第4話

 シャドラと分かれたテンタは地下牢を抜け、自身が暮らしていた屋敷にへと向かっていた。テンタが暮らしていた屋敷は城と呼べるほど華美かびであった。

 使用人も数多くおり、それらの全ての給料を【処刑人】として稼いでいた。テンタを虐めにきた子供たちはこの屋敷を【人殺しハウス】と卑下していた。

 確かに今ならわかる。

 見た目だけ、上辺だけの豪華さでしかないこの屋敷は――張りぼてと何も変わらない。

 慣れた足取りでテンタは屋敷の中を進む。

 処刑した相手から集めた遺品が廊下に飾られていた。


「……父さん」


 テンタは一室の扉を開く。

 そこは屋敷の中でも一際大きなグレートホール。クルス家はいつもここで食事を取っていた。テーブルに座るのは2人。

 父親と兄だけだ。

 後の数十人の使用人たちは姿勢を崩すことなく囲んでいた。


 扉を開いたテンタを見て、父親は口に運んでいたフォークをテーブルに置いた。テンタがいる空間では、食事も取りたくないと言わんばかりに、使用人に料理を下げさせた。


「何故ここにお前がいる? 閉じ込めたはずだが?」


「うん。だから、牢を抜け出してきた」


「……そうか。なら、もう一度、牢に入れてやる。お前達!」


 父親がパンパンと手の平を合わせて合図する。使用人たちが一世にテンタを捕えようとする。だが、テンタは使用人達に向かい大きな声で「来るな!」と命令した。

 日頃、テンタが怒鳴ることもない。

 見たことのない迫力に使用人たちの動きは止まる。テンタを捉えようと前に出た使用人たちの間を抜け、テンタは父親の前で宣言する。


「僕は処刑人として富と名声を得るより、もっと、凄いことをして生きていこうと決めたんだ」


「凄いこと……だと?」


「【黒の大陸】の開拓する」


 今まで、誰も到達したことのない地を開拓して名前を売る。

 それが処刑人ではなくテンタ選んだ道だった。

 シャドラのように冒険をして、生きていく。

 だが、テンタが口にしていることが、どれだけ無謀かここにいる誰もが笑った。一際大きな笑い声を上げるのは兄であるソラ。

 弟の口から出た『夢物語』に腹を抱えて笑う。


「おいおい。まさか、馬鹿だと思ってたけどそこまで馬鹿だったとはな。父さん。面白いからこいつ放っとこうよ」


 あまりにも愚かな息子テンタに父親も怒りを通り越して呆れてしまったようだ。

 こんな人間に自分が誇る【処刑人】の仕事を次いで欲しくないとまで考え、その思いを口にした。


「ああ。そうだな。まさか、【処刑人】になりたくないだけでなく、途方もなくふざけたことまで口にするとは。……出ていけ。そして、もう二度と私の前に顔を見せるな」


 父は息子の顔をみることなく告げた。テンタは最初から存在しない人間。故に見る価値もないのだとその背は語っていた。

 だが、テンタは父の背中を真っ直ぐに見つめ言う。


「顔は見せなくても、名前は届かせるから」


「だから、無理だって言ってんだろ! さっさと出てけよ!」


 尊敬する父の言葉に従わず、理想ばかり口にするテンタに、ソラは怒りを込めてテーブルに置かれていたグラスを手に取り投げ付ける。

 グラスはテンタに向かって飛んでいき、その顔に当たる直前に【触手】によって掴まれた。するりと取っ手に巻き付き、トグロを巻くようにしてグラスを締め割った。

 テンタの腕から伸びた【触手】。

 そして不気味に顔に張り付いた【仮面】。

 ソラは驚き、椅子に座ったまま距離を取ろうとする。当然、そんなことは出来るはずもなく、背もたれから床にぶつかった。


「な、なんだ、その力は!!」


 父と兄はテンタが使う力に驚き目を見張る。

 テンタは【仮面】と【触手】を戻し、10年間育った【処刑人の一族】を去るのだった。




 テンタが【処刑人】の一族と縁を切ってから8年が経過していた。

 この8年間。

 テンタは【黒の大陸】に向かうべく最東の地を目指していた。向かう途中も訓練や冒険に励み力を付けることに専念していた。

 自分が以下に無力で弱いか――シャドラのお陰で嫌というほど感じていた。

 だからこそ、こうして時間を費やしていたのだ。


 テンタがいるのは最東の地でもっとも高いとされる山。

 麓の森は、獣による死者が後を立たないと噂されており――テンタはその場所もりにいた。


 人食い狼。

 それが森を支配する獣の正体だ。

 時には人里に降り、天災と恐れられる狼を前に、


「なるほど。ここは君たちが住む森だったのか。しかし、ここを通ることは私が決めた道なのだ。故に、土足で踏み入ることを許して欲しい」


 と、青年にへと成長したテンタは律儀に頭を下げた。

 しかし、どれだけ丁寧な態度を取ろうとも、相手は獣。

 人のことなど食料としか思っていない。

 自ら頭を垂れて最大の馳走となりうる脳を差し出したテンタに、勢いよく飛び掛かる狼。


「ふむ」


 テンタはそう言うと、頭を下げたままの状態で左腕から二つの【触手】を伸ばし、狼の胴体に巻き付ける。

 そして顔を上げると、空中で身体を固定した狼に向かい、顔を上げて右手を大きく振り上げた。


「『断頭だんとう――二触にしょく!!』」


 右手から伸びた触手が鞭の如くしなりを持って狼の首に打ち付けられる。空中で衝撃を逃すことなく攻撃を受けた狼はその一撃で意識を失った。

 倒れた狼の頬に手を当てテンタは詫びる。


「悪かったね」


 そう言い残して森をゆっくりとした足取りで降りていく。

 森を抜けると人里があった。

 農作業が盛んなのか村の殆どが畑だった。

 農作業をしていた村人の一人が、男が降りてきた方角をみて慌てて駆け寄る。


「おい! そっちの方角には天災がいただろ! よく生きて降りてこれたな」


 森に入ることが禁忌とされている村。

 例え浅い山際だろうとも、1人で入ることは考えられなかった。


「ふむ。私が生きると決めたからね。生きて降りれたよ」


「あん? あんちゃん、頭大丈夫か?」


「心配をしてくれて感謝する。それで、ちょっと聞きたいことがあるのだが、よろしいだろうか?」


 テンタはそう言って自身が目指す国の名を告げる。

 最果ての地でもっとも文明が進んだ土地――『ミヤコ』。そこで今、【黒の大陸】に向かうべく人員を募集しているとの情報を手に入れたのだった。

 だが、村人の指差す方向は、今まさにテンタが降りてきた方角だった。


「その町は反対にあるべ!」


「なんと! どうやら、のんびりとしている場合はないな。教えて頂き感謝する!!」


 テンタは言うや否や、きびすを返して再び森の中に消えていった。

 天災と称される人食い狼が住む森を、襲るることなく出入りする青年。

 村人は口を開けてその背を見送っていた。

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