第7話 地図
グランはまだ話があるらしく、レグノワは1人でギルドマスター室を出た。
階段を下りていくと、壁の大きな地図が目にはいる。
(そうだ、地図を後で見ようと思ってたんだった)
ギルド内を見渡すと冒険者らしき人達と、揃いの制服を着たギルドの職員らしき人達が数人ずつしかいなかった。
(意外と人が少ないな…時間帯のせいかな?)
レグノワはギルド職員らしき人に近づいて声をかけた。
「あの、すみません」
「はい、どうかなさいましたか?」
「あの壁に貼ってある地図、見てもいいですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
レグノワはペコリとお辞儀をしてから壁際に近寄る。
壁に貼ってある地図は横に長く、レグノワが両手を広げても両端に届かないくらいに大きい。
(近くで見るとさらに大きいなぁ…逆に見づらくない?)
地図の隣に設置されてる掲示板を盗み見る。
(貼ってあるのは、依頼書、かな?使われている文字はやっぱり見覚えがある)
地図に視線を戻して、よく見てみる。横長の大陸が1つ描かれていて、右端の方に赤いピンが刺さっていた。
(このピンは、何だろう?この町の位置とか?……そういえば)
(僕、あの村の名前…知らないや)
レグノワは少し寂しくなり、俯いてしまった。
「…レグノワ君?」
立ち尽くすレグノワの背後から声が聞こえた。
ゆるゆると顔を上げて振り返ると、グランが階段を下りてきているところだった。
「…グランさん」
「こんな壁際でどうした?具合でも悪いのか?」
グランは心配そうな
「いえ、体調は大丈夫です。ただ…」
「ただ?」
「自分が住んでいた村の名前を、知らなかったことに気づいて、ちょっと……落ち込んでただけです」
「…そうか」
グランはまだ少し心配そうな
────────
「ギルドにある地図はいくつか種類が有って、この大きな地図には見た通り大陸全土が描かれている。他の地図は大陸の東側半分…この町がある側が描かれてるやつと、この町がある国全体のやつ、この町を中心に周辺の村などが描かれた地図があるんだ。…ちなみにこの赤いピンが刺さっているところがトラメス町だ」
「へぇ…そうなんですね。他の地図はどこにあるんですか?」
「ギルド内の売店で売ってるよ。大体の冒険者は必要な地図を自分で持ってるから、ここには貼られてないな」
グランはギルド内の一角にある売店を指さす。
パッと見ただけで、いろんな物が売っているのがわかる。
ただ残念ながら、何に使うのかわからない物が多かった。
「これがこの町と周りの村の地図だ」
グランは腰の小さなバッグから地図を取り出した。
小さなバッグから、それなりの大きさの地図が出てきたのを見たレグノワは目を瞬かせた。
(…あぁ、マジックバッグか?ちょっとびっくりした)
グランはそんなレグノワの様子に少し笑いながら説明を続けてくれる。
「真ん中にあるのがトラメス町だ。ここに町の名前が書いてある」
そう言って文字を指さす。
「トラメス町」
「そう。で、ここに描かれている村が、レグノワ君が住んでいた村だ。」
「ここが…」
グランが指さした所をじぃっと見る。
(村の名前は…)
「アシュテ村…」
ぽつりと呟いたレグノワに、グランは少し驚いたようだった。
「…そう、アシュテ村だ」
(予想はしてたけど、使われてる文字は意味も読み方も前の世界と同じみたいだな)
グランは黙り込んでしまったレグノワを見て、「落ち込んでいる」と言っていた事を気にしていたのか、空気を換えるかのように明るい声を出した。
「そうだ!レグノワ君、大陸の中心に広大な森林地帯があるのを知っているか?」
「森林地帯ですか?…初めて聞きました」
「壁の地図の方がわかりやすいか…」
そう言ってグランは出していた地図をしまい、壁の大きな地図を見る。
「この大陸に森や林はよくあるが、この森林地帯は特別な場所らしい。」
グランは大陸の中心部分を指でぐるっとなぞった、全体の5分の1ほどの大きさだった。
「そんなに広いんですね…特別な場所というのは、どういうことですか?」
「俺は古い報告書を見ただけだが。なんでも、誰も入れないんだと」
「入れない?何か…囲いとかあるんですか?」
「いや、そういったものは無くて…正確に言えば、入ってもいつの間にか最初の場所に戻っているらしい」
「え…それはなんか、怖いですね。」
「はははっ、まぁ高度な結界魔法だろうと言われているな」
「結界魔法…森林の中に何かあるんですか?」
「あぁ確か、近くの山頂から魔道具と望遠スキルの両方で確認したら、中心部に建造物があったって話だ。どこか神々しく、神様が作ったものなんじゃないか、ってな」
「へぇ…それは確かに特別な場所ですね」
ガヤガヤ…ざわざわ…
「お、依頼に行ってたやつらが帰ってきたな」
ギルドの入口を見ると、複数人の冒険者たちが入ってくるのが見えた。
「レグノワ君、そろそろギルドを出た方がいい」
「え?」
グランは苦笑しながら理由を教えてくれた。
「この時間帯から、だんだんとギルドが混み始めるんだ。たまに冒険者同士で喧嘩が始まったりすることもある。まぁ、大体は他の冒険者やギルド職員に止められるがな」
「そうなんですね…わかりました」
レグノワはグランに向き直る。
「今日はありがとうございました」
「あぁ、こっちこそ急だったのに来てくれて助かったよ。ありがとな。…明日は何か予定はあるか?」
(明日か、どうしよう)
「俺はしばらく休みの予定だから、時間があれば装備品の店に案内しようかと思ったんだが。どうだろうか?」
「装備品のお店……あ、お金…」
「あぁ、金か…」
「うーん……1回、村に戻ろうかと思います」
「村に?」
「はい。家にあるものを整理してこようかなと。使わない物は処分しないといけませんし、売れそうなものは売ろうかと」
「…そうか」
グランは何やら考え込んでいる。
「よし、俺も一緒に行こう」
「え?」
「道中、何があるかわからないからな。うん、それがいい。」
何度か頷いているグランに戸惑う。
「えっと、いいんですか?…迷惑じゃないですか?」
「ははは、迷惑じゃないさ。むしろ、邪魔じゃないか?…言い出したのは俺だがな」
グランは強引な事を言ったと思ったのか、頬をかきながら苦笑している。
「そんな、邪魔じゃないです!…むしろ、一緒に来てくれるのは、ありがたいです」
「そうか?」
「はい。自分一人だと、村に戻った時に色々考えちゃいそうで」
少し俯いたレグノワの頭を、グランの暖かい大きな掌がワシワシとなでる。
「なら、決まりだな」
「はい」
「じゃあ明日の、そうだな。…昼前には町を出発しようか」
「お昼前…わかりました」
「あぁ。そうだ、朝のうちに案内したい所があるから、広場で待っててくれないか?」
「?わかりました」
グランはレグノワの返事に満足そうに頷いた。
「じゃあ、また明日な」
「はい。また明日、よろしくお願いします」
─────
広場に戻ったレグノワは、着替えを持って近くの共同入浴場に向かった。
「はぁ…」
入浴場を出た時には、もう太陽は隠れてしまっていて、街灯が石畳を照らしていた。
(結構遅くなっちゃったなぁ)
温まってホカホカしたレグノワの身体を、夜の冷たい風がなでていく。
まだまだ夜の気温は低いらしい。
(お湯に浸かったのは初めてだったけど、とっても気持ちよかったなぁ)
テントに戻り、寝袋を広げて横になる。
(まだ少し、身体があったかい)
目を閉じて、深く長く息を吐く。
(……意外と、静かだな)
どこからかチリチリと、か細い虫の声が聞こえてくる。
(村で聞いた夜の音と一緒だ)
ふいに、瞼の裏で、赤色が飛び散った。
――今夜は眠れそうにない。
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