第10話 招かれざる来訪者
しばらくするとヨルガが疲れたというので、大広間を出て庭園へと向かった。
カルネリオは相変わらず御馳走の前から離れず、会場内の食べ物を洗いざらい食べてしまいそうな勢いだ。厨房が悲鳴を上げていると狼狽える給仕たちが右往左往しているのを見ると、どことなく申し訳なくなる。
サフィアスはというと、いつの間にか姿が見えない。ひときわ背も高く、目立ちそうな見目をしているというのに、どこに姿を消したのか、マティスも気づかなかった。
けれども、なんとなく腕輪がほんのり暖かい気がする。そのことが、彼がどこかからこちらを見守っている証のように思えて、まあいいかとマティスは内心でため息をついた。
夜風の当たる見晴らしのいい東屋があり、そこにヨルガは腰かけた。
「ふう。やれやれ。久しぶりに大勢の相手をすると疲れるね」
「長い間大病を患ってらっしゃったのに、性急に無茶をなさるからです」
毒が消え、悪化していた体調が元に戻ったとはいえ、年齢も年齢だ。
少し強めに伝えるが、ヨルガはどこ吹く風だ。
「リーシャのためにも、私が無事だってことを知らしめておかないと、また余計な行動を起こされちゃ困るからね」
深い息をついた瞬間、ヨルガがむせ込んだ。
マティスは慌ててヨルガの背をさすってやった。すると、徐々に荒かったヨルガの呼吸が穏やかになってきた。
「大丈夫ですか? 俺、ちょっとお水をもらってきます」
「ああ、助かるよ。少しここで休んで、落ち着いたら帰るとしようかね」
少し弱く笑うヨルガにマティスは一礼すると、大広間の方へ足を向けた。
しかし、
「誰だい!?」
鋭いヨルガの
「ヨルガ様!」
飛来したものを弾き飛ばし、身体をひねる。
その目前に表れたのは、黒装束に身を包み、細い片手剣を手にした男だった。
(この風体は、まさか暗殺者!?)
反射的にヨルガを背後に庇うように回り込み、繰り出される突きを剣ではじいた。
さらに続く斬撃を、踊るように軽やかな動きではじき返す。
そのことに一番驚いたのは、マティス自身だった。
(どういうことだ? 剣なんて握ったことないはずなのに)
記憶がある限りでは、こうした訓練を受けてきたわけでもない。
だというのに、なぜか体は自然と動く。相手の行動がゆっくりと動いているように見え、剣を容易にはじくことができる。
(なんで――)
そこで、不意に頭を過ったのは、雨の日によく見る夢だ。
(あの夢の中で、俺はいつも剣を握っていた?)
やはり、あの夢は自分の中の記憶を反映したものなのだろうか。自分は、こうして剣を振るうことになれた人間だったのだろうか。
一体、どんな立場で、何があって記憶を失ったのか――。
急襲の最中だというのに、そんなことが脳裏によぎる。そして、それが隙になってしまった。
その瞬間、敵がマティスの剣を大きくはじき、そのままヨルガへと突進していく。
(しまった!)
「ヨルガ様!」
相手の動きは速い。あっという間にヨルガへと距離を詰め、真っすぐに剣が伸びる。その時――
「展開せよ、氷壁結界!」
サフィアスの声とともに、キーンというつんざくような音が鳴り響く。
そこには、目を見張る光景があった。
地面からいくつもの氷柱が飛び出し、暗殺者の進路を遮った。
凶刃はヨルガの鼻先ぎりぎりで届くことなく、氷に阻まれた。
「なっ……なんだこれは!?」
暗殺者は慌てた様子で制止していた。しかし、はっと自らの使命を思い出し、剣を引き抜こうとする。しかし、氷柱に突き刺さった剣はびくともしない。
その隙を逃すはずもない。
「カルネリオ!」
サフィアスの呼びかけに、サフィアスの後ろからカルネリオが飛び出してきた。
その手には、大きな刃を持つ両手剣が握られている。
「任せとけ!」
カルネリオが踏み出し、大きく跳躍する。巨大な剣を持っているとは思えないほど軽やかな動きで、暗殺者の目の前に着地した。
相手が驚く間も与えず、カルネリオは笑いながら、思い切り剣を振り上げた。
「爆ぜよ、炎! エクスプロージョンスラッシュ!」
剣を薙ぐと同時に真っ赤な炎が発生し、暗殺者を包み込む。
炎はそのまま収縮し、弾けるように爆散した。
「ぐああああ!」
暗殺者は丸焦げになり、そのまま地面に倒れ伏した。
パキリと氷柱が割れ、霧散する。
その様子を間近で目撃していたヨルガが、どこか呆然としながらも、ゆっくりと足を踏み出した。
「……これは、どういう仕組みなんだろうね」
ヨルガはただ焦げてくすぶる男を一瞥し、そして、カルネリオ、サフィアスを見やった。
「あっ……」
宝石騎士のことをどう説明したものかと言葉を濁すマティスをよそに、サフィアスはひょいと肩をすくめた。
「仕組みは俺たちにもよくわからないな。特異体質って奴じゃないか?」
(それはまあ、そうなんだけど)
決して嘘は言っていないのだが、ヨルガが問うているのはそういうことではない気もする。
「でもまあ、そういう便利な力があるから、必要に応じて使ってる。それだけのことだ」
「こんな奇妙な特異体質を持つ人間が二人も集まるなんて、不思議なことだねえ」
「そういう体質だからこそ引かれ合うのかもしれないけどな」
へらりと笑うサフィアスとヨルガの視線が交錯する。
「……『かの宝石を手に入れし者、世界を統べん』」
ぽつりとヨルガがつぶやいた。
「この世にはそう謳われる宝石があるそうだね。その宝石に込められた騎士たちは宝石騎士と呼ばれ、森羅万象を操る力を持つという」
けれども、サフィアスの表情は変わらない。
「なんのことだ? それはともかく、ばあさんも助かったことだ。あまり細かいこと気にしなくてもいいんじゃないか?」
からからと笑うサフィアスを見て、ヨルガはなおも何かを言い募ろうとした。そこに、マティスは慌てて割って入った。
「そ、そうですよ! そんなことより、ヨルガ様を狙った相手を探すことの方が大事です」
自分が取り繕ったような笑顔になってしまっている自覚はある。けれども、ここであれこれ詮索し合っている場合ではない。
マティスの懸念をよそに、ヨルガはそれ以上追求する気はないようだった。
「まあ、これ以上は可愛いマティスに免じて許してやろうかね」
ふっと笑って肩をすくめるヨルガに、マティスはほっと胸をなでおろした。
「さて。さっきの暗殺者を送り込んだ犯人は、考えずともわかるだろうね?」
「エルヴィン家……ですね?」
ちらりとヨルガに視線を向けられ、マティスは答える。すると、ヨルガはそれに深く頷いた。
「さっきの極楽鳥男なら、さっきの広間には戻って来てないぞ」
サフィアスの言葉にヨルガは顔を濁らせた。
「嫌な予感がするねえ」
「え?」
「……屋敷が心配だ。さっさと帰るよ」
ヨルガは険しい表情のまま、馬屋のある方へと足早に歩き出した。
その言葉にマティスも不安を覚えながら、慌てて後に従った。
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