冒険喫茶の猫耳シェフは今日も忙しい

しろいるか

第1話 冒険喫茶のふるまい料理

 港都市、アルトラス。

 一大穀倉地帯の玄関口にして、豊富な海と山に囲まれた貿易港は、あらゆる食材が集まる王国最大の都市でもある。


 必然的に多くの情報がもたらされるここは、冒険者たちにとって重要な拠点だ。


 冒険喫茶、ミュウ。

 ここはそんな冒険者たちを相手に料理を振舞う小料理店だ。

 決して大きくはない店だが、モーニング、ランチ、ディナーの全てに対応し、もちろん酒も出てこればお茶にあうスイーツまで出てくる。文字通りあらゆる料理が出てくる店として有名だ。


 そんな店のシェフ、チェルは猫耳族だった。


 その大きい目は新鮮な食材を見逃さず。

 その大きい耳は最適な火加減を聞き逃さず。

 その鋭い鼻はあらゆる美味しさを嗅ぎ逃さない。


 だからか、彼女を頼る常連も多い。

 今日もまた、そんな常連が彼女のもとへやってきていた。


「……これは、エビ?」


 カウンターに置かれた鮮度維持魔法キープがかけられた木箱を覗き込んで、チェルは首を傾げた。

 ぴちぴちと活きが良い。


 エビ、だけなら特段珍しいわけではない。


 ここは貿易港だが、漁師もたくさんいる。

 沖に出れば魔物もいるが、近海は穏やかでいろんな魚介類がいるからだ。

 もちろんそこにはエビも含まれている。


「そうなんだよ、困ってるんだ」


 げんなりした様子で、バイキング兜をかぶる髭面の親父はカウンターテーブルに突っ伏した。

 どうやら相当参っているらしい。


「ちょっと前に完遂した依頼の報酬なんだけどな? ちょっとしたトラブルで金が出せないからって、このエビをもらったんだよ」

「へぇ、そうだったんだ。とっても立派じゃないのさ。しかもこんなに」


 どんな依頼かは分からないが、かなり割り増しで支払われていると思っていい。

 これだけ上等なエビなら、味わい尽くせるに違いがなかった。


「けどよぉ、食べ飽きたんだよぉ。それにあんまり美味しくないし」

「なるほど、そういうワケ」


 チェルは一匹のエビをつまみあげて微笑んだ。

 アカアマエビだ。

 小さいが、刺身で食べると甘い味が広がるから人気が高い品種でもある。けど――甘く食べるには条件がある。


「そりゃそうだよ。だってこれ、新鮮過ぎるモン」

「はい?」

「アカアマエビって、確かに食べると甘くておいしいんだけど、身が甘くなるには少し時間が必要なんだよね。これは獲れたて新鮮をそのまま鮮度維持してるから、食べてもあまり甘くないんだ」

「そうなのかっ!?」


 料理や食材に深く携わってないと知らない事実だ。


「それと、こっちはクロバナエビだね。とても立派だけど、ここまで大きいと生だと大味になっちゃうよ」

「そうなんだよ。生で食えるくらい新鮮って言うから食べてるんだけど、なんかさぁ……」

「これは火を通すと身がぷりっぷりになるんだよ。だから塩焼きとかのがいいネ」

「ええ……!?」


 どうやらそこまでは教えてもらってないらしい。

 チェルは苦笑した。

 冒険者に良くあるパターンだ。

 彼ら冒険者は食材を食べることでステータス上昇が起こる。だから、多少マズくても口にする習性があった。


「エビはステータス上昇も大きい食材だしね」

「けど飽きたんだよぉ。今晩から結構大きい依頼があるから、なんとか食べたいんだけど……」

「それでボクのとこにきたってワケ?」

「頼むよチェル。なんとか食べられる料理にしてくれぇ」

「はいはい。分かりました。ちょっと待っててね」


 袖をまくって、チェルはエビをつまんだ。


「まずはアカアマエビ。時間促進の魔法を使ってから甘みを引き出して……うん、いい感じ」


 手慣れた手つきで身を取り出していく。

 刺身にすれば絶品だが、彼はその刺身に飽きてしまっている。別の料理にするべきだろう。

 それに、これだけの量のエビだ。いろんな料理が作れる。


「ということで。調理といきますかっ!」


 早速チェルは、アカアマエビの身を取り出していく。


「慣れてるな?」

「そりゃね」


 チェルは剥いたアマエビの身を潰し、細かく刻んだタケノコ、シイタケ、ネギを入れ、さらに塩コショウ、醤油、酒。出汁とヤマイモをツナギにして丁寧に混ぜていく。

 綺麗なピンク色の肉団子になったら、今度はクロバナエビをぶつ切りにして混ぜる。

 それをシソの葉で挟み、餃子の皮で包む。


「あとはフライパンにごま油をいれて、と」

「それで焼くんだ?」

「そ。水もいれて蒸し焼きにするよ。それが一番旨味が出るからね」


 じゅわ、じゅわわわわわああああ。


 ここちよい音と水蒸気があがる。

 チェルは素早く蓋を閉じる。


「火が通ったら、はい出来上がり」


 ほわぁ、と蓋を開けると、露わになったは微かなピンク色の餃子だった。

 他にも品物を作って、チェルはテーブルに広げる。


「はい、どうぞ」


 湯気立つそれに、冒険者の彼も感嘆の声を上げた。


「これは、餃子か。へぇ。いただきますっ」


 ばく、と一口。

 口から湯気が漏れるくらいあつあつだ。

 はふはふさせながら、彼はかみしめる。


「はふっ、はふはふはふっ、あち、あちちっ。うん、うんっ美味しいっ!」

「へぇ、どれどれ」


 チェルの調理の様子を見ていた仲間の冒険者もご相伴にあずかる。

 やはり口をはふはふさせながら食べる。


「うまいなっ。じわぁぁって甘いっ! なのに身がぷりぷりしてるぞっ!」

「もちもちした生地に、ふわふわのタネ、そしてぷりぷりのエビ食感。いいねぇ」


 これは細かく刻んだアカアマエビと、荒くぶつ切りにしたクロバナエビを入れているからだ。

 エビらしい風味と食感を味わえる。

 タネがふわふわしているのも、ヤマイモがしっかり効いているからだ。


「シソがきいてるなぁ。上品にまとめてる感じがする。それにこのシャキシャキした食感……タケノコか」

「正解。春だから旬の食材だよネ」


 へへん、とチェルは鼻を高くさせる。


「これは?」

「アカアマエビのガーリックシュリンプだよ」

「ガーリックシュリンプ?」

「そ。下処理をしたエビに、オリーブオイル、塩とガーリック、レモン汁を混ぜたソースであえてから強めに焼くの。最後にバターをいれるんだよ。皮ごと食べてね」


 へぇ、と言いながら真っ赤なエビを一口。

 しゃく、と、カリカリした皮の砕ける音。とたん、目を大きく見開いた。


「うおおお、すげぇな、これ! パンチある!」

「ガーリックが良く効いてるよね。バターのコクもすごいし、皮のサクサクって感じが、ビールにあうよ!」

「おう、確かに! んぐんぐんぐんぐんぐっ! ぷっはぁっ!」


 出されたビールジョッキを一気にあおって、口に泡をつけまくりながら彼はたっぷりの笑顔を浮かべる。

 その幸せそうな顔が、チェルにとって最高の幸せだった。


「いいなぁ、ビール飲めて」

「お前は依頼があるからな、我慢しろよ。んぐんぐんぐんぐんぐっ!」


 ジト目で睨まれつつも、ご相伴にあずかる男はぐいぐいとビールを飲んでいく。


「こっちはクロバナエビの天ぷらだよ。岩塩でいただいてね」

「うん、これは……さくさく、ぷりっぷりだなぁ」

「このスープもすごく深いね?」

「エビの殻を炙ってから粉末にして、キノコの出汁と塩で味を調えた卵スープだよ」

「玉ねぎが甘くて美味しいな、さっぱりしてる」


 最後のしめはご飯だ。

 おこげを混ぜつつ、チェルは全員に出していく。


「さっきのアマエビの粉末に、クロバナエビ、塩、酒、油揚げ、枝豆と一緒に炊いてみましたっ」


 ほかほかと湯気の立つ茶碗を持って、彼は目をきらきらと輝かせる。

 ほんのりと色のついたご飯粒はつやつやで、もう食欲を止まらなくさせる装いだ。


「んんんっ!」


 箸ですくって、一口。

 彼は顔をしわくちゃにさせて悶えた。


「美味しいっ!」

「エビの風味がご飯にしっかりとうつって……枝豆の青い香りも重なって、たまらんなっ。おこげもいい感じになって香ばしいっ!」

「エビのお頭つきの味噌汁で食べるとさらに合うよ?」

「おお、こっちはエビ味噌の濃厚な……たまらん……っ!」


 もはや涙を流すかのような勢いで彼はいっきに平らげた。


「はぁ、ごちそうさまっ!」

「どういたしまして。どうだったかな、エビづくし」

「めちゃくちゃ美味しかった。こんなに食べ方あるんだなぁってすごい関心したよ。さすがチェルだな」

「ふふん。私に作れない料理はないのだー!」


 胸を張って、チェルは言う。


「うん、ステータスもめっちゃ上昇したぞ!」

「そりゃ、これだけエビを食べたら上がるでしょー」

「あはは、そうだな! お代はこれでいいか?」


 気を良くした彼は、テーブルに金貨を置く。

 材料費としては十分だ。


「うん。大丈夫だよ」

「おっけー! じゃあ依頼こなしたらまた来るわ! 今度はそうだな、肉がいいなー!」

「オークの塊肉の熟成がそろそろだから、用意しておくよ」

「おおっ! マジかっ! 楽しみだなぁああ!」


 だらり、とヨダレを垂らしつつ、彼はしっかりと鎧をまた身に着けた。

 出発するつもりだ。


「美味しいの作っておくから、しっかり頑張っておいで」

「おう! がんばってくるぜっ! うおおおおっ!」


 気合の入ったらしい彼は勢いよく飛び出していった。

 扉から日差しと潮の香りが入ってくる。


 今日も快晴。風も空気も良し。


 チェルは後片付けをしながら何度も頷く。

 今日も良い料理ができた。悦ばせることができた。

 ――また、頑張ろう。


 そして今日も、チェルは冒険者たちの胃袋を満たしていく。





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