第6話
「ふむ。これはどうしたモノか。こんな所で倒れていたら、獣に襲われてしまうではないか」
天災が住むとされる森を抜けて、次なる山にへと足を踏み入れたテンタの前に山道で倒れる少年の姿があった。
何者かに襲われたのか着ている衣服は所々千切れ、肌が見えていた。
金色の髪も泥で汚れており、錆びのような黄土色にへと変わってしまっていた。
「先を急ぎたいのだが――しかし、見捨てる訳にもいかないか」
現在、テンタは『ミヤコ』と呼ばれる場所を目指している最中。【黒の大陸】に向かうべく人員を集めていると情報を手に入れてから数か月。
募集の締め切りは1週間後と聞いていた。
目的地までの距離を正確に把握出来ていないテンタにとって、時間の猶予は無いと言えよう。故に少しの道草も食う余裕はないのだが、しかし、だからと言って倒れている少年を見捨てることも――テンタには出来なかった。
自分が少年時代にシャドラに声を掛けられたように、困っている少年がいれば、今度は自分が声を掛けようと決めていたのだから。
「少年、大丈夫か……?」
「だ、大丈夫ですよ」
テンタの呼びかけにヘラヘラと笑いながら顔を上げた。全身の汚れとは似合わぬ表情。見た目の割に傷はないのだろうとテンタは安堵し手を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「例には及ばんさ。私は私のしたいことをしているだけだからね。しかし、こんな所で倒れているとは、獣にでも襲われたのかい?」
テンタの手を借りて立ち上がった少年は、またすぐに顔を下に向け、全身を震わせる。カタカタと歯と歯がぶつかる音が聞こえてくる。
余程怖い目にあったのか、少年は恐怖に震えながらも、恐怖の対象である者の名前を口にした。
「【
「いや、全く知らないね」
「知らないって!!」
少年は叫ぶことが唯一の恐怖への対抗だと言わんばかりに声を荒げて、デープがどれほどの存在なのかを口にする。
「人間1人よりも大きな【
「そうは言われてもな……。私はここに来たばかりで」
テンタの言葉に改めてその風貌を確認する。言われてみればテンタが身に着けている衣服はこの国ではあまり見かけない物だった。
「言われれば、確かに、この辺りでは見ない服装ではありますが……。どこから来たんですか?」
少年の問いにテンタは自分が生まれ育った国の名前を告げた。絶対王政で好き勝手に処刑を命じる王国の名を。
「それって滅茶苦茶遠いじゃないですか! なんで、こんなところまで……?」
「私は【黒の大陸】に向かいたくてね。それで、この辺りで【黒の大陸】に向かうべく人を集めていると聞きやってきたのだよ」
「……か、考えられないな」
テンタの行動に頬が引きつる。【黒の大陸】に向かうなど死にに行くも同然。そのためにわざわざ、こんな離れた場所までやってくるなど、常人からすれば思いつきもしない行動だった。
「なに、どうしても家業を次ぎたくなくてね。そのために【黒の大陸】を目指しているのだよ」
「家を次ぎたくないからって、【黒の大陸】を……。理解出来ないけど……凄い。僕にもそれだけの行動力があれば……」
口の中で言葉を噛み殺す少年。何を言ったのかテンタには聞こえなかったようで、「ふん? なにか言ったかい?」と聞き返した。
「あ、いえ、別に……。そう言えば、自己紹介がまだでしたね! 僕はアレフって言います」
「そうか。私はテンタと言う。折角、こうして知り合えたんだ。アレフ君を家まで送っていこうではないか!」
「ほ、本当ですか!? それはとっても助かります。すぐ近くなんですけど……」
アレフはゆっくりとした足を進める。怪我の中でも右足が酷いのか少し引きずるようにして歩いていた。
「……右足、大丈夫かい? 大きな
「ちょっと、兄弟で喧嘩をしてしまって、その時に怪我を」
「そうか。アレフ君には兄弟がいるのか。懐かしい」
テンタの頭に浮かぶのは兄であるソラ。【処刑人】という立場を使って、国を収める王兵に取り入り、気にくわない人間を自らの手で処刑をしていた。そんな彼が長い年月でどう変わったのか、気にはなるが、恐らく、子供のころのまま、気に入らない人間を殺し続けているのだろうと容易に想像が出来た。
「彼らはきっと私はもう、どこかで死んだと思っているのだろうな」
テンタが故郷の家族に思いを馳せていると、「ここです」と家に付いたことをアレフは告げた。
「ここが――家なのかい?」
しかし、連れてこられた場所は川辺。
数メートル先には滝があるのだろうか、水が落ち、滝つぼに跳ねる音が聞こえてきた。向かいの岸には確かに家のような建物はある。
巨大な丸太を幾本も組み合わせて作られた無骨な三角屋根の小屋。
1人の男が入口の前に立っていた。
あの男がアレフの兄弟なのかとテンタは考えたが、明らかに違う。獣の革で作られた服に刀を背負う男。
テンタ達の姿を見ると、小屋の中に頭を入れて何やら声を上げるl。男の声を合図に小屋の中から無数の男たちが武器を担いで外に出てきた。
「おやおや。アレフ君のお家は大家族なのだね。しかし、まあ、なんと物騒な雰囲気だ。まだ、兄弟喧嘩の途中かい――と、おや?」
武装した集団に目を奪われていると、こめかみに猟銃を突き付けられた。どうやら、武装した集団は向こう岸だけでなく、こちらにも隠れていたようだ。
両手を上げて逆らう意思がないことをテンタは示す。
「これは、まさか、私は騙されたということなのかな? アレフ君」
ここまでされれば、只の兄弟喧嘩でないことなどテンタにも分かった。テンタの問いかけに、前に立つアレフがヘラって顔を青め笑う。
「……ご、ごめんなさい。ぼ、僕はこうするしかなかったんだ」
涙を浮かべながらも笑うアレフは、怖いと曖昧に笑う癖があるようだった。
「よくやったなぁ! 雑魚アレフ。めでたく身代わりを連れてきたって訳だ」
小屋の奥から巨大な槌を引きずりながら、1人の男が現れた。全身に詰まった脂肪が巨体となって男を守る。【
「こ、これで僕は見逃して貰えるんですよね!? 逃げていいんですよね!」
アレフは、山賊たちから開放されるという喜びの光を込めてデープに言った。
自分の代わりになる人間をこの場所に連れてくれば、アレフを開放するという約束を交わしていた。
それだけを頼りにアレフは倒れたフリをしていた。
だが、この山は山賊が支配しているのは、誰もが知っていたが故に、人が倒れていようとも関わることはしなかった。
テンタは山賊の存在を知らなかったからこそ、助けの手を差し伸べた。アレフはそう思い救いの手を利用することを悔やみながらも、自分が助かるために卑劣な手段を用いた。そこまでして、山賊たちから開放されたかった。
死にも近い経験を強要される決闘から逃げ出したかった。
だが――そんなアレフに掛けられる言葉は、彼を絶望に突き落す。
「ああ。勿論だ。お前がそいつに勝てばな」
「へ?」
デープは命を掛けて戦えと――そう命じた。
今すぐにでも逃げられる。
希望を抱えていたアレフ。だが、希望が絶望にへと変わり、どこまでも重く圧し掛かる。
「なんだ、どうした。いつもみたいに笑わねぇのか?」
どんな時でも笑って命令にしたがうアレフを山賊たちは面白がっていた。
しかし、今ではもうヘラヘラと笑う表情すら固まっていた。
アレフの顔を眺め山賊たちは一斉に笑う。
笑い声の中、アレフは言った。
「だ、だって。僕の変わりに1人誰かを連れてくれば、ここから開放してくれるって」
「ああ。言ったな。だが、その前にお前が誰かを倒せばと最初に約束しただろう?」
アレフが最初にこの場所に連れて来られた時。
確かにそう言われていた。
勝ったほうを逃がしてやると。アレフはその場所に連れてこられた時、隣には村で共に育った友人がいた。兄のように慕っていた存在だった。
しかし、そう思っていたのはアレフだけ。兄だと思っていた相手は、自分が助かるためにアレフを売ったのだ。
確実に勝てる存在として。
右足を怪我したアレフを容赦なく川に突き落とした。いや、落ちたのは川でない。地獄だった。
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