死体修復士

あだち

プロローグ

第1話 プロローグ

 午前二時、風の音だけが鼓膜を揺らす。

 冷えた空気に導かれ、家を出て闇を目指す。

 誰もいない街灯の下を通過する。

 栄えた町は暗く、音がない。

 誰かの息づかいなど聴こえない。


 一歩一歩確かめるように歩く。

 道が暗いからではない。

 この先にあるものが神聖なものだからだ。

 そこを目指し、慎重とも言える足取りで、暗い方へと進んで行く。

 シャッターの閉まった八百屋の角を曲がる。

 一階に喫茶店が入った四階建てのビルの角を曲がる。

 空気が冷たい。

 頭の中で自分の声が鳴る。

 あとは真っ直ぐ行けばいい。


 雲間から、小さな光を垂らす月が覗く。

 一筋の明かりにそっと照らされたアスファルトの上に、求めていたものがいる。

 黒一色のような深い夜の中で、それはただ白く綺麗だ。

 とても綺麗に目を閉じているそれの前で、息を飲む。

 だって、本当に心から綺麗だと思ったから。

 それがあまりにも神々しくて、思わず息をする事を忘れてしまう。


 気付けば風は止んでいた。

 いや、違う。

 風なんて家を出た時から、ずっと吹いてはいなかった。


 あれは、呼吸の音だった。

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