第9話 踏み出す準備


「おはようございます、グランさん」

「あぁ、おはよう」


朝食を食べてから、厩舎きゅうしゃへ向かう。


「おはよう。オルグ、アグリ。今日もよろしくね」

しばらく2頭と触れ合ってから、町へと出発した。



村道で1泊して、町に着いた。

行きと同じように門で手続きをして馬ともお別れし、借りていたマジックバッグも返却した。

(とても賢くて、可愛かったなぁ)


―――――――――


「ちょうど朝食べる分くらい残ってるな」

グランがマジックバッグの中を確認しながら呟いた。

「…よし、屋台通りで食うか」

「はい」



屋台通りは、朝食には遅い時間だったからか空いていた。


「レグノワ君は疲れていないか?」

ご飯も食べ終わり休んでいると、グランが聞いてくる。

「はい。大丈夫ですよ。…何かありましたか?」

「いや、村の襲撃からゆっくり休めてないだろう?」

「あー…そう言われれば、そうですね」

「…連れまわしといてなんだが、今日はもう解散にするか」

「え」

「君自身が気づいてないだけで、疲れてるかもしれないだろ?休息は大事だからな」

「…わかりました」

「ははは!買取の店や装備品の店は、明日ちゃんと案内するから。そんなにしょげるな」

「はい…」

「また明日。ゆっくり休めよ」


───────


次の日、グランと合流し買取をしている店に案内してもらった。

自宅から持ってきたものを売り、装備品が売っている通りへと向かう。

「まずは武器からだな。武器の種類によって防具の種類も決まるから、先に考えるといいぞ」

グランの質問にハッとする。

(そうだった…武器、何にしようか?)

「この街で冒険者登録するなら、旅道具なんかは暫く必要ないだろうな」

「どうしてですか?」

「新人冒険者はな、最低でも半年間は登録した町で活動することが推奨されてるんだ。ま、詳しくは後でな」

「はい」


─────


「この店だ」

グランと共に店に入ると、たくさんの武器が並んでいた。

「ここは値段の割に良いものが揃っててな。新人からベテランまで、利用してるやつらが多いんだ」

「へぇ…すごいですね…」

レグノワは店の中を見渡し、目を輝かせる。

「武器は何にするつもりなんだ?」

「えーと…」

武器を眺めながら考える。

(前の世界だと長い細身の片手剣だったな。今の体格だと無理だな……あ、これとか、どうだろう?)

目に付いたのは、大ぶりのナイフだった。

「お、ボウィナイフか。いいんじゃないか?持ってみたらどうだ」

「え、さわってもいいんですか?」


 「おう、いいぞ」


聞いたことない、しゃがれた声が店の奥から聞こえてきた。

「いらっしゃい。自由に見て、触って、選んでくれ。ただし、怪我しないようにな」

現れたのは店の主人と思われる、体格のいい男性だった。

「はい。ありがとうございます」

レグノワはそうっとナイフを持ち上げ、握り心地などを確かめる。

(思ったより軽いな。柄も握りやすい、振ってもすっぽ抜けたりしなさそうだ。)


他のナイフもいくつか試してみたレグノワは、結局最初に目についた大ぶりのナイフを買うことにした。

「このナイフください」

「おう、毎度あり!」

「良いのが買えて良かったな」

「はい!」

「よし、次は防具だな」


──────


☆購入品リスト★

ボウィナイフ

ナイフホルダー付きベルト

革鎧レザーアーマー

防刃の服・グローブ

セーフティブーツ

外套マント

レッグポーチ(マジックバッグタイプ)

☆★☆★☆★☆★



「これで大体の装備品は揃ったな」

レグノワは買った真新しい装備品を身に着けていた。

「よしよし、よく似合ってるぞ!」

グランはレグノワを見て、満足気に頷いた。

「他の必要な道具は自然と増えるから、最初は最低限でいいからな」

「はい。…他にはどんな道具があるんですか?」

外套マントとグローブだけ外し、レッグポーチにしまいながら屋台通りに向かう。

「そうだな…旅をするなら、『ファインドマーカー』『マジックボトル』辺りは必要かもな」

「その2つはどんなモノなんですか?」

「ファインドマーカーは、ファインドコンパスとマーカーのセットアイテムで、持ち物にマーカーを付けて使うんだ」

グランが腰のポーチからコンパスを取り出して見せてくれる。

マーカーを付けた持ち物がコンパスから一定距離離れると、コンパスに矢印が映し出されて持ち物がどこに行ったか分かるようになっているらしい。

「マーカーが付いてれば、落としたり盗まれたりしてもすぐに分かる。ファインドコンパスは普通のコンパスとしても使えるから、大体の奴らが持ってるな」

「なるほど」

「この魔道具マジックアイテムは少し値段が高いからな。依頼をこなして、懐に余裕ができたら買うといいぞ」

「はい」

「マジックボトルは…そうだな、実際に使ってみるか!」



屋台通りに着いたレグノワとグランは、それぞれ昼食を買って空いているテーブルに座った。

「これがマジックボトルだ」

グランが取り出したのは一見普通の水筒だった。

「使い方は簡単で、キャップを外してボトルを傾けるだけで水が出てくる」

「中に水を入れるんじゃないんですか?」

ボトルの中を見せてもらうと空っぽで、底の方でキラリと光る小さなモノがあった。

「中身は空だぞ。底に付いている水の魔石のお陰で水が出てくるんだ」

グランがマジックボトルを傾けて、コップに水を注ぐ。

「氷と火の魔石も付いてるボトルには、側面に小さいダイヤルが付いている。冷水から熱湯まで水温を設定出来て便利なんだ」

「へぇ、それはすごく良いですね!」

「町にいる間は重要度が低い魔道具マジックアイテムだが、旅に出るなら飲み水は大事だからな」

「確かにそうですね」

ふむふむと、レグノワは頷いた。

「マジックボトルは水温設定が出来ないモノは比較的安く、出来るモノは魔石を含めてそこそこの値段がするんだ」

「…うーん、どうせ買うなら、水温設定出来るやつが欲しいです」

レグノワは真剣な表情かおをしながら言った。

「ははは!そうだな、俺もそれがいいと思うぞ」



昼食が食べ終わり、マジックボトルから出した冷水を飲んでいると、グランが思い出したように声をかけてくる。

「そうだ、レグノワ君」

「はい」

「まだ昼過ぎだし、もう少し休んだら装備品を着けたまま、町の外に行ってみようか」

「町の外、ですか?」

「ああ。外と言っても、門の近くの外壁沿いだがな。冒険者ギルドの裏側に訓練場もあるんだが、冒険者じゃないと利用出来ないからなぁ」

「えと、何をするんですか?」

「装備品を着けたまま走ったり、武器の素振りしたり、実際に自分の体に合うかの確認だな。買ってから数日間は、店で調節や交換してくれるから忘れないうちにな」


────────


「さて、この辺りで良いだろう」

グランとレグノワは、門から数分歩いた外壁沿いにいた。

「まずは軽く走ってみようか」

「はい!」


────────


「レグノワ君、装備の具合はどうだ?」

「グランさん!凄いです!これ、軽いし動きやすくて!」

レグノワは興奮気味に声を出した。

「ははは!そうかそうか、良かったな」

グランはそんなレグノワを微笑ましげに見ていた。

「それにしても、レグノワ君はセンスがあるな。足も速いし、ナイフの振り方もブレが少ない。こりゃあ、将来有望だな!」

そう言ってグランはレグノワは頭をワシワシと豪快に撫で回した。

「うわぁ!…へへへ、嬉しいです」


「さてと、まだギルドが混むまで時間があるな…」

「町に戻るんですか?」

レグノワは、グシャグシャになった髪の毛を手櫛で整えながらグランを見上げる。

「ああ、装備品も大丈夫そうだしな。レグノワ君さえ良ければ、今からギルドで冒険者登録出来るがどうする?」

「今から…ですか」

「今日はやめとくか?」

「あ、いえ!登録します!」

「はは、じゃあ戻ろうか。」

((装備品に興奮して、冒険者登録の事ちょっと忘れてたな))


────────


「あの、グランさん」

「なんだ?」

町に戻る途中、レグノワは少し言いづらそうにグランに声をかけた。

「えっと、どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」

「ん?まぁ、新人を育てるのも俺の役目だからな!」

グランは、ぽんとレグノワの頭に手をのせて優しく撫でた。


────────


(…レグノワ君。俺は、本当は)

チラリと自分より低い位置にある横顔を盗み見る。

レグノワはまっすぐ前を向いて歩いていた。

(君に、負い目を感じているんだ)

祖父母の亡骸の前で、小さくうずくまっていた姿を思い出す。

抱え上げた身体は軽く、冷えていた。

この少年が、殆どの盗賊達を気絶させたと聞いたときは心底驚いた。


 「グランさん?」


グランはハッと、声のした方を見る。

足が止まっていたようで、数歩先でレグノワが心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫ですか?なにかありましたか?」

「いや、何でもないよ。大丈夫だ」

グランは歩みを再開させた。




(…俺は、俺に出来ることを)

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