第4話 目覚め


(まぶしい…)

レグノワは目を覚まし身体を起こした。

(寝すぎたのかな?関節がギシギシする)

辺りを見まわす。

(ここは、テントの中?)

すると、横のカーテンが静かに開く。

「あ!起きたんだね」

入ってきたのはネリだった。

「おはよう、腹はすいてないかい?」

お腹に手を当てて考える。

「…少し、すいてるかも?です」

「わかった、すぐ持ってくるよ!」

ネリはにっこり笑って、返事をする間もなく行ってしまう。

(そういえば家の前にいたと思ったけど、誰か運んでくれたのか)


「おまたせ!」

ネリがスープをのせたトレイを持って戻ってきた。

「はいよ、熱いから気を付けてね」

「ありがとうございます」

受け取って、食べ始める。

ネリはレグノワが食べているところをじっと見ている。

「…どうかしましたか?」

「あぁ、ごめんごめん!2日も起きなかったからさ、ちゃんと食べられるようでよかったよ」

「2日も?」

(そんなに経っていたのか、どうりで関節がギシギシすると思った。村は今どうなっているんだろう?)


「あの、ネリさん。いくつか聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」

スープを食べ終わったレグノワは、待っていてくれたネリに声をかける。

「大丈夫だよ!なんでも聞いておくれ」

「ありがとうございます。えっと、村は今どうなっていますか?」

ネリは一瞬だけ黙ってしまったが教えてくれる。

「…村の被害状況の把握はあらかた終わったよ。村人の1/3くらいの人が亡くなってしまったのが確認されてる」

悲しそうな悔しそうな、何とも言えない表情かおをしながら続ける。

「遺体は村のはずれに天幕を張って作られた安置所に置かれているよ。身元の確認がとれた順に埋葬されてる」

「そうですか」

妙に落ち着いてるレグノワを、ネリは心配そうに見たが話しを続けてくれた。

「家屋や家具などは壊されたりして使えなくなってしまったものも多いって聞いてる。元のように住むのは、すぐには無理だろうって」

(まぁ、そうだよね。僕の家も、やったのは僕だけど、壊れてたしなぁ)

「村の被害状況の把握と、町の受け入れ準備が終わったから、今は移動できる村人から町に移動してもらっている。一度町に行っても、忘れ物とかを取りに村に戻ってくることも出来るよ。…後は、何かあったかな…」

考え込むネリを見て、そういえば、と思い出す。

「あの、僕、家の前にいたと思ったんですけど、誰が運んでくれたのかわかりますか?」

「ん?あぁ。あに、ん"っん"。

グランだよ。広場で木箱に乗って話していた大柄な冒険者なんだけど、わかるかい?」

(あぁ、あの人か)

「はい、わかります。お礼を言いたいんですけど、どこにいるかわかりますか?」

「うーん、確か確認したいことがあるから村の中見て回るって言ってて、正直どこにいるかはわからないかな。すまないね」

「いえ、教えてくれて、ありがとうございます」

「レグノワ」

「?はい」

ネリは言いずらそうに口ごもりながら話し出す。

「レグノワに、確認を、あーっと、その、レグノワの…」

「…あぁ、僕の祖父母の、遺体の確認ですね」

「!、そうだ。お願いしたい。でも、無理そうなら、」

「大丈夫ですよ」

「レグノワ…」

どこか辛そうなネリの目をしっかりと見て、もう一度言う。

「僕は、大丈夫です」

「そう、かい。わかった、頼むよ」


─────


ネリと一緒にテントを出て、安置所まで案内してもらう。

「ここだよ」

安置所の入口には真っ白な服を着た人間が何人かいた。

(あの服装って、確か教会の人たちが着る服だっけ)

彼らに会釈をして入口を通る。

安置所の中にはレグノワたちの他にも、何人か村人がいた。

「こっちだよ」

ネリについていくと布が被せられた2人の遺体の前に着く。

2人に近づき、ゆっくりと布をめくる。

「………」

最期に見た血まみれで床に沈んでいた姿とは違い、随分ときれいになっていた。

(着替えまでしてくれたんだ、ただ寝ているだけにも見えてくるな)

レグノワは祖父母をじっと見つめる。

「確かにこの2人は、僕の祖父と祖母です」

「…わかった、ありがとう」


ネリは報告のためか気を利かせたのか、その場から離れていく。

(ネリは優しい人だな、倒れたからか随分と心配させちゃったみたいだし)

去っていく背中をちらりと見てから視線を祖父母に戻す。

(本当にもう、起きないんだな)

少しずつ視界が歪んでいく。

目を閉じて、深く長く息を吐く。

(思ったより落ち着いてる、神様が言っていた感情がマヒするってこういう事?)

何回か深呼吸をして、ゆっくりと目を開く。

もう視界は歪んでいなかった。

(じいちゃん、ばあちゃん。…ごめんね。愛してくれて、ありがとう)


祖父母の遺体に布を被せ直し、離れる。

「もう、いいのかい?」

入口付近で待っていてくれたネリが気遣うように声をかけてくる。

「はい、大丈夫です。そうだ、祖父達をきれいにしてくれたのは誰でしょうか?お礼を言いたいんですけど」

「あぁ、それは教会の人たちだよ。入口に何人かいただろう?」

(確かにいたな)

「ありがとうございます」


安置所の入口から出て、真っ白な服を着た教会の人たちにお礼を言った後、「これから仕事がある」と言ったネリと別れて、自宅へとむかう。

(町に行くために着替えとか持っていった方がいいかな)


─────


壊れた玄関から中に入ると、床の赤黒い大きなシミが目に入った。

(まだ少し、錆臭いな)

床のシミをしばらく眺めてから自分の部屋に入った。

(えーと、着替えと、財布と、お金?他は何がいるかな)

タンスを開けて、着替えや財布、貯金箱、思いつくものをベッドの上に並べる。

(うーん、レインコート?後は、タオルとか?でも、僕のバッグに入りきらないなぁ)

ベッドの上を眺めて、悩む。

(そういえば、じいちゃんがマジックバッグ持ってなかったっけ?)

ふと思い出し、祖父母の部屋にむかう。扉をあけて、立ち止まってしまう。

(…この部屋も、僕の部屋も、いつもと何も、変わらないのに)

沈む思考を頭を振って消し去り、部屋の中に入る。

(ここかな?)

タンスを開けるとすぐにマジックバッグは見つかった。

(ごめんね、じいちゃん。借りるよ、いつ返すかは、わかんないけど)

自室に戻って、マジックバッグにベッドの上に並べてあったものを詰め込んだ。

(とりあえず、これでいいかな?ネリが村には戻ってこれるって言ってたし)

自宅を出て、広場に向かって歩きだした。

(それにしても)

レグノワは肩けらかけたマジックバッグをチラリと見る。

(見た目以上にたくさん入ったな、さすが魔道具。)


─────


「すまない、君がレグノワ君だろうか?」

広場に入ったところで後ろから声をかけられた。

「?はい、そうです」

振り向くと大柄な男性が立っていて、レグノワの顔を見ると少し驚いた顔をした。

(?、この人確か冒険者のグランさんだっけ?ネリが言ってた僕を運んでくれた人?)

「君に聞きたいことがあるんだ。少しいいか?」

「はい、大丈夫です」

「よかった、それじゃあ一緒にテントに来てくれるか?」


案内されたのは、数日前グランが指し示した剣と盾のマークが描かれたテントだった。

中には大きなテーブルが1つとイスが4つ設置されていて、1人イスに座っている女性がいた。目があったので挨拶をしておく。

「こんにちは」

「はい、こんにちは」

女性は優しく微笑んで返してくれる。

「彼女は記録係なんだ。そこのイス、使ってくれ」

「ありがとうございます」

レグノワとグランはテーブルを挟んで向かい合うように座る。

「あ、そうだ。グランさん、僕のこと運んでくれたと聞きました。ありがとうございました」

「ん?あぁ、どういたしまして。体調はどうだ?もういいのか?」

「はい、おかげさまで」

「そうか、よかった。さて、いくつか質問をさせてもらうが答えられる範囲で構わない」

「はい」

「早速だが、俺たちが村につく前に盗賊たちを捕まえてくれてたのは君か?」

「えっと、確かに気絶はさせたのは僕ですが、縛り上げたのは他の人たちだと思います」

「ふむ。誰かに戦い方を教わったりしたことは?」

「…教わったことは無いんですけど、前に村のおばさんたちが『殴るときは顎を狙いな!』って言ってたのを聞いたことがあります」

(あの時はなんだっけ?浮気だとかなんとか言ってたなぁ)

「そ、そうか…」

「はい」

「じゃあ、スキルというものを聞いたことは?」

「聞いたことはあります。でも自分にスキルが有るかはわかりません」

「なるほど…最後に、ひどいことを聞く」

グランは先程までとは違い、歯切れ悪く口を開く。

「答えたくなかったら、それでいい」

「はい」

「…君は、祖父母を殺されたと聞いた。盗賊たちを1人も殺していないが、仇をとりたいとは思わなかったのか?」

その質問に少しだけうつむき、唸るように声を出した。

「……正直、殺してやりたいとは思いました」

(あの時やろうと思えば、きっと簡単にできた)

グランたちが息を飲む。

その反応に、レグノワは自分がどんな表情かおをしているのかなんとなくわかってしまって、少し笑ってしまう。

「でも、殺したくなかった。あいつらと同じになりたくなかったんです」

「…そうか。すまなかった、こんなことを聞いて」

「いえ、僕は大丈夫です」


―…―…―…―


グランはテントから出ていくレグノワを見送る。

「あの子だったとはな」

「倒れていた子、でしたっけ?」

「あぁ」

「ほとんどの盗賊を気絶させたって聞いていたので、もっと体格のいい子かと思ってました」

「そうだな、それに他の村人に聞いていた印象よりも、ずいぶん大人びているように感じた」

「…本当に大丈夫ですかね、無理してないといいんですが」

「どうだろうな、こんな状況だし。俺たちは、彼に弱音を吐いてもらえるほど親しいわけじゃないからな」

「先ほど随分とひどいことも聞きましたしね」

「う、」

「それでも、必要なことではありますから。精神状態や危険性を調べるために」

「そうなんだがなぁ、もうちょっと、こう、なんか、ないもんかねぇ?」

グランは苦い顔をして溜息をついた。


―…―…―…―


レグノワがテントから出るともう夕方だった。

(随分と太陽が傾いてる、町に向かうのは明日かな。記憶の整理もしたいし、開いてるテントを探そう)

白いテント群の入口に近づくと、こちらに気づいた冒険者が声をかけてくる。

前に対応してくれた冒険者だった。

「倒れたんだって?もう大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です」

「そいつは良かった。1人用のテントだったよな?町に移動した人が増えてるから、テントの数を減らしてるけど、場所は変えてないから安心してくれ」

「わかりました、ありがとうございます」



テントに入り、息を吐く。

(…3、ね)

サルディオと会って、思い出した前世のことや別れ際に言っていた事を考えながら、寝袋に入る。

(もしかして最期に一緒にいた2人も、この世界にいるのかな)

だんだんと瞼が落ちてくる。

(もしそうなら、2人を探しに旅に出るのも、いいかもしれないなぁ)

そう思いながら眠りについた。

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