第14話 叡智の風
「お願いです! 力を貸してください! お金が必要なら……後で何とか工面してみせます!」
深々と頭を下げると、ヒースが「ん?」とこちらを向いた。
「君がサフィアスの契約相手?」
「はい。マティスといいます。トラウデン家に仕えている使用人です。リーシャお嬢様をエルヴィン家の間の手から助けたしたいんです」
「ふうん……」
ヒースがしげしげとこちらを見てきた。
「使用人……には見えないね。その艶のある金髪も、整った顔も、鍛えられた身体も」
「えっ?」
急に指摘されて目を見開いていると、ヒースがずいと覗き込んできた。
緑金色の目に凝視されて、思わず怯んでしまう。
「その目――自分に自信がないって色が宿ってるね。自分が何者なのか、よく解ってないんだろう?」
「えっ……ええっ?」
「もしかして、記憶を失ったとか?」
「―――!」
あっさりと言い当てられてしまい、マティスは言葉を失った。
どう答えるべきかわからずにいると、そんなマティスをよそにヒースが肩をすくめた。
「仕方がないね。いいよ。協力してあげよう」
「ほ、本当ですか?」
「うん。興味深いものに出会えたしね。やるべきことが終わったら、是非ともじっくり研究してみたいものだよ」
それってもしかして、マティス自身のことなのだろうか――と思うと、何だか背筋に冷たいものが流れた。けれども、今はあえて触れずにおこうと首を横に振った。とにかく今は前に進むことが先だ。
「それじゃあ……」
「ああ。僕の力を使えばわけないよ」
「なら、出し惜しみせずにさっさとやってくれよな!」
ヒースはカルネリオに冷ややかな視線を送ってから、すっと右手を前に出した。
「風よ――我が声に応じ、汝の叡智を我に授けよ」
ひゅうっ――と、静かな風が巻き起こり、ヒースを包む。
ヒースが瞳を閉じ、暫しの間、静寂が流れた。
そしてやがて、ゆっくりと瞳を開けた。
「……うん。この屋敷には、君の探している女の子はいないみたいだね」
「えっ!? じゃあ、一体どこに……」
「んー……風がもたらした情報によると、ここの屋敷と同じ家紋がついた馬車が、ここからさらに北方に向かった形跡があるね。そこには、古い廃城のようなものが見えるけど」
確かに、この地域には古い時代の貴族たちによる戦争の名残として、廃城や遺跡などが点在している。
そういった場所にはごろつきなどが居座っている場合も多く、治安が悪いとされているため、一般人は近寄ることはない。
「そこが、ヨハネス・エルヴィンの根城!?」
「そういうことだろうね。……やけにド派手な馬車が停まっている様子も見えるよ」
「間違いない!」
マティスは前のめりになって叫んだ。
「ってことは、急いでそこへ向かわないと……」
「その必要はないよ」
ヒースがふっと不敵な笑みを浮かべた。
「面倒だから、さくっと移転しよう」
「そ、そんなこともできるんですか?」
「風の力を使えばね」
「相変わらず、便利だよなあ。風魔法って」
ずるいよなあと言わんばかりのカルネリオに、「君ももうちょっと、魔法を研究したらいいんじゃないのかい?」と皮肉を言ってから、
「では行くよ。目を閉じて――」
言われたままにマティスが目を閉じる。
「大いなる風よ。我が望みし場所に、我らを送り給え――」
びゅうっ、と、これまで以上の大きな風が巻き起こったのがわかった。
一瞬、足が宙に浮いたような錯覚を覚える。
思わずバランスを崩しそうになったところを、何者かに腕を掴まれて支えられた。
「いいよ。目を開けて」
目を開けると、ヒースに腕を掴まれていた。
「ついたよ」
「えっ……?」
そして、マティスは目の前に広がっていた光景に目を見張った。
先ほどまで、エルヴィン家の豪華な屋敷を見下ろす裏山にいたはずだ。
だというのに、今自分は、荒涼とした大地に佇む古めかしい廃城の前に立っている。
「す、すごい……」
「こんなことなら、もっと早くヒースを呼んでおけば、手っ取り早かったなあ」
「さっきから、人のことを便利屋扱いにするのも大概にしてくれないかな? さっき偶然暇になったから君の呼びかけに応じられただけで、僕は君と違って忙しいんだから。あまりに調子に乗ってると、後が怖いよって言っているよね?」
にこにこ微笑むヒースの真意にようやく気付いたのか、カルネリオが「やべっ」と目を逸らした。
「とにかく――せっかく来たんだから、お邪魔するとしようか」
「はい!」
人気が無い場所であることで、油断しているのだろうか。周囲に見張りが居るようには見えない。
門をくぐると、エルヴィン家の豪華な馬車と、もう一つ――簡素な馬車が並んでいた。
その扉に堅牢な錠がついているのを見て、マティスは唇を噛んだ。
(リーシャお嬢様、今お助けします!)
夜が明け、薄曇りの空が少しずつ明るくなっていく。
冷たい朝の空気を身に感じながら、マティスは二人の宝石騎士と共に、廃城の正面玄関へ向けて歩き始めた。
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