第7話 紅玉石の騎士

「ヨルガ様!」

「なんだい。辛気臭い顔をして」


 そう言ったヨルガは、マティスがこれまで見たこともないほどに顔色が良くなり、生気に満ちた瞳をしていた。


「ヨルガ様、御気分はいかがですか!?」

「不思議だねえ。こんなに気分がいいのは何年ぶりだろう。憑き物が落ちたような感じだよ」

「良かった!」


 心の底から出た、安堵の声。

 それが聴こえたのか、待ちきれなくなったリーシャが勢いよく扉を開けて、部屋に入って来た。


「おばあさま!」

「おお、リーシャかい」

「おばあさま、もう大丈夫なの!?」

「ああ。今すぐに走り出せそうなくらいに、身体の調子がいいよ。心配をかけたね」

「本当に!? ああ、奇跡だわ!」


 抱き合う祖母と孫の姿に、マティスは思わず目頭が熱くなった。

 そして、少し離れて様子を見守っていたサフィアスの方へと駆け寄り、こそっと声をかけた。


「サフィアスさん、ありがとうございました」

「まあ、仕事だからな。これで俺の契約も完了だな」


 疲れたと言わんばかりに肩をすくめたサフィアスに、マティスは首を傾げた。


「えっと……契約完了したら、どうなるんですか?」

「お前が持ってる腕輪が自然と消えて、ジェラルドのところに戻ることになる」

「え? でも、まだありますけど……」

「なんだと!? ってことは、まだ契約継続中ってことか」


 勘弁してくれ、と、両手で顔を覆うサフィアスに、マティスは気の毒そうな顔を向けた。


「もしかしたら……まだ、『トラウデン家の問題』自体は解決してないからかもしれないですね」

「ばあさんを治せば終わるかと思ってたんだがな。そう簡単にはいかんというわけか」

「そのう、すいません。ややこしい願いをしちゃって」

「本当にな」


 はああーと大きなため息をつくサフィアスに、マティスは「あはは……」と苦笑いを返す。

 すると、ヨルガから声がかかった。


「マティス。そっちの男は誰だい?」

「あっ、えーっと……新しいお医者様です。ヨルガ様を治してくださいました」

「マティスのお知り合いなんですって。信用できる方ですよ」


 リーシャも続いて言葉を添える。

 ふうむと考え込む様子のヨルガに、サフィアスが言った。


「治したというより、解毒させてもらった。俺の知り合いに、毒物を得意とするやつがいるんだ。そいつに少しあんたの薬を見てもらった」

「毒?」


 ぴくりとヨルガの眉が動いた。


「そうか。これまでの私の不調は、毒によるものだったか……なるほど。あの藪医師め……先代医師の紹介だと聞いて受け入れていたが、とんだ食わせ者だったというわけか。どうせ、私の失脚を目論むやつに依頼でもされたんだろうよ」

「それって、まさか」

「エルヴィン家の若造だろうね」


 マティスは息を飲んだ。


「まさか……そんな。ヨルガ様に毒を盛ったということは、殺そうとしてたということですよね? エルヴィン家っていうのは、そこまでやるんですか?」

「するだろうねえ。エルヴィン家の意に背いた者が、不審な病死を遂げたという話は、昔から幾度か聞こえてきた噂さ。そういうやり口なんだろうね」

「そんな……」


 思っていた以上に卑怯な手を使うエルヴィン家という存在に、マティスは背筋が凍った。


「でも、私が復活した以上は、好き勝手させるつもりはないよ。どうしてやろうかねえ……」

「おばあさま。病み上がりのお身体ではあまりご無理なさらない方が」

「そうですよ。ヨルガ様が復帰なさったと知ったら、相手がどう出るかもわかりませんし」

「ふむ。確かにそうだねえ……」


 ヨルガは少し考え込むようにしてから、


「そうだ。もうすぐノーシェステの貴族達が集まる春の晩餐会が開催される。今年は確か、エルヴィン家の隣の領地のリンツ家の屋敷だったはず。そこに私が乗り込んで、様子を見てみてやろうじゃないか」

「なるほど! 他の貴族の屋敷で、尚且つ他の目があるところでは、エルヴィン家もそうやすやすとは手を出せないでしょうしね」


 マティスはうんうんと頷いたが、リーシャは相変わらず不安げに眉をひそめた。


「ですが……万が一のこともあります。護衛の方を雇えると安心なのですが、そんな資金は当家には……」

「それなら、俺とサフィアスさんが護衛として同行しますよ」

「……はあ!?」


 急に名指しされたサフィアスが、素っ頓狂な声を出した。


「なんで俺が!?」

「仕事ですよ、仕事!」


 ひそひそと耳打ちしたマティスに、サフィアスがうっと言葉に詰まる。


「二人が同行してくれるなら、確かに安心ですね」

「ふむ。二人とも見栄えがいいから、逆に目立つやもしれんが……いっそ華々しく復活を飾るというのも悪くないねえ」


 リーシャやヨルガまで乗り気になってしまったのを見て、サフィアスははあ……とため息をついた。


「荒事は得意じゃないが、まあ、こうなったら仕方ない。俺の知り合いに喧嘩が得意な奴がいる。もし都合がつきそうなら、そいつを呼んでみてやる」

「えっ!? 本当ですか!?」

「護衛の人数は多い方が牽制にもなるだろう」


 サフィアスが「ちょっと、ついて来い」と言うので、マティスはヨルガとリーシャに断りを入れてから、サフィアスと共に部屋を出た。



 サフィアスが人払いをしたいということなので、そのままマティスの部屋に入った。


「お知り合いって……もしかしてその人も、宝石騎士だったりしますか?」

「その通りだ。契約で仕事中じゃない限りは、助っ人として呼び出すことができる」

「それはありがたいですね!」

「まあ、考えは足りない奴だけどな。その分扱いやすい。契約の腕輪を貸してみろ」


 言われるがままに腕輪を渡すと、サフィアスは右手で掴んで高くかざした。


「我が声を聞き、召喚に応じよ。出でよ、紅玉石『カルネリオ』!」


 次の瞬間、真っ赤な光が部屋に溢れた。

 まるで炎に包まれたかのような錯覚を覚える熱を感じ、マティスは思わず目を閉じて「あつっ」と叫んでしまった。

 そして目を開けると――サフィアスの隣には、見慣れない男が座り込んでいた。

 赤みがかった橙色の髪と、赤い瞳。額当てと胸当てを付け、まるで軽装の戦士のような恰好をしている。

 サフィアスより身長は低いが、筋肉質で、確かに力仕事が得意そうな雰囲気だ。


「何だよ。急に呼ぶから吃驚したじゃねえか。せっかくこれから飯食おうとしてたのによ」


 頬をふくらませて不満げに言う様子は、どこか子供っぽいというか、純朴そうに見える。


「急に呼び出して悪かったな。カルネリオ。でも、これから行く所は、もっといい御馳走が山ほどあるぞ?」

「まじかよ! そりゃあ楽しみだな!」


 サフィアスの一言で、ぱっと目を輝かすこのカルネリオという青年は、確かに扱いやすいのかもしれない。


「……ってことで、紹介する。こっちは紅玉石ルビーのカルネリオだ。そしてこっちは俺の今回の契約者のマティスだ」

「カルネリオだ。宜しくな、マティス! 戦闘なら俺に任せとけよな!」


 元気いっぱいに言いながら、カルネリオが右手を差し出してくる。

 その手をとって握手しながら、


「よ、宜しくお願いします。……と言ってもまあ、様子見で参加する晩餐会なので、戦闘とかはその、基本的には無しで……」


 妙に元気があって、血気盛んな宝石騎士を前に、マティスは思わず苦笑いした。

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