振り上げていた。も長いその武器は、一撃の重さを重視しているにも関わらず、距離を省略することに成功していた。

 完全に油断していたのだろう。


「あ……」


 マヌケな声を漏らして、テンタは槌の頭部ヘッドを真上から受けてしまう。


「ふん。俺は最強なんだ。お前なんか、一撃で仕留められるんだよ!」


 確かな手ごたえに勝利を確信するデープだったが、直ぐに自身の【ハンマー】が、振り切れていないことに気が付いた。


「『木馬もくば――三触さんしょく』!!」


 テンタの両手から一本ずつ。うなじから一本。合計三本の触手が木馬の如く立ち上がり巨大な【ハンマー】を止めていた。 


「な、なに!?」


 自慢の一撃を受け止められると思わなかったのか、追撃の一手を選択できなかったデープ。ゆっくりと【ハンマー】の影から抜け出すと、背中の触手を引っ込め、自身の身体を軸にして――ぐるりと周る。

 両手から二本の触手を伸ばしたままに。


「『車輪しゃりん――二触にしょく』!!」


 触手は鞭のようにしなりを持って、山賊たちを吹き飛ばした。一気に仲間を失ったデープは【ハンマー】を持ち上げ構えなおす。


「お、お前、なんだ、その力は!! 俺に逆らって許されると思うなよ!!」


 持ち上げた【ハンマー】を横に振りぬく。だが、【ハンマー】にしては長い攻撃距離も、正面から振りかぶれば軌道を見破るのは容易い。

 二本の触手を使って地面を蹴り上げたテンタは空高く舞う。そして、空中で二本の触手を編み込むように交差させる。


「ふふ。お前に許されなくても私は別に構わないがね」


 絡み合うことで、一本の太い鞭にへと強化された触手を空中から思い切り振り下ろした。


「『鞭打むちうち――二触織にしょくおり』!!」


 頭の上から触手を受けたデープは、フラフラとその場で数歩力なく踊った後に地面に倒れた。

 1人で山賊のアジトを壊滅させたテンタは屋根に掴まるアレフに触手を伸ばした。


「……」


 だが、未知の触手に触れることに躊躇うのか、その場で大きく首を振った。


「別に毒などないさ。少し感触は面白いがね」


「……な、何が目的なんだ! ぼ、僕はあなたを騙したんだぞ!?」


 アレフが触手を拒んだのは不気味だからではない。テンタから伸びているからだった。騙すようにして、山賊のアジトに連れてきた。

 一歩間違えればテンタが死んでいても可笑しくなかった。恨まれることは在っても助けられることはない。

 現に、騙したことにある怒りでアレフを投げ飛ばしたのではないか。

 山賊たちを倒したように、自分も触手で傷付ける気なのだろう。アレフはそう考えて拒んだのだ。

 拒まれたテンタは伸ばした触手を上下に揺らしながら言う。


「ふむ。確かに怒った。だから、投げ飛ばした。それで話はお終いだ。必要以上に痛めつける必要が何処にある?」


「へ?」


 被害を受けたのはテンタ。だから、テンタ自身の気が済めばそれでこの話は終わりだ。誰がなんと言おうが必要以上に罰を受ける必要もない。

 罰を決めるのは害を被った人間。

 外野がとやかくいう権利はない。

 それがテンタの考えだった。【処刑人】として理不尽に処刑される罪人達を見てきたテンタだからこその考えとも言えよう。


「それに彼らを倒したのも別にアレフ君を助けようとしたからじゃない。私が気に入らなかったからだ」


「で、でも!!」


「あ、では、もし見返りがないとこの手を掴めないというのであれば――私を『ミヤコ』まで案内して貰えないかな? どうやら私は方向感覚がないらしい」


 テンタはそう言って笑った。

 その笑みに悪意はないと――アレフは感じて【触手】を掴んだ。その感触は少し柔らかで暖かだった。

 それはテンタの笑顔と――どこか似ていた。

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