第3話 美しい絵だけでは並べきれない葵の紋から始まる世界―決してひとつではない
異世界、それはテレビを通して触れていた。
街並みの建物ひとつ、並木道の樹木のひとつも育てたことがないわたしだったけど、育ててくれた世界にファンタジックな夢を見れないでいた。
そんな小学生のわたしだった。
テレビはゲーム機という媒体を通してわたしに“魔法”だとか“超人的な身体能力”だとかを見せつけた。そしてロマンティックな人間関係や動物とのふれあい、を演出し、そしてわたしの目に映ったゲームの世界の町は、現実よりもわたしに居場所を与えていた。
「人間関係が悪いの。ひどく怒られるの。」
そういった彼女とは一緒に働いたことがある。わたしより接客が上手で人間付き合いもちゃんとしていた。でも転職してしまったからには理由がある。
“わたしもアルバイトが続いたことがないの。”何も言えることはない。
フリーターというのは、いわば学歴にある程度失敗したケースが多い。すれば集まるのは知恵をもつより生活苦もあり自己温存が先回りするギリギリな人のケースもある。正社員がそれを上手に捌き保障を与えてくれる会社でなければ雑然としてしまう。悩んでいた彼女にできることを考えあぐねていたし、
わたしは以前、障害者雇用で働いている今の職場の上司を友達と勘違いしていた。だから、ば、わたしは彼女の友達でもないのかもしれない。理解を知らないのかもしれない。
帰宅後の家、自分の部屋に帰り本棚を覗けばなんともいえない空白があった。
「『シンデレラ迷宮』(※氷室冴子さんの著書)かな?
それとも『時を超えた記憶―ラスコーの夢』かな?」
(※Jean Ferris 著 翻訳:若林 千鶴 )
以前夢中になった本の欠落を思い出した。親も嫌い、彼女の悩みも答えられない、仕事は続いているが自己嫌悪も捨てきれない、そんな日の夜だった。
物語の中を迷路のように漂ったり、過去の時間軸を遡ったりするその物語たちは、現実逃避癖のわたしに生きる意味を感じさせてはいた。だけども購入する気もなかったり買ってもさよならを告げたりした。
「Lelio!」
浜崎あゆみさんの歌声が耳に残っていた。
「君は僕の人形なんだよ、僕の思い通りに動かなきゃな。」
音楽と同時に闇に包まれた男の汚い声がこだまする。脳内を刺し開く。
「戦争に関する書物の見過ぎなんだよ、
浜崎あゆみさんのMVも時々、拉致やいじめのような雰囲気の
怖いものもあるんだよ。」
わたしは頭の痛みをねじ伏せるように真実を説いた、自分自身に。
「もしも戦争という歴史的事実がなかったなら、もっと世界は富み、こんないじめのような事柄や、罰ゲームみたいな精神的苦痛もなかったんじゃないかな。」
日本人に拷問されたと証言した在日朝鮮人の講演会の言葉だってリアルにわたしの想像を引きたて忘れてはいけない苦痛と苦悩を呼び覚ます。
『あの…。』
忘れもしない1カ月くらい前の父の言葉。わたしは無視した。
『…悪かったよ。これからはお互いにいい感じになるようにしたい。』
それが父からの最大の謝罪の言葉だった。
服ごしにペニスがお尻に触れたその事件の父からの謝罪は、“あの…”と友達言葉で始まり“いい感じ”という性的なニュアンスを感じさせる気持ち悪い言葉で終わった。
ショックなわたしは現実では生きれない。それでなのかな、本の世界で知ったラスコーの壁画の夢を思う。主人公が夢で先史時代に遡りラスコーの壁画を描いていた。ピンと張りつめたわたしの心に、わたしの体内の中に巡る血は過去に生きる手段をつくり続けていた先祖とリンクしているのかな、ということを素敵に与えた。そして本当に、物語のサーカスのジプシーの男の子に恋してしまっていた。
「どうにかならないものなのかな。」
ある日の昼下がりに社員さんが噂してわたしの目を見た。社内でもめ事があったらしいんだがな。揉め事を起こした社員は
(桜…降るかな。)わたしは桜のことばかり考えていた。春が過ぎたら夏だからそこを制さないと冬は楽しめない。いつだって冬は厚着で寒くて準備に時間がかかるからだ。
(ああ、例の…人間関係がギクシャクしている話?わたしは仕事のことは知らないし。)
噂話は終わり、社員さんたちは黙々とパソコンのキーボードを打ち始めた。
(ふぅう。辞めなきゃならなくなるのかな。ぁ。困るな。散々噂流して空気をかえるかな。直接言わなくたって、思いは空気清浄するからね。)そう思って最近できたばかりのメル友に、手短に噂話を流してしまった。他に伝える相手はほとんどいない。
(あぁ。もう見れないな。理想と現実のつなぎ橋か。)
例の噂の張本人、三明さんが出社してきた。
(もう見れないや。)今日は瞳の宝石を相手にはあげないにしようとそっぽを向いたわたしだった。だが、わたしの足を引っ張りこむように身体全部で彼に釘付けにさせられてしまった。
(なんとも妙味な本当の顔)噂の—張本人は、いつもは見せていなかったひどく動揺し悲しそうな睨み顔でこちらの方向を見ていたのだった。
—―寸暇、見届けずに見送り過ぎた心の大爆発を見てしまったのだった。
次に会ったときは、その人―三明さんは、いつもとは違うすっきりしたウルフ風の髪型で出社していた。
(強い…。)
「うわ、わたしこれを見習わないといけないの??」
「え?」
隣にいる上司に聞こえる声で叫んでしまっていた。
(美貌だ。本当に。それだけ自己証明できれば言うことはなくなってしまうな。)
「どうしよう。」
出入り口のマットがちょっと癖がついて曲がっているのを直す努力をしないといられない心持になっていた。でも、できるわけもなくジタバタしていて、そこの場所を誰かが通り過ぎようとしていたのに、動けなくなってしまった。
「あの…」
「はい?」
わたしは屈んだまま顔も上げずに返事した。
「…失礼します。」
わたしは足がしびれてしまっていた。起きようとして前につんのめりになって、体勢を直そうとして今度は後ろにバランスを崩した。
トン。
—―お尻が、三明さんの足にちょんと、ぶつかった。
「ごめんなさいっ。」
真っ直ぐに立ち直ったわたしは、一生懸命謝った。
「お疲れ様です。」
なんでだろう。おし、お尻なんて、そんな部分で触れてしまうなんて性別関係なく相手に失礼だ。わたしは謝らずにはいられないんだ。
「…すきです。」
自分のやりきれない気持ちから出る嘘と本当を小声で呟いた。
相手は少し驚いた顔をしてそのまま帰っていった。
もう既に若葉が生える桜の木も現れ始めていた。わたしの体内時計は夏を示し始めていた。
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