第2話  神と男

 「そうです。私がこの神社の主のウルド   

  です。」 


まるで珍しいものを見るかのように目を丸くしていた。


「えっと、その。もしかして…えっ!でもまさか…」


目の前の状況を飲み込めずたどたどしく話すがやがて状況を理解して勢いよく立ち上がった。


    「本当なのですか?ここの噂」


ウルドの目を真っ直ぐに見つめて言った。


    「ええ。そうですよ」


 「みんなこうやってここで過去に行ってたってことですよね。」



 「いえ、そんな訳はございません。あなたが10人目です。」


ウルドは続きは本堂で、というと来た道をまた引き返し始めた。


本堂にはかつては金箔で装飾された名残のようなものがあった。それも近くでよく観察すれば見つかる程度のものしか残っていない。本堂裏にある入り口を開くと中に閉じ込められていた空気たちが一斉に逃げていくように風を感じた。窓がないのになぜと不思議に思った。中は照明が最低限度の数が設備されているが、これはどれも昔の黄色の照明だった。これは、中の雰囲気と白色光が不釣り合いだったかららしい。本堂の正面入り口には大きな鍵がかかっている。ふと視線を感じて振り返ると、数え切れないほどの阿弥陀如来坐像が並んでいる。一斉に目が合う感触がしてのけぞりそうになる。

落ち着いて、一つ一つ見てみるが、どれも微妙に形の変化がある。表情もそれぞれ異なり、趣がある。

そして、どの像にもホコリがないことに気づいた。

「掃除を欠かさずしているからホコリ一つないのですね」

うなずきながら感心した。

「いえ、私達はそれを掃除してませんよ。」

「え?そうなんですか?だとしたら、ピカピカすぎる気がしますけど」

もう一度、阿弥陀如来坐像を見てみる。

「ホコリなどの汚れは外から持ち込まない限り、発生するものではありません。」

「それはどういうことなんですか?」

「阿弥陀如来坐像にしろホコリにしろ、意志があるということです。ホコリがここに立たないのは私達で言う空気を読むと同じことなのです。」




それぞれに意思がやどり、ホコリを手で払っているのかと思うほど美しい状態だ。


    「少しお話をしましょう」


        「はい」


座布団の上に正座をして大仏がこちらを眺めるような形で向かい合った。


  「どうして過去に行きたいと思ったのですか?」

間髪を入れるまもなく答えた。


「それは、やり直したいからです。高校生活を、」

語尾になるに連れ、声は小さくなっていく。


   「何が不満なのですか?」


何が不満かと聞かれたらそれはそれで返答に困る。あいつのせいこいつのせいと言い訳を人に押し付けてやり返したいから過去に戻りたい。そういうことではないから。


「俺ってほんとに弱い人間なんです。逃げてばっかりで俯向いて泣いてばっかりだったんです。」


無意識に握っていた拳に力が入って汗がじっとり滲む。


「自分のせい、ということですか?」


「そうです。自分自身の弱さを克服できるだけの強さがなくて、それで自分の弱いところばかり攻めて、悩んで、そうしてたら強みであったこともそうでなくなって、何もかも失って、それで!……」


     「もう、いいです。」


感情が籠もり、言葉は熱を帯びていた。ウルドさんに言いたいこと、伝えたいことがたくさんあった。その感情が巨大な波となり、心という名の防波堤から一気に溢れ出した。


       「はい…」


「わかってますよ。あなたの過去は全て見ましたから。よくがんばってきましたね」


優しく微笑みながら答えた。親にも言い出せなかったことをなぜこの人に言おうと思ったのかはわからない。


新しい詐欺の手口かと思うぐらい次の言葉が出てくるのだった。先程会ったばかりの人(?)なのに。


いや人かどうかも怪しい。手を差し伸べてきて振り返ったときのあの安心感、短い一言でもその言葉以上の意味がなんとなく伝わってくるような。すべて見透かされているような。学校にいた相談員と似た雰囲気を出していた。ただ人に良いイメージを持たれるために意識している様子ではなかったはず。


   「ありがとうございます。」


「あなたは本当に正直な方ですね。あなたを選んで良かったと思っています。」


ウルドは正座を崩して足を右側に流した。


「選ぶとはどういうことですか?」


「この神社にはたくさんの方がやり直したいと思い来ていらっしゃいます。年間で10万人ほどです」


俺と同じ思いを持った人たちが人生をやり直せるかもしれないチャンスをかけて訪れているのだろうと考えた。


わざわざこんな山奥に願い事をするなど後悔の念が膨れ上がってなければできないはずだ。


「けれど、多くに人たちが率直に申しますと❜しょうもない❜ことなのですよ」


「え、そうなのですか?例えばどんなことなんですか?」


男は目を大きくひらいて驚き、ウルドは呆れた顔を浮かべていた。


「そうですね。例えば彼女にあー言っておけば今頃別れてなかったはず!だとか、骨折しなければ大会に出れて勝ってた!………とかですね」


言い始めれば終わりがないほど早口で言うとこれだと一生終わらないと感じたのか2つだけ例を出した。


「へぇー…」


「失敗した原因の割合が環境的要因か自業自得のどちらが多いかも見ています」



「その人たちの失敗と僕の失敗はそう変わりません。それに失敗した原因は自分にありますし」



「それを決めるのは私達ですのであなたがそんなに考える必要はありません。あなたは自分を攻めやすいところがあります。それに変なところでネガティブ思考なところもです。それがいい方向に向くのは少ないので直すというか発想の転換を頑張ってみましょう。」


過去を見て来たのは先程言っていたから知っていたが、こんなにも的確な批評を受けたのは初めてである。そうか。確かにと言うしかない。


「全て言っていることは合っているので弁解の余地はありません。これからは発想の展開を意識します。」


開き直ると言うのは語弊がある。このウルドさんと出会ったときから心のドアと呼ばれるものはなくなり吹き抜けになっているのである。


それは心の内を聴ける能力を持つウルドがわざわざドアを壊す必要などなかった。正直な彼の心のドアは少し力を入れるだけで取れるほど簡単な設計だからである。


なのでゴミが出ることもなく、心は澄んでいる。


「僕は本当に幸運な男です。目をつけてくださり本当にありがとうございます」


正座のまま、深々と礼をした。ほんのり畳の匂いが鼻に付くぐらい背中を折った。


一つも隠すことがない自分にとって、この感謝はひとつまみも汚れた感情などなかった。ペットが飼い主に対する感情くらいまっすぐな心情である。


「そろそろ時間が迫ってまいりました。」


ちょっとした悩みを相談したり、他愛もない話をウルドさんと話していた途中に話を遮るようにこう言った。


「そうですか。わかりました。色々聞いてくださりありがとうございました」


ウルドさんは立ち上がって歩み寄ってくる。後ろで組んでいた手を解き、右手が顔の前に立ち塞がる。すると、視界を遮るように手のひらで目を覆った。


「次こそは」


次の言葉を言おうとしたとき突如、ウルドは大きな声を出した。


「東 亮英(ひがし りょうえい)が令和元年度4月1日に戻ることを過去神ウルドが許可する!空から東さんの高校生活とその先を見てますから。自分の直感を信じて進め!」


気がつくと東の両目の縁から涙と思われる液体が流れてくる。


それは止まることなく流れ、ウルドさんの手を濡らしていく。


「が……がんばります。あと、手に涙が…すいません」


「きにしないでください。」




再び目を開けたとき、そこは3年前の4月1日。宝有高校の入学式の日まで戻っていた。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう一度、あの場所で みねっち。 @kakuyobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る