第4話 じごくの始まり

 (今年の秋休みはなくなったのか。)

どうでもいいと感情に蓋をしようとも胸はギスギスする。お盆と言えば、お兄ちゃんの死からお迎えの準備をするようになった。父母は誠実そうな面立ちで紫に金刺繍の布を広げきゅうりの馬やナスの牛を飾ったり、花やお菓子を備えたりした。

晩夏の蒸し暑い昼を過ぎ、日が落ち始めた夕暮れに感じる何ともいえない切なさは、胸を締め付け、そして親という血の繋がった存在に縋らなければいられない気持ちでいた。

 

 「カラス、君の席が空いたよ。」

 コンビニでバイトをしていた頃のわたしが不意に出た言葉だった。見ればカラスはその漆黒な羽を綺麗に整えてわたしの視界の中にいた。ちょっと傾斜ある山の裾にある地形がさらにカラスの身体を持ち上げて優美に見せていた。

そんなわたしは頭がおかしかったらしくその年のうちに精神科入院してしまった。

それでも、わたしは綺麗なカラスを見つけては声をかけずにはいられなかった。

仕事さえまともにできず続かないそんな日々で、親に助けを求められず、

仕事場では世間話する相手もいない、友達もいない、孤独だったのかもしれない。

 

 「多くを語りすぎてしまえば 真実はぼやけてしまう」

※『decision』words by ayumi hamasaki

今日こんにちのわたしは、あゆの歌を口すさんだ。世はロシアのウクライナ侵攻の動乱の中にあり、血の流れる世界にわたしの命はある。

友達になりたいと検索した鳥の命の長さは数年。たかだかあと50年の寿命さえ短い。

 「血に塗られた歴史を繰り返す人類が誕生する前の地球の支配者恐竜も

  隕石か何かで

  命を喪失したとか…。」

 ふと脳裏にには、美しくか弱そうな鳥が手、翼を伸ばし恐竜のようにいかめしくなっていくのを想像した。

 「たかだか数年しかわたしへの愛を伝えられない君(鳥)…。」

 鳥はわたしを無視して歩いて行き、飛び去った。わざわざわたしの縄張りに入ってくるくせに可愛らしく何事もなく振る舞ってわたしを空気にした。鳥さえも。

 「そんなんじゃ、生きていけないよ。」

 もしかしたらマグマが地球を飲み込んでしまうかもしれない世界に、柔く、か弱い鳥は身動きもできずにいるだろう、鳥に、わたしは

 「爪の先まで神経を尖らせて生を選択して。」

 と無理を言うんだろう。

 

 「ウクライナの大統領は若いね。」

 母はテレビを見ながら話しかけてきた。見れば確かに大統領にしては、肌は無垢そうに繕われ、それをカムフラージュするように髭を蓄え威厳を出している。

(対するロシアのプーチン大統領は…いつか夢見た金メダルを携えた氷上の舞姫が舞う—―金髪の西洋世界の人。それもドーピングという不正の上だった···)

 「見た目の美しさだったら、だなんて言えなかった。騙されていたのね」

 お兄ちゃんさえ失った母は私を無視した。

テレビでよく見ていつの間にか馴染んでいたプーチン大統領は遠い世界へ。

もう異常としかいえない。ウクライナで流れる涙を罪といわずしてなんとよぶのか

わたしは…

 「ねぇ正しかったのかなんて ねぇどうか聞かないでいて」※

 「え?」

 わたしの唐突な歌声に母は呆気にとられた。

 

 障害者雇用で雇われていた職場では、昼休みにテレビをつけたらウクライナ戦争のニュースで、近くに居た同僚は呻いて耳を塞いだ。わたしは慌ててテレビを止めた。この下界からはなれた昼下がりに現実の残酷さなんて欲しくはない、だろう。

時折、目を鋭くする同僚とは、距離感が大事だった。障害者になってしまった彼らも私も、人生を生きるのは一苦労で矜持を保つのも大変だった。何が彼らに喪失を与えたのかは自分でないから知らない。喪失は、同じ生物であるはずの人と人との間にさえ埋められない断絶を作った。

(でも、もしもを作ったのが自らの世界観だとしたなら。)

わたしは、休日、出かけ先のデパートで、次の機会に社員さんたちにもてなすお菓子を何にしようかで頭がいっぱいになってた。それがわたしの欠けたピースを償うせめてもの一策だったかもしれない。

“愛しざるを得なかったのかもしれない”、それでも世界を。


 地球が与えたのか、宇宙が仕組んだのか、火炎マグマの阿鼻地獄の中で恋情にも似た失意の中でわたしと、ほんの少し心を通わせてみたかもしれない鳥々。

やがて恐竜のように地球に飲まれて、みんな死ぬのかな。恐竜が亡くなったことに意味も理由もないなら、わたしと彼のほんの少しかそれとも多くの罪への償いを求めるように燃え盛る火炎の中で身を捩らせて苦しみ消されるのかな。


 「ねぇ、あの日の僕らが…」

 「ほら裁かれる夏が来る。」

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