第12話 いざ、戦いへ

 トラウデン家の地下倉庫。ヨルガが言っていた通り、様々な武器が保管されていた。

 もう三年近くこの家で働いて来たというのに、その存在にすら気付いていなかったので、マティスとしても驚きしかなかった。

 いや、入り口がまさか二階にあるヨルガの自室で、そこから隠し扉と隠し階段を抜けて行くのだから、気付かなくて当然だったのかもしれない。

 保管されていた武器は、長年放置されていたとは思えないほどにどれも状態が良かった。

 その中からマティスが選んで持ってきたのは、刃がちょうどマティスの腕の長さくらいの、シンプルな片手剣だった。

 飾りっ気のない鞘に収められているが、その持ち手は所持者が持ちやすいように作られており、刀身も鋭く、良く磨かれていて美しい。腕の立つ武器職人が作ったものなのだろうということは、素人目にもわかる。

 何よりも、柄を握った時に感じる重みが、何だか懐かしいと思ってしまった。

 鞘に納めた剣を背負って、玄関先に急ぐ。

 そこでは、馬を二頭用意したカルネリオが待っていた。

 屋敷の周辺に残された複数の馬の駆けた痕を可能な限り追ってみたところ、、やはりエルヴィン領の方角へ向かって去っていったようだった。

 一先ずマティスとカルネリオは、そこへ向かうことにしたのだ。


「お、来たか。色々あったのに、その剣でいいのか?」

「はい。何となくですけど、手に馴染むんです」


 握った時、ふと思い出したのは、よく見る夢のことだ。

 あの時自分が振るっていた剣も、まさにこの片手剣に似た形状をしていた気がする。


(自分の過去がどうだったのかとか、何で剣が使えるのかとか、よくわからないけど……今はむしろ、そのことを利用させてもらおう)


 考えるのは、すべてが終わってからでいい。そう割り切ることにした。


「そういうカルネリオさんこそ、何も持って行かなくていいんですか?」


 手ぶらのままで馬の手綱を持っているカルネリオをちらりと見遣ると、カルネリオはふふんっと得意げに鼻をならした。


「俺は愛剣の『ボルケイノ』がいるからな。他の武器は不要だ」

「ボルケイノ……って、さっき晩餐会で使ってた、あの大きな剣ですよね」

「ああ。俺が呼べば現れるんだ。『出でよ、我が剣』!」


 カルネリオが右手を高く掲げると、その先に炎の渦が発生した。

 カルネリオがその炎を掴むような仕草をすると、次の瞬間には、その手の中には巨大な剣が握られていた。

 リンツ家の庭園で戦った際は暗くてよく見えなかったが、門燈の光を受けて、その刀身がまるで炎を宿しているかのように赤いことが判る。

 自分の肩くらいまである大きな刀身を持つその剣を軽々と持ち上げたカルネリオは、得意満面の笑みを浮かべた。


「もうずっと昔から、こいつとは修羅場を乗り越えて来てるからな。今更他の武器に目移りはしねえぜ」

「ずっと昔……」


 カルネリオは外見的には、マティスと同い年かむしろ年下に見える。

 だというのに、その言葉尻は、まるでもう長年戦って来た歴戦の剣士のようだ。

 前々からサフィアスに感じていた、外見年齢に不相応な落ち着きといい、彼らの本当の年齢というのが気になってくる。

 いったい彼ら『宝石騎士』は、いつの時代から存在しているのか。

 そもそも、一体何者なのか。人なのか、そうでないのか。

 色んな疑問が湧き上がりそうになったが、今はそれに言及している暇はない。


「よし、じゃあ早く行こうぜ! 夜が明けるまでには目的地に着いていた方がいいんだろ? 俺は道がわからねえから、先導頼むぜ」

「あ、はい!」


 いつの間にやら大剣を仕舞っていたカルネリオの声に応じて、慌てて馬の手綱を取る。

 そして馬にまたがり、トラウデンの屋敷の門を潜ろうとした時、


「おーい、ちょっと待て待て」


 と声がかかった。

 振り返ると、そこにはいつの間にかサフィアスが立っていた。


「なんだよサフィアス。見送りか?」

「まあ、そんなところだな」


 サフィアスはひょいと右手をこちらに向けてかざしてきた。


「生命の水よ、力の源よ――彼の者らに祝福を与えん」


 すると、手のひらから淡青色の光が現れた。

 その柔らかな光は次第に大きくなっていき、やがて、マティスとカルネリオの胸元に吸い込まれて行った。


「今のは?」


 何故だろう。いつもより、力が湧いてくる気がする。

 驚いて自分の両手両足を確認していると、サフィアスがうんうんと頷いた。


「簡単に言えば身体能力を補助する魔法だ。これが効いてる間は、いつもより力が出せるはずだ。ずっと効いてるだけじゃないが、ここからエルヴィン家に辿り着くまでくらいは最低限有効だろう。道中、なかなか遠いから、体力使うことになるだろうしな」


 確かに、今から深夜の道を早駆けでエルヴィン領に向かうだけでも、かなりの体力を消耗するだろう。

 そこから先にリーシャ奪還が待っているのだから、移動だけで疲れている場合ではない。

「ついでに馬にもかけておいた。頑張って走れよ」というサフィアスの配慮が、なんともありがたかった。


「助かります! サフィアスさんはそんな魔法まで使えるんですね」

「まあ、もともと戦闘系よりも、回復とか補助系の方が得意分野だからな」

「自分で動くより人を動かす方が好きだもんな、サフィアスは」

「まあ、それは否定しないな。そういうお前は戦闘特化しすぎだからな。ほどほどにしとけよ」


 軽口を叩くカルネリオに一瞥くれながらも、サフィアスはマティスの方に向き直った。


「とりあえず、マティス。気をつけて行け。お前は人のためなら無茶するところがあるみたいだからな。もっと自分を大切にしろよ」

「はい。肝に銘じます」


 そう言って頷くと、サフィアスは少し考えてから、どこか困ったような顔をした。


「なんだろうな。何故かお前を見てると、不思議な気持ちになる」

「へっ? 何がですか?」

「宝石騎士の力を求める人間は、もっと強欲で自分の利を求めるやつが多い。少なくとも、俺がこれまで契約してきた奴はそうだった。だけどお前は、人のことばっかりだ。お前を見てると、人間も悪くないな」

「サフィアスさん……」


 彼の過去に何があったのか。それを問う暇もなく、


「あああ、こんな慌ただしい時にそういう辛気臭い話は無しだ。さっさと行け。健闘を祈る!」

「あ……はい!」


 サフィアスに急かされて、マティスは慌てて馬の腹を蹴った。

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