第6話 一つの真実

「あ、あの、マティス……」


 夕刻。食卓に着席したリーシャが、おずおずと声をかけてきた。

 そして、向かいの席に座る男性――サフィアスにちらりと目を遣る。


「えっと、こちらの方は?」


 食事を運びながら、マティスはリーシャを安心させるように、にこりと微笑んだ。


「紹介させていただきます。今日から新しく来ていただいたお医者さまの……サフィさんです」

「よろしくな」


 気さくに挨拶してひらひらと手をふるサフィアスに、リーシャはかなり戸惑っているようだった。


「あの……申し訳ありませんが、当家には長らく出入りしてくださるお医者さまがもういらしゃいます。二人以上のお医者様にお支払いする金銭的余裕がありませんので、せっかくなのですが……」

「あ、えっと、サフィさんは……その、俺の知り合いで……」


 慌てて取り繕うと、サフィアスも呼応するようにうんうんと頷いた。


「マティスとは行きつけの薬屋で会ったんだ。そこでマティスが世話になっているご婦人が、なかなか体調よくならないと聞いて、力になれないかと思ってな」

「まあ。マティスにお友達が出来たの? それは素敵ね」


 もっと色々と打ち合わせをしておくべきだっただろうか――とも思ったが、意外にもリーシャはすんなりと受け入れてくれたようだった。


「マティスが信用した相手なのでしたら、安心ですね」


 ほっとしたようにふわりと微笑むリーシャに、マティスも微笑んだ。


「サフィさんは遠方からこの地方にいらしたばかりということで、まだお知り合いも少なくて寂しいとのことでして。リーシャお嬢様にご紹介するついでにと、お食事にお誘いしたんです。こういう賑やかな夕食も久しぶりかなと」

「私が一緒に食べたいと言ってくれたのを、覚えていてくれたんですね」


 はにかむように微笑んだリーシャを見て、サフィアスは肩をすくめた。


「どうやら俺はお邪魔のようだな。リーシャちゃんは、俺なんかより、マティスと二人で食事がしたかったんじゃないのか?」

「なっ、何を言ってるんですか!」

「いやいや。美男美女で、なかなかお似合いじゃないか。年も近そうだし、もっと普通に仲良くなっても俺はおかしくないと思うけどな」

「さ、サフィさん!」


 慌てて声を荒げたマティスを制したのは、くすくすと微笑んだリーシャだった。


「本当に、こんなに賑やかな食事は久しぶりですね。お話が上手で、とても楽しいです」

「そりゃよかった。楽しんでくれてるなら何よりだ」

「でも、マティスのことはいじめないであげてくださいね。マティスは私たちにとって、家族みたいなものなんです」

「すまんすまん。こいつが初々しくて、つい、な?」

「いえいえ」


 リーシャはにこりと微笑んだ。


「私も貴族の娘です。いずれは家のために、どこかの家に嫁がねばならないことをはわかっていますし、その覚悟もあります。ただ……おばあさまとマティスと、三人での生活が大好きなので、出来ればもう少しこのままでいられたら……と、思ってしまうのですが」

「リーシャお嬢様……」


 マティスがリーシャの目を見ると、リーシャもまた視線を合わせてきた。

 黙したまま、しばらくの間見つめ合っていると、「勿体ないなぁ」などとサフィアスがぼやくので、マティスは慌てて首を振った。


「と、とりあえず、食事を始めましょう!」

「そうですね。マティスの料理は絶品ですから、きっとサフィさんご満足いただけると思います」

「そりゃあ、楽しみだな」


 貴族とはいえ裕福ではないので、大したものは用意できない。

 けれど、もともとのヨルガの人望によるものなのか、買い出しに行くと街の人々は必ずおまけをしてくれたり、「ヨルガ様が元気になるように」と、差し入れをしてくれたりする。

 おかげで毎日の食材には困っていないという状況だ。

 そんな野菜や肉をふんだんに使ったシチューやメインの肉料理を運ぶと、和やかな雰囲気で食事が進んでいく。

 しばらくの間雑談などをしながら食事を楽しんでいると、サフィアスが「ところで」と切り出した。


「さっきの、この家に長く出入りしてる医者について、同業としてちょっと興味があるんだが、いつ頃から来てるんだ?」


 リーシャは少し驚いて、フォークとナイフを動かす手をとめた。


「え? えっと……五年くらい前でしょうか。先代のお医者様が亡くなったので、今の先生に変わられて」

「いつも飲んでる薬は、その前からずっと同じものなのか?」

「いえ。丁度五年前くらいから、おばあさまの持病が悪化なさって。確か、それをきっかけに、薬が変わったはずです。でも、なかなか良くならなくて」

「ふーん……なるほどなあ」


 サフィアスはしばらくの間、頬杖をついて「んー……」と考え込むような仕草を見せた。

 そして「なあマティス」と、今度はマティスの方に声をかけてきた。


「さっきの薬を持ってきてくれるか? ほら、ばあさんがいつも飲んでるって言ってたやつだ」

「え? あ、はあ……どうしてですか?」

「いいから。あと、この家に銀食器は?」

「えーっと……古くからある、来賓用の銀食器ならありますが……」


 高価な銀食器はあらかた売ってしまい、残っているのは古いものだけだ。

 そんなこんなで、普段は陶器の食器を使っている。


「それでいい。それも持って来てくれ」


 サフィアスに急かされ、言われるがままにヨルガの薬と、時折手入れしながらも仕舞い込んでいた古い銀食器を持ってくる。

 すると、サフィアスは受け取った薬の小瓶を開け、銀食器に垂らし始めた。


「あっ! 何を……」

「いいから。ちょっとよく見てみろ」


 すると――薬が垂らされた部分が、次第に黒ずんでいく。


「なっ……色が変わった!?」


 マティスが目を丸くしていると、「やっぱりな」と言わんばかりに、サフィアスがリーシャの方を見た。


「銀食器の色が変わるってのがどういう意味か。リーシャちゃんなら、わかるよな?」


 リーシャは目を見開きながら、わなわなと声を震わせた。


「まさか……毒、ですか!?」

「そういうことだ」


 サフィアスは小瓶の蓋を閉めながら頷いた。


「この薬は体調を改善させるためのものじゃない。少しずつ身体に蓄積して、すこーしずつ蝕んでいく、毒だ」

「な、何故そんなものを、お医者様が!?」

「さあな。だけどまあ、何かしらの意図があってばあさんに飲ませてたことは確かだろな。ばあさんが倒れることで利益を得るやつがいるのかもしれん。貴族といえば銀食器を使ってる家が多い。けど、この家はそうじゃなかったから、さぞかし、やりやすかっただろうな」


 しれっとそう言ってから、サフィアスはふう、と一息ついて立ち上がった。


「食事の途中で申し訳ないけど、とりあえず、ばあさんの体調不良の原因が、加齢や持病によるものじゃないってことはわかった。なら、やるべきことは一つだな」


「ついてこい」と言って席を立ったサフィアスに、マティスとリーシャは慌てて続いた。

 


 三人はそのままヨルガの自室の前へと辿り着いた。


「治療してくる。すぐ終わるから、リーシャちゃんはちょっと部屋の外で待っててくれ」

「え、でも……」


 リーシャは困惑した様子だったが、


「リーシャ様、少しの間だけお願いします。サフィアスさんは必ずヨルガ様を助けてくれます。俺が保証しますから」


 マティスが真摯な瞳を向けてそう言うと、リーシャはこくりと頷いた。


「よし。行くぞ」


 リーシャだけを残して二人でヨルガの部屋に入るやいなや、サフィアスは速やかにヨルガの枕元へと歩み寄った。


「魔法で病巣を取り除くことはできないからな。ただ、身体中に蔓延る毒を取り除くことは出来る。いわゆる、解毒の呪文ってやつだ」


 サフィアスはすっと右手を差し出し、横たわるヨルガの腹部にかざした。


『清らかなる水よ。癒しの水よ。

 我が意に従い、人の子を蝕む不浄なる毒を洗い流せ――!』


 サフィアスが呪文を唱えると同時に、ヨルガの身体を青い光が包んだ。

 そして続いてきらきらと輝く泡状の光が出現し、まるでヨルガの身体の中の毒物を外へと運び出すように浮かび上がり、空気中へと霧散していく。

 やがて全ての泡が消え去ると同時に、ヨルガがゆっくりと目を覚ました。

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