第8話 お金と処分


次の日、太陽が顔を出し始めるころにレグノワは閉じていた目を開けた。

(あんまり、眠れなかったな)

のそりと寝袋から出て、座ったままぼんやりと今日の予定を思い出す。

(今日は…グランさんと村に向かうんだったな。出発はお昼前…だっけ。そういえば朝のうちに案内したい所があるって言ってたな)

少し疲れの残る身体をのろのろと動かし、着替えを始める。

(村にいた頃も夢見が悪くて眠れないことはよくあったけど、今思えばあれは前の世界の記憶だったんだな)

ようやく着替えを終えて、寝袋をたたむ。

(…まだ、しばらくは眠れそうにないなぁ)

「はぁ…」

(村に行って帰ってくるまで、何日か、かかるよな)

レグノワは自分の荷物がすべて入ったマジックバッグを持って、広場の入口で待つことにした。



それほど経たずに通りの向こうからグランがやってきた。

「おはようございます、グランさん」

「あぁ。おはよう、レグノワ君」

グランは何か気になったのか、レグノワの顔を覗き込んだ。

「えっと、どうかしましたか?」

「…昨夜は眠れなかったか?」

言い当てられたレグノワは、なんとなく後ろめたくなってしまった。

「あ、はい。えっと、すみません」

「ん?…あぁ、いや、怒っているわけではないんだ。少し顔色が悪いようだから心配になってな」

グランは少し慌てて、安心させるようにレグノワの頭を撫でた。

「…少し、夢見が悪くて」

「そうか」

「あ、でも、夢見が悪いのは元からなので、大丈夫です」

「それは…大丈夫なのか?」

グランは、ますます心配そうな表情かおをして、レグノワの頭を撫で続けた。

「はい。えっと、それで、昨日言ってた案内したい場所ってどこですか?」

「ん?…あぁ!そうだった、そうだった。朝飯ついでに、この町の屋台通りを案内しようかと思ってな」

「屋台通り?」

「そう、こっちだ」

グランは手を下ろし、移動を始める。

「屋台通りは、それなりに大きい村や町には大体あるな。まぁ名前の通り、いろんな屋台が集まっている通りだ」

「へぇ。いいですね、楽しみです!」


───────


「わぁ…すごいですね」

広めの通りには、たくさんの屋台が並んでいる。

所々にテーブルとイスが置かれた休憩スペースのような場所もある。

まだ早い時間帯だが、それなりに人がいて賑わっていた。

「…レグノワ君、口が開いたままだぞ」

「え」

レグノワは慌てて口をおさえる。

「ぶっ…くくく……」

その様子を見て思わずといった様に噴出したグランを、ジトっとした目でレグノワは見上げる。

「はは、すまんすまん。…ふぅ。さて、行こうか」

「…はい」


「この屋台通りは、安くて美味い店が多くてな。町の人も冒険者連中もよく利用する場所なんだ。飲食スペースもあるから、ここで買い食いするやつも多い」

歩き出したグランについて行きながら、キョロキョロと屋台通りを見渡す。

「食べ物の屋台が多いんですね」

「そうだな。この町だと食いもん以外のとこは、店を構えてることが多いからかもな」

「なるほど。……あ」

「ん?何か、気になるものはあったか?」

「あ、いえ、その…お金の価値というか、高いとか安いとか、よく知らないなって、思って」

「あー、お金の価値か」

「はい。村にいた頃は、物々交換がほとんどだったんで…」

「そうか、村だとそうだったな。俺も村に住んでた時期があったが、確かにお金はほとんど見なかったな」

「…どこの村もそうなんですか?」

「まぁ、だいたいはそうだろうな」

「へぇ…」

「とりあえず、何か買うか」

「はい」

グランから視線を外して、通りを見渡すと一軒の屋台が気になった。

お肉と野菜がたくさん入ったスープを売っているようで何人かの客が並んでいる。

「あの店が気になるのか?」

「はい」

「よし、じゃぁ行ってみるか」

2人で列に並んで順番を待つ。

「あ、グランさん。このお店のスープの値段はどうですか?」


 『具沢山スープ 1杯 10メル

      大盛 1杯 12メル』


「ん?んー、値段は…うん、安い方だな」

(スープ1杯で10メルは安い方…覚えておこう)

「…大盛とか、あるんですね」

「そうだな、町の人と冒険者だと食べる量が違うからな」

「なるほど」

「レグノワ君はどうする?大盛にするか?」

「え⁉いや、普通で、お願いします」

「ははは!わかった」


「いらっしゃい!ご注文は?」

「普通のと大盛、1つずつ」

「はい!…熱いので気を付けてくださいね」

自分の分のお金を払って、スープを受け取る。

「食べ終わった器は、屋台横の箱にお願いします」

「わかりました」


近くの空いている飲食スペースに座り、さっそくスープを食べ始める。

「!美味しいですね」

「あぁ、美味うまいな」

スープは透き通った琥珀色で、ほど良い塩味が野菜の甘さを引き立てていた。

大きめにカットされたお肉は柔らかく、口の中でほろほろと崩れる。

自然と笑顔になれるような優しい美味しさだった。

「安いし、いい店を見つけたな」

「はい!」


食べ終わった2人は器を店に返してから、再び通りを歩きはじめる。

「よし、まだ時間はあるな。村までの道中で食べる物、買っていくか」

「道中で…日持ちするやつとかですか?」

「いや、日持ちするやつでもいいんだが、食料用に用意した時間停止付きマジックバッグがあるからな。どんなものでも大丈夫だぞ」

「時間停止付きのマジックバッグ…」

「見るのは初めてか?…俺が持ってるのはこれだな」

そう言ってグランは腰にあるマジックバッグから、もう1つ肩掛けのマジックバッグを取り出した。

「?…マジックバッグの中に、マジックバッグって入れられるんですか?」

「あぁ、これか?空っぽのマジックバッグなら、他のマジックバッグに入れる事が出来るんだ」

「へぇ、なるほど」


2人はまた通りを歩き出した。

レグノワはグランにお金の価値を教えてもらいながら、目に付いた食べ物を買っていく。

新鮮な果物は少し値段が高いらしい。

(アポルが1つ12メル…スープ1杯より高いんだなぁ)

グランが購入している赤い果物を眺める。

レグノワの拳より少し大きく、ツヤツヤと輝いている。

(ちっちゃいころに1回だけ食べたことがあるなぁ…風邪ひいた時だっけ?)

ぼんやりと昔の記憶を思い出す。

(確か、甘くて、少し酸っぱい。みずみずしくて、シャリシャリしてた)


「レグノワ君?」


グランの声が聞こえて、ハッとする。

「大丈夫か?だいぶ、ぼぅっとしていたが」

「あ、すみません。大丈夫です。…小さい頃を思い出しただけなので」

「…そうか。いや、大丈夫ならいいんだ」

グランはレグノワの頭を優しく撫でてから、また買い物を続けた。


─────


予定通り、お昼前。

町の入口、門のところまで来た。

「レグノワ君、馬に乗ったことはあるか?」

「馬ですか?数回ですけど、あります」

「ふむ…じゃあ、馬を借りていこうか」

「はい」


(それにしても)

出発の手続きをしているグランを見る。

(グランさんが荷物たくさん持ってるの、わからないな…)

初めて会った時から装備はほとんど変わらない。

防具と背中に背負った大きな両手剣、腰の小さなマジックバッグ。

そして、さっき買った食べ物が入っている肩掛けのマジックバッグ。

(冒険者って思ってたより身軽なんだなぁ。マジックバッグって、すごい)


「さて、行こうか。レグノワ君」

「はい!」


─────


グランが借りてきた馬は、1頭が灰色っぽい毛色の子、もう1頭は身体が一際大きく暗い茶褐色でたてがみと足元が黒っぽい子だった。

「わぁ…かわいい子たちですね!」

「あぁ、そうだな」

はしゃぐレグノワを、グランは微笑ましげに見ながら馬を紹介し始める。

「こっちのでかいのはアグリ。ギルドに登録されてる馬の中で、1番大きいんだ。俺の体格でも乗れるのは、こいつだけだな」

グランがアグリの首元を優しく撫でる。

「そうなんですね…力持ちなんだね、君。すごいねぇ」

アグリは撫でられて気持ちがいいのか、鼻を伸ばして目を細めている。

「それで今回、レグノワ君が乗るのがこいつ。オルグだ」

今度はオルグの首元を優しく撫でる。

「一番人懐っこくてな。よく新人とかを乗せているんだ」

「なるほど。村までよろしくね、オルグ」

レグノワはオルグをいきなり撫でることはせずに、鼻の近くまで手を伸ばして自分の匂いを嗅がせた。

「お、馬との接し方がよくわかってるな」

グランが感心したようにつぶやく。

「村で馬に乗せてくれたおじさんに、教えてもらったことがあったので」

「なるほどな」


しばらく馬たちと交流してから村へと出発する。

レグノワの荷物は1つ増えていた。

町を出る時に受け取った、肩掛けのマジックバッグだ。

馬たち用の食べ物や水、器などが入っているらしい。

(結構な量が入ってるはずなのに、全然重たくないな)

パカパカと小走りで村道を進んでいく。

(なんだか、楽しい)


─────


村道で1泊して、お昼前に村についた。

(幌馬車ほろばしゃの時より、速かったな)

村には自分たちの他にも、何人かの冒険者と村人がいた。

壊れた家屋の片づけをしている人もいる。

その様子をぼんやりと眺めていると、グランが声をかけてくる。

「レグノワ君、こっちだ」

「あ、はい」

村の入口の近くに、厩舎きゅうしゃが設置されていた。

(いつの間に建てたんだろう…町に移動する時あったっけ?覚えてないなぁ)

アグリとオルグに水と食料を与えて、厩舎きゅうしゃの中に誘導する。

(ん?)

入口から通路の奥まで毛足の短いマットが敷き詰められている。

「グランさん、このマットは何ですか?」

「このマットか?魔道具マジックアイテムだよ。馬の蹄に詰まった土やゴミを取ってくれるんだ」

「へぇ、そんな魔道具マジックアイテムがあるんですね。便利だなぁ」

「あぁ、そうだな」

2頭に空いている馬房ばぼうの中へ入ってもらう。


「これできれいにしてやってくれ」

「はい」

グランから道具を受け取り、自分を乗せてくれたオルグをブラッシングする。

「オルグ、村までお疲れ様。乗せてくれて、ありがとね」

声をかけながら、数種類のブラシを使って身体全体を丁寧にブラッシングする。

「おー、だいぶ慣れたな」

グランもアグリのブラッシングをしながら、こちらを見ていた。

「えへへ、はい」


─────


2頭のブラッシングも終わり、自宅へと向かう。

「…は」

(なんか、妙にドキドキする。少しだけ、息苦しい)

「いやー、疲れたな。広場で少し休まないか?」

「…え?」

グランの唐突な発言にビックリして、理解するまで時間がかかる。

「なんか飲んで一息つこう」

「あ、え…」

グランは戸惑うレグノワの手を引いて、広場へと歩き出す。

優しく握るその大きな掌は、とても暖かかった。


─────


広場には、数は減っていたがテーブルとイスがまだ設置されていた。

冒険者ギルドのマークが描かれたテントもある。

「飲み物をもらってくるから、ここに座って待っててくれ」

そう言ってグランはレグノワをイスに座らせて、テントに向かって行った。

(グランさん、どうしたんだろう?疲れている様子は、なかったけど)


「お待たせ。熱いから気をつけてな」

グランがカップを手渡してくれる。

「ありがとうございます。…あ、いい匂い」

両手で持ったカップからいい香りが漂ってくる、中身がハーブティーであるとわかった。

ふぅっと息を吹きかけて少し冷ましてから、コクリと1口。

「ほぅ…」

吐息と共に身体から力が抜け、自分の身体がこわばっていたことに気づいた。

冷え切っていた指先が、カップの熱でじんわりと温まるのを感じる。

(…もしかして、グランさんは)

「お。うまいな、これ」

ハーブティーを飲んでいるグランをちらりと盗み見る。

(僕が緊張してたことに気づいてたのかな…)


─────


お茶を飲んで十分に休んでから、今度こそ自宅へ向かう。

相変わらず玄関は壊れたままだった。

「俺はここで待ってるな」

グランは玄関のところで立ち止まり、そう言った。

「あ、はい。わかりました」

「何かあったら、すぐに呼んでくれ」

レグノワは頷いてから、家の中に入る。


まずは自室に入り、着替えなどを回収する。

(とりあえず冒険や旅で使えそうな物をグランさんに確認してもらおう)

自室を出て、祖父母の部屋の前で動きを止める。

(なんだか、盗人みたいで嫌だな)

レグノワは少しためらった後、扉を開けた。

部屋の入口で少し立ち止まってから、意を決して中に入る。


(このお金、どうしよう)

引き出しを開けた時、祖父母の貯金を見つけてしまった。

(このままここに置いといてもな、持っていかないものは家ごと処分するつもりだし。でも、持っていくのも盗んだようで、なんかなぁ)

「うぅーん………よし」

(申し訳ないけど、有難くもらっていこう)


家の中を見て回って回収した物を、ダイニングのテーブルに置き、グランを呼んだ。

「どうした?」

「すみません、グランさん。この先必要かなって思った物を集めてみたんですけど、確認してもらいたくて」

「なるほど、わかった」


――――――――


「着替え以外に必要そうなのは、このあたりだな」


消毒液や包帯、ガーゼなどの『応急セット』

燃料が必要ない『魔石付きライター』

カップやフォークなどの『食器一式』

包丁やまな板などの『調理器具一式 』

薪割りや背の高い草などをはらうのに使っていた『鉈』

小動物などを解体する時に使っていた『解体用ナイフ』

花を摘んだり野菜の収穫に使っていた『園芸用ハサミ』

その他『裁縫道具』や『砥石』など細々した物


「ありがとうございます」

「これくらい、お安い御用さ。…他に何か持っていくものは無いのか?」

「…あとは、祖父母の貯金と、これです」

レグノワが出したのは皮袋に入ったお金と、深い森のような色の小さな石が付いているネックレスとバングルだった。

「お金を持ち出すのは申し訳ないなって思ったんですけど、処分するより、いいかなって」

「そうか」

「ネックレスは、祖母が祖父から結婚したときに貰ったものらしくて、バングルはそのお返しにお揃いの石が嵌っているものを送ったって聞きました」

「2人の思い出の品なんだな」

「はい」

「この後はどうする?」

「このあとは…えっと、残っている物を家ごと処分したいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」

「…残っている物、全てか?」

「はい」

「そうか…」

グランは何か言いたげな表情かおをしていたが、口には出さなかった。

「…広場に冒険者ギルドのテントがあっただろう」

「はい」

「そこで頼めばやってくれるはずだ」

「そうなんですね。じゃあ、広場に行きましょうか」

レグノワは持ち帰るものを、自分のマジックバッグに詰め込んだ。

(じいちゃんのバッグ、思ってたよりたくさん物が入るな)


─────


グランと一緒に広場へ向かうと、端の方にいくつかテントが増えていた。

「テントが増えてる…」

「俺たちの他にも何人か村にいたから、その人たちのだろう」

「なるほど」

ギルドのマークが描かれたテントに入り、家の処分をお願いする。

外に出ると、もう太陽が傾いていた。

「グランさん、今日はどうしますか?」

「そうだな…村に泊まっていくか。明日の朝、町に向けて出発しよう」


宿泊用のテントを2つ借りて、広場の端の方に設置した。

「もう少しで炊き出しが行われるらしい。貰いに行くか」

「はい」


炊き出しで配られたのは、黒パンと野菜スープだった。

野菜スープはスパイスとハーブが入っているらしく、いくらでも食べられそうだ。

黒パンは食べ応えがあるが、硬いわけではなく。噛めば噛むほど感じられる旨味と少しの酸味がとても美味しい。

黒パンをちぎって、スープに浸して食べる。

「このパンとスープ、よく合いますね。美味しいです」

「あぁ、そうだな。美味いな」


食べ終えたあと、テント前で解散した。

「おやすみ、レグノワ君」

「はい。おやすみなさい、グランさん」



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