第15話 仮面の男

 ぎいいい……と音を立てて門を開ける。

 そこには広い玄関ホールだったが、暗くてよく見えない。


「よーし、俺に任せとけ。炎よ、巻き起これ――!」


 カルネリオの掛け声と共に、大きな炎が巻き起こる。あわや火事になるのでは!? と懸念されたが、その直後、ホール内の数々の燭台に火が灯った。

 おかげで、周囲が一気に明るくなる。


「ふーん。なかなかやるじゃないか」

「だろ!」


 えっへん、と胸を張るカルネリオ。

 これで探索可能だ、と、マティスが再び足を踏み出そうとした、その時――


「まさかこんなところにまでネズミが入り込んでこようとはな」


 二階のバルコニーから声がかかり、見上げると、そこには――昨晩夜会で出会った、趣味の悪い貴族の姿があった。


「ヨハネス・エルヴィン!」

「ふむ。その顔……どこかで見たような気がしていたが、ヨルガの連れか。ここを見つけるとは、なかなか執念深いな」

「お前に言われたくはない!」


 マティスが噛み付くと、ヨハネスはふんっと鼻を鳴らした。


「せっかく今からゆっくりと籠の中の鳥――リーシャ・トラウデンの相手をしてやろうと思っていたのに、とんだ邪魔が入ったものだ」

「くっ……リーシャ様を返せ!」

「ずっと前から、目を付けていたのだよ。そう簡単には渡すものか」


 ヨハネスはくつくつと笑うと、


「――やれ!」


 背後に居た人物に声をかけた。

 すると、影からゆらりと姿を現したのは、漆黒のマントを羽織った男だった。

 その顔は、奇妙な形状の仮面に覆われ、窺い知ることは出来ない。


「承知いたしました」


 仮面の男は静かにそう言うと、その場を後にしたヨハネスと入れ替わるようにして、中央階段へと足をとんと踏み出した。


「この先にはいかせん」


 低い声音を響かせながら、仮面の男が右手を大きく振り上げる。


「我が呼びかけに応じよ――そして、我が意のままに動け!」


 その手から、いくつもの石のような物が放たれた。

 次の瞬間――その石からむくむくと黒い靄のようなものが湧き出し、それは次第に人のような形へと変化していく。

 そしてやがて、昨日庭園でヨルガを襲った暗殺者と同じような姿になっていった。


「えっ……魔法……!?」

「どういうことだ!?」


 驚くマティスとカルネリオをよそに、ヒースもまた「おやおや」と意外そうな声を出した。


「あの仮面の男……僕達と同じ匂いがするね」

「ということはまさか、あいつも宝石騎士!?」

「そういうことかもしれないね。さっきの貴族と契約したのか、もしくは……」


 考え込むようにするヒースの言葉に、マティスは驚愕した。

 まさかヨハネスが、そんな力を手に入れていたとは。


(そういえば、サフィアスさんも、宝石騎士を手に入れようとする人間は、欲深い人間が多いと言っていた……)


 それならば、確かにヨハネスも当てはまる。


「まさか、こうして宝石騎士とやり合うことになるとはなあ。俺達以外の宝石騎士に会うの、初めてかもしれねえ」


 カルネリオはというと、そう言いながらも、どこか楽しそうだ。


「何はともあれ、敵ってことだろ? 敵は殲滅。それでいいよな?」

「はい!」

「よし。やっと暴れられるな」


 にやりと笑って大剣を構えるカルネリオに続いて、マティスもまた背負っていた剣を降ろし、鞘から引き抜く。


「僕は面倒事はごめんだよ。でもまあ……あの木偶人形たちの相手は、僕がしておいてあげるよ」


 ヒースは周囲を取りかこもうとしている暗殺者たちを、ちらりと見遣った。


「見たところ、駄石から作り上げた模造騎士といったところかな? 厄介な技術を持った者がいたものだよ」

「よし! そっちは頼むぜ!」

「そちらもさっさと終わらせるんだよ」


 言うが早いか、ヒースの周囲に緑色の風が吹き始める。

『木偶人形』たちの注目が一斉にそちらを向いたのを見計らって、カルネリオが仮面の男に向かって駆けだした。


「行くぜ、我が剣『ボルケイノ』!」


 カルネリオの声に呼応するかのように、大剣の刀身が赤い輝きを帯びる。


「巻き起これ劫火よ、我が敵を焼き尽くせ!」


 カルネリオが振り下ろした剣から大きな炎が生み出され、灼熱の剣戟が階段の上に立つ仮面の男へと繰り出される。

 その炎が相手に届くか――と思われたその時。仮面の男がマントの下から細剣を抜き放った。


「闇夜に潜みし静流よ――我が意のままに湧き上がれ――!」


 細い刀身が藍色に煌めく。

 次の瞬間、剣が突き出され、黒々とした水が渦のように巻き起こり、カルネリオへと向かっていった。


「何!? こいつ……水使いか!?」


 だが、その水はサフィアスの使う癒しの水とは大きく異なり、何とも禍々しい気を放っている。

 カルネリオの炎と、仮面の男の黒い水がぶつかり合う。

 それまでやる気満々だったカルネリオの表情に、焦りの色が浮かぶ。

 次第に、カルネリオの炎の方が勢いを失っていくのがわかった。


「えっ!? どうして……」

「どうしてもこうも、火は水に弱いんだよ!」


 目を丸くしたマティスに、カルネリオが悔し気に言った。


「水は火を掻き消し、風は火を強める。つまり、火は水に弱く風に強え。逆に水は土に弱い。土は水を吸うからな。そういう、属性の強弱ってもんがあるんだ」

「そ、そうなんですか」

「こうなったら仕方ねえ。力押しで行かせてもらうぜ!」


 大剣を両手で握り直し、カルネリオが跳躍する。だが――


「愚かなり。策も無い猛進技で、私に勝てると思うな」


 仮面の男の低い声が、静かに発された。

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