第3話
テンタは毎日のようにシャドラの元へ通った。シャドラは【開拓者】として様々な冒険を経験しており、【
危険な【壁】を超えてまで、冒険に
「未開の地に足を踏み入れるの怖くなかったの?」
「怖くないさ。ワクワクしたね。それに俺は1人だけこっちの世界の人間と有ったことがあったからな。少し話は聞いてたしな」
「そうなんだ」
処刑人という一族でしか関わりを持たぬテンタに取ってシャドラの話はとても面白かった。
「……そう言えばさ、シャドラはなんで掴まったの?」
【黒の大陸】からやってきたシャドラは、何故、こうして牢獄に入れられているのだろうか?
「はっはっは。よくぞ聞いてくれた。実はさ、俺、一文無しなんだ。だから、基本的には肉体労働で稼いだり、悪い奴を捕まえて謝礼を貰ってたんだけどさ。この国に来て、取り敢えず悪い奴倒そうと思って倒したら、相手が国を守る兵士だったらしくてな。それでも、気に入らねぇから、ぶっとばそうとしたらよ、奴ら民衆を盾に取りやがった。で、この様だ。くそ、あれが兵士のやることかよ」
「……」
この国では王の言うことには逆らえない。
絶対王政だった。
王に使える兵士達は、「見回り」と称して好き勝手に暴れる。そこで逆らった無罪な人間を父は幾人も処刑してきた。
「……僕はそういうの、なんか嫌だな」
「だよな! いや、俺も女の子が無理矢理、囚われそうになってたから、悪い奴だと思ったのによ。あー、くそ! 人質捕えられなきゃ、あんな奴ら何人いても楽勝だったのに!」
「シャドラは強いの?」
「あ~、強いね。【黒の大陸】から来てるのが証拠だと思わないか?」
「いいな。僕も強ければ……」
「なんだ、強くなりたいのか? だったら、俺が先頭の技術を教えてやるよ?」
「本当!?」
◇
テンタとシャドラが出会ってから一か月が経過していた。
新しくなった囚人も居れば、消えた囚人も居た。互いにシャドラが処刑される日が近づいていることを感じていた。
そんな日のことだった。
いつものように地下牢で身体を鍛えていたテンタ達の前に2人の人物が姿を見せた。
テンタの父と兄だった。
2人が話している姿を見たのだろう。
「地下牢に足蹴無く通い、ようやく処刑人としての自覚が芽生えたと思えば、まさか、囚人と仲良く話しているとはな」
息子に向ける視線は囚人に向ける眼差しと同じだった。
殺す対象としてテンタを捕えていた。
「ふん。さしづめ息子に取り入り処刑を免れようなどと浅い考えだろうが、それは甘いな。ソラ!」
「分かってるよ、父さん」
父親と共にやってきたテンタの兄――ソラ。
慣れた手つきで腰に付いた鍵を選び牢獄を開けた。
開かれた鉄格子はシャドラの正面。使われていない牢獄にへと父はテンタを投げ入れた。
「そんなに仲良くいたいなら、二人そろって処刑してやる」
「そ、そんな……」
父親とは思えぬ言葉に、テンタの気力は失われていく。この男にとって自分は仕事を手伝わせるだけの道具だったのかと。
「だが、私だって父親だ。お前が、この男を処刑すると言えば助けてやる。今は冷静さを欠いているだけだろうしな。なに、息子の道を正すのが父親の仕事だ」
それ以上、なにも言うことはないのだろう。
父親は振り返ることなく地下牢から去っていった。
「たく、お前は馬鹿だよな~。虐められるから処刑人になりたくないなんて。兵士と手を組めばそいつらも自分の手で殺せるって気付けよ」
「……」
「俺はそうやってうざい馬鹿を何人も殺して見せたんだぜ? ま、無能な弟には出来ないことだろうがな~。せめて、殺すときは楽に殺してやるから安心しろ」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げてソラも地上へと上がっていく。
牢獄に閉じ込められたテンタに、シャドラが声を掛ける。
「おいおい。すげー親子だな。大丈夫か?」
「……僕は死にたくないし――シャドラも殺したくないよ」
テンタはシャドラの質問には答えず、自身の感情と共に涙を溢れさす。
「僕は……。僕はどうすればいい? ねえ、教えてよシャドラ!」
鉄格子を両手で握り正面に立つシャドラに問うた。色んな世界を知っているシャドラならば、ここで、どうすればいいのか道を示してくれるはずだ。
何とかしてくれるはずだ。
テンタの希望に満ちた瞳にシャドラは「成長したな」と笑って見せた。
「え?」
「お前は今、自分の意志で生きたい、殺したくないって言ったんだ。なりたくない理由ですら、人のせいにしていた子供とは思えないほど――お前は成長した」
言いながらシャドラは固定された両腕を使い、床を這わすようにして何かを投げた。
鉄格子の隙間からテンタは投げられた物体を受け取る。
「これは……?」
「本当はこっちの世界に残すつもりはなかったんだが、気が変わった。テンタ、それをお前にやるよ」
シャドラがテンタに渡したモノ――それは【仮面】だった。
楕円の形をした表面には無数の線が刻まれていた。
「【黒の大陸】じゃあ、それは【
手にした仮面を見る。
不気味な模様がテンタを笑うかのように歪んでいる。仮面を付けるだけで特殊な力が手に入るなど信じられないし、だとしても何故、それを自分に渡すのか。
「なんで、これを僕に……?」
「一か月、一緒に過ごしてお前に情が沸いたのさ。純粋で優しいお前がこんな場所で死ぬのは納得できねぇ。それだけだ」
鉄格子に背を付けて寄り掛かる。
巨体の背中から伝わるのは優しさ。シャドラは本気でテンタを救おうとしていた。
「でも、こんなの持ってるなら、自分で使えば良かったじゃないか。これを使えば逃げ出せるんでしょ?」
「……残念ながら、俺には使えないんだよ」
「そんな……」
「だから、それはお前が使え。その力で自分が決めたことを、好きなようにやれ」
「好きなことを……」
「ああ。守りたいものを守り、壊したいものを壊せ。今のお前なら――それが出来るさ」
「……分かったよ、シャドラ」
テンタはそう言って仮面を顔に近づける。その仮面は固定器具など用いられていないが、最初からテンタの顔に合わせて作られたかのように固定される。
仮面をつけたテンタは目を開く。
仮面の外観からは視界確保のスペースなどは見当たらなかったが、内側から覗くと通常の視界と何も変わらない。
だが、不思議と身体の内側を何かが這うような感覚がテンタにはあった。
手を伸ばしてその感覚を外に放出しようとする。
すると、一本の触手が勢いよく手の平から飛び出した。
「うわっ!」
自らの手から生えた触手に驚きの声を上げる。テンタの身体と一体化したように伸びる触手は、外に出た後に力なく地面に
「それがその【
「触手……」
「ああ。使用者の身体から自在に触手を呼び出し操る能力……らしいぜ。その力を使えば、おっと、丁度良い所に来たぜ」
シャドラが来たと言って示したのは、地下牢を管理する看守だった。彼らは地下牢に閉じ込められた囚人たちに食事を運んだり、脱走を試みないか見張る役割がある。
テンタも何回か処刑人に必要だとその仕事をこなしたことがある。
だから――分かる。
彼らは必ず【鍵】を持っていると。
通り過ぎる看守の腰に無数に吊るされた鍵があるのを見つけた。シャドラは【触手】の力で【鍵】を奪えと言いたかったようだ。
「よし!」
テンタは気合の声を出すと同時に、再び腕から触手を吐き出した。手の平から真っ直ぐ伸びた触手は看守の頬に当たり、吹き飛ばす。檻の中から攻撃されるなど思ってもいなかったのだろう、看守は【触手】に気付くことなく意識を失った。
「これが――【触手】の力」
「じゃねぇよ、馬鹿! 鍵だけ盗んでこっそり抜け出せばいいだろうが! あんな派手な音出せば、応援が来るぞ! 早く逃げろ!!」
「うん!!」
そう言いながらテンタは触手の先で鍵を握り、シャドラが閉じ込められた牢獄を開こうとした。
「おい! 何してる! 俺じゃなくてお前が逃げろ。さっさと来ないと別の看守たちが来るって言ってるだろうが!」
シャドラの言葉を肯定するかのように地下牢の入口から「なんだ、今の音は!」と、無数の足音が聞こえてくる。
だが、それでもテンタが開こうとする扉はシャドラの牢だった。
「お前……俺の話聞いてんのか!」
「聞いてたよ。だから、僕が、僕のやりたいようにやるんだ。僕が助けたいのはシャドラ。だから、自分で決めて自分で動いたんだ! 成長――したでしょ?」
「……テンタ!」
シャドラの牢の扉が開くと同時に三人の看守が姿を見せた。牢からでたシャドラと牢から伸びる【触手】。
異様な光景に看守たちは一斉に腰に付いたホルダーから拳銃を取り出し、触手とシャドラに向けて発砲する。
だが、放たれた弾丸はシャドラにも触手にも当たらなかった。三人も拳銃を握った男達がいて、弾尽きるまで弾丸を放ったにも関わらず、大男に一切当たらないなんてことがあるのだろうか?
到底、考えられぬ光景に困惑する看守達。
対するシャドラは余裕を込めて言う。
「俺は囚人なんだろ? 悪を前にそんな隙だらけはいかんだろ?」
ゆっくりと近づくシャドラ。
弾丸が駄目ならばと今度は短剣を引き抜き一斉に飛び掛かるが、
「残念だったな。経験が違うんだよ」
上体を最小限に捻り三人の振るう刃を躱す。いや、ただ、躱しただけじゃない。すれ違いざまに反撃をしていたのか、すれ違った看守たちはシャドラを境にして意識を手放した。
「ま、これでチャラってことにしようぜ」
シャドラは落ちていた鍵を拾い両手を固定する手錠を解いた。腕が固定されている状態で三人もの武装した男たちを軽々と倒してみせたシャドラ。
その強さに見とれているとテンタの扉も開放した。
「ほら、もう、仮面もいいだろ。引っ込めろよ」
「そ、そんなこと出来るの?」
試しにテンタは仮面に手を触れると自然と消えた。軽く指を曲げると触れるのは自身の顔の皮膚。硬い仮面の感触ではなかった。
「能力を使ってるときだけ仮面が出るんだ。さてと、俺はここから、また、旅をしようと思うが――お前はどうするんだ? しばらく、俺と一緒に旅さしてやってもいいぜ?」
テンタと過ごす日々が楽しかったのは本当なのだろう。
ここを抜け出して一緒に旅をしようと誘うシャドラの言葉。
テンタはその言葉に喜びの表情を浮かべるが、すぐに
「僕は……。僕はまだ、やりたいことがあるから」
「そっか。じゃあ、ここまでだな。お前と居たから牢獄生活も楽しかったぜ」
看守たちを倒したからと言っていつまでも地下牢に留まって安全な保証はない。シャドラは背を向けて階段に足を掛けた。
「……ねぇ、シャドラ」
「なんだよ」
「いや、その……僕たちってもし、また会えたとしてもその時は友達かな?」
「はっ。なんだよ、答えるまでもねぇ質問だな」
シャドラは言いながら手を振り地下牢を去っていった。
もう二度と会えぬかもしれない。
テンタはそう感じても不思議と寂しさはなかった。
「僕は僕のやるべき事をやらなくちゃ」
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