第13話 緑石の騎士
サフィアスの魔法のおかげか、馬車旅なら半日はかかるエルヴィン領までの道のりは、その三分の一くらいの所要時間で着くことが出来た。
夜明け前の静かな街を通り過ぎ、その先に在るエルヴィン家の邸宅へと直行する。
そして、屋敷裏の小高い山に回り込むと、茂みに馬を隠すようにして繋いだ。
その後、屋敷を見下ろせる木に登り、一先ず様子を伺うことにした。
「今のところ目立った動きはねえみたいだな」
視力に自信があるというカルネリオが首を傾げた。
「派手な外観の馬車はとまってますか? もしあれば、ヨハネス・エルヴィンが帰宅しているってことなんですが」
「うーん。見当らねえけどな」
「そうですか……」
マティスもまた、木の陰に身を隠す様にしながら屋敷の方を伺う。
トラウデン家の屋敷と違って、広大かつ壮麗な外観を持つエルヴィン家の屋敷は、庭園も豪華で広々としている。
門は堅牢で、そう簡単に破れそうにはない。
だが、今の時間は門衛が2、3人ほど見えるだけで、広々としている割りには閑散としているという印象を受けた。
「リーシャお嬢様は、ここに運び込まれたのでしょうか……」
「どうだろうなあ。それにしちゃあ警戒も薄いし、静かな気もするが」
「よっ」という掛け声と共に木から軽やかに飛び降りたカルネリオは、ぱんっと両手を打ち鳴らした。
「見てるだけじゃ埒があかねえ。とりあえず突入してみるか」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 相手の人数や規模もわかりませんし、いきなり突入は無謀ですよ!」
「そりゃそうだけどよ、じゃあどうするんだよ」
「うーん……こっそり潜入でもできたらいいんですけど、なかなか難しそうですね」
すると、カルネリオが良いことを思いついたと言わんばかりにぱっと顔を輝かせた。
「ならよ、ちょうどいい奴がいるぜ」
「え?」
「俺と同じ宝石騎士なんだけど、風使いで情報収集とか諜報業務が得意でさ。あいつもいつも暇そうにしてるから、呼び出して手伝ってもらおうぜ」
「えっ! 本当ですか?」
本来サフィアスと契約している身で、カルネリオはお助け役といった状態だ。ここに加えて、さらに一人呼び出したりして、大丈夫なのだろうか。
「まあ、ちょっと変わってるというか、面倒くさい性格のやつなんだけど、俺とは古い仲だからな。多分、手伝ってくれると思うぜ」
カルネリオ自身、だいぶ変わっていると思うのだが。
一体どんな宝石騎士が呼び出されるのか、不安しかない。とはいえ、手段を選んでいる場合ではないことも確かだ。
「お願します」
「わかった! えーっと確か術式は……我が声を聞き、召喚に応じよ。出でよ――緑石『ヒース』!」
次の瞬間、周囲に緑色の光が溢れだした。
ちょうど夜明け前であったことと、緑に囲まれた場所であったことが幸いだったと思う。
同時に吹きすさぶ風が巻き起こり、砂や葉を巻き上げる。
「うわっ」と目を閉じ、身構えたマティスが次に目を開けると、そこには――緑色の髪に金色の瞳を持つ、マティスやカルネリオより少し年上と思しき青年が立っていた。
身長はカルネリオと同じ位だが、線が細い男性で、顔立ちは女性と見間違えそうなほどに端麗で中性的だ。
「よお、ヒース! 久しぶりだな!」
「久しぶり? 三日前に会ったような気がするけど、君の中では久しぶりなのかい? 相変わらず、独特な時間軸をお持ちのようだね」
「まあそう言うなよ。俺達の仲だろ」
「どういう仲だっていうのか、詳しく説明して欲しいところだよ」
ヒースと呼ばれた青年は、うんざりとした様子でカルネリオをねめつけた。
「あ、あの……この人も宝石騎士、なんですよね?」
おずおずと尋ねると、カルネリオが元気よく頷いた。
「ああ!
「君はもう少し、自分で調べるという教養を持った方がいいと思うよ? 僕を便利屋か何かと勘違いしているようなら、あとで痛い目を見ると思うけどね」
にこりと微笑んだヒースの目は、まったく笑っていない。
マティスは内心で冷汗をかいたが、カルネリオはというと、そんなことは何も気にしていないようだった。
「まあ、難しいことはあとでいいじゃねえか。それよりヒース、暇ならちょっと手伝えよ。今、サフィアスの契約の手伝いをしてるんだけどよ、ちょっと行き詰っちまってさ」
「僕の話を聞いていたかい? どうして僕が君を手伝わないといけないのかな? しかも君の契約じゃなくて、サフィアスのだって? 相変わらずとんだ御人好しだね、君は」
「そう言うなよ。俺達、宝石騎士仲間じゃねえか」
「宝石騎士という分類でいうなら確かに同類だけどね。自分の力と時間を契約者でもない誰かのお手伝いに割くほど僕は暇じゃない。相応の対価を払ってくれるなら別だけどね」
どうやらこのヒースという宝石騎士は、サフィアスやカルネリオよりも合理主義のようだ。
とはいえ、こうして出会って間もないが、この男が只者ではないことは伝わってくる。
もしかしなくてもかなりの切れ者で、カルネリオの言う通り、きっと諜報能力も優れているのだろう。
(何としてでも、協力を仰がないと――)
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