第7話 舞う姫のごとく…わたしのひとつの世界で
舞舞。
初夏が近づけば花壇や草原のなかをのろりのろりと歩いていた。
真夏の灼熱地獄の頃になれば、水と涼を求めて草原の陰に身を潜めていた、すっぽりと体を殻に隠して。
春のぬるぬるとした足跡のかわいらしさに命の神秘を思えば、そんな彼女にせめて水でも与えてあげようと両手に包んで溜め水の側へと運ぶ愛情を持っていたが、同時に自分の身体をついばもうとする害虫には、平手の鉄槌でもって返してしまう生に対する貪欲さと残酷さを持ち合わせていた。
「そんなにかっこ良くなくていいよ。」
梅雨の土砂降りを頭からかぶったような彼にどうしても・・・か、小声で口走っていた。後輩の社員
突如わたしの中の遺伝子は身体中に信号を送り、わたしは冷静ではいられなくなった。
一つの幕引きに似せた(つもりの)言葉は、自然音として果てなく流れることなく、落ち着いたような大人の男性の表情が私に魅せた。
(とうごうしっちょうしょう)という5文字の漢字は、柔く脳裏を突いたけど、それは女性さえもじゆうにした優しいかな文字となって静かに弾けた。その刹那だけ、想定しきれない果てをそっと一緒に見つめた。そんな気がした。
PM13:00
なんでこんなカチカチなんだろう。ひらがなや漢字と、交わればマシになるのに。物心ついた時に、なんとなくお友達になりにくかった英数字のみのデジタル時計は、一人一台求められるようになった携帯、さらに飛躍してスマホにそっといつも一緒にいた。
——今日は卒業式
とはいってもわたしは数えで36歳である。
いまさらながら、でも初めての大学の卒業式。
自分でも何があったんだか、とんと検討がつかない。
ただ大学を中退した24歳の冬から、しょっちゅう夢で
「大学卒業してない!」
と怒鳴られ、自分も自分の粗末さを認識せざるを得なく、地の底に落とされたような絶望の中、目を覚める、そんな朝が何度も繰り返されていた。
そんな悪夢を忘れてもわすれても、またしばらくしたら同じようにうなされ、そして目が覚めた時に、ベッドから起き上がるのは元不登校児の精神障害者の、そんな、わたし。
32歳で障害者雇用として、大手の会社に採用されてからも、障害者という悲しみは拭いきれない。やはり、仕事量を健常者よりも減らし制限がある中で、自己肯定感というのはどのように作っていけばいいのだろうか。ましてや、同級生とはとっくに縁がなく、数年の付き合いの年の離れた友達には通いきれない胸の痛みを隠し、恋人なんてもっと居なかった。30代といえば、幼子を抱えて家族を持つのが普遍的な在り方だろう、そした自分が共有する常識は自分の首をぎゅっと絞めつけた。
そんな痛みをすべて拭い去ってくれる、キーワードは“恋人”
友達というワードは、ネット掲示板を探しても引っかからなくて、“恋人を作るしかない”という認識になっていた。10代の頃盛んだった友達掲示板はめっきり減り、というか精神障害であるから健常者の友達を探すこともできず、いつの間にか少数の精神疾患向け掲示板か多くあるマッチングアプリに流れていた。どこを彷徨ってももちろん同性の友達は掴みづらく、異性は“まずは友達から”という付き合い方を許容せず、「オナニーしようよ」とねだられるばかりだった。そればかりか、無理やり深い仲になることを求めてきた貴人風の人は詐欺師で、新入社(障害者雇用)で稼いだ新しいお金をたくさん奪われた。
警察のお世話になり被害届を出し、会社にも事情を説明終えたあとで、私は、空っぽの頭の中で、さっさと通信制大学三年次編入を決めてしまった。決め手は夢の中でいとこの凛ちゃんが
「月菜ちゃんなら、大学卒業できるよ!」
の言葉だった。
自信はあった、はずだった。だって偏差値60と知らずにフリースクールの勧めで入らされた通信制大学では、卒論残す全ての単位を取得できたのだ。だから今度の偏差値40程度の卒論必修なしの大学ならきっと卒業できると確信していた。
卒業に向かう日々というのは、7時半に出社し従業員としての顔を整えて17時まで仕事をし、退勤のタイムカードを切ればすぐに大学生の顔になって道草せずに自宅を急いだ。家ではご飯後にすぐ机に向かい黙々と勉強していた。
会社には大学編入のことを黙っていた。だから、朝と夜と顔を変える日々に“現実と夢のはざま”を行き来するような不思議さを感じざるを得なかった。
“わたしは何も、何も普遍から逸脱してないんです”
今のわたしの普遍は“精神障害者としての普遍”。障害者としての分を守り、自分の責任内で任された仕事をし、与えられた休日や有給休暇をもらい日々を積み重ねていく。穢れなき自分を整えていく日々に被られし当たり前の仮面がちかちかと不自然にぼやけた。
すべては~つもりであり決めつけた普遍の型にはまりきれない自分はいつも存在した。
「春から入社することになったよ。」
明るく事の次第を伝える課長。思い返せば半年前の研修、10代の女の子は少し遠慮気味でも、
「間に合った。」
指折り数えた数字は、ケーキに立てる蝋燭の数では多すぎる、かもしれない。
届いたばかりの卒業確定通知にただ安堵した。
「いいんです。これで。」
手のひらを返してサインするのは、かつての兄だけでは返しきれない。
「あの人、なんであんなに戸惑ったように、そして食い入るようにわたしを見たんだろう。」
もう新しい10代の女の子が入社するんだから、大人らしくしなきゃと、ちょっと異常な、わたしの三明さんを見つめる日課を終えようと正常に視線を戻した日、いつも平静だった三明さんの瞳が動揺していた。デスクのパーテーションの掃除のために向かいの不在の席に来た時は、三明さんの私の身体を凝視する視線がいつも通りでなかった。(いつもは平静なのに。)
「もう、元には、“見つめ合ってしまった”日々の前には、戻れないのですね。」
自分のデスクから遠くに臨む三明を眺めながらそっと言葉が漏れた。
陰と陽、光と影、OnとOff…
その台詞で始末を決めた。目の前に在席する女性の上司
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