第2話 世界が変わった日


武器を構え、周りを警戒する男の前に立つ。

(うーん、これで何人目だっけ?20人くらい?)

レグノワは男の顎を狙って拳を振りぬいた。

「ぅぐっ」

どさりと倒れた見慣れない男を見下ろす。

(不思議だよな、本当に見えてない。走っても足音も出ないし)

男が気絶しているのを確認して、ため息をついた。

(あー、なんだか、身体がだるいな)

近くにあった建物に近づき、通りから見えづらい場所に腰を下ろした。

「ふぅ…」

息を吐いて身体から力を抜くと、全身を包み込んでいた黒いもやが消えた。

(消えた?…何だったんだろ?)

レグノワは両手の平を見つめながら、握ったり開いたりを繰り返す。

(もしかして、僕が見えなくなってたのは、黒いもやのおかげ?…今は、見えてるのかな?)

建物の陰から、そぅっと辺りを見まわして現在地を確認する。

先ほどから村の中心部にある広場のほうが騒がしい。

(だいぶ端のほうにきちゃったな。なんだか騒がしいし、広場に行ってみようか)

レグノワが歩き出したとき、通りの向こうから声が聞こえた。

「…ゃだっ……いで!」

声の主を探すと小さな女の子が男に追いかけられている。

レグノワは反射的に駆け出し、無防備な男の背中に向かって飛び蹴りをくらわす。

「よっ…とぉ!」

「がは!」「きゃあ!」

(ん?)

倒れた男の横に女の子が尻もちをついている。

男を蹴り飛ばしたとき、一緒に転んでしまったらしい。

「あぁ、ごめんね。大丈夫かい?」

レグノワは女の子に手を差し伸べるが

「ひっ」

女の子は小さく悲鳴を上げ、身体をぎゅぅっと縮こませた。

「あ、えーっと、大丈夫だよ。君には何にもしないから」

そう言ってゆっくりと両手を顔の横まで上げ、数歩後ろに下がる。

縮こまった女の子をよく見てみると、逃げている途中でも転んでいたのか、手のひらや膝に怪我もしていた。

(どうしたもんかなぁ、すごく怖がられてる。見たことある子だし、放置するのもなぁ……ん?誰か来るな)

「ねぇ君、誰か来るみたいだけど動ける?」

「……」

女の子に無視されてしまったレグノワは少し考えた後、仕方なく女の子から離れて近くの建物の陰から様子をうかがう。

(何かあったら、すぐに飛び出せるようにしなきゃ)

広場のほうから数人の村人と武装した人たちが集団で歩いてきている。

じぃっと武装した人たちを観察してみる。

辺りを警戒しているが、村人を脅している様子はない。

(むしろ村人を守っている?)

集団は転んだままの女の子に気が付いたらしく駆け寄っていく。

その中から2人の若い男女が女の子を抱きしめた。

聞こえる会話から、親子だとわかる。

(そういえば、同じ通りに住んでた人たちだ。あれなら、ほっといてもいいかな)

集団から視線を外そうとした時、他の人たちが何かを探すように辺りを見まわしながら大声を上げていることに気づく。

(どうしたんだろ、なんか言ってる?)

よく聞くと、数人の名前を呼んでいるようだった。レグノワの名前もある。

レグノワは少し考えて、姿を現すことにした。



「こんばんは」

「ぅわ!」「!」

暗がりから急に現れたレグノワに、武装した人たちは武器に手をかけて、村人たちを守るように前に出てくる。

「すみません、驚かせちゃいましたね。大丈夫ですか?」

レグノワは内心焦りながら、出来るだけ優しく話しかける。

村人たちは話しかけたのがレグノワだと気づくと、武装した人たちに声をかける。

「この子は大丈夫です。探してたうちの1人です」

武装した人たちは村人とレグノワを交互に見て、武器から手を離す。

「すまなかった。怪我はないか?」

「はい、大丈夫です。…あなた方は?」

「俺たちはトラメス町から派遣された冒険者だ。行方不明の村人の捜索を行っている。……襲撃に間に合わず、すまない」

冒険者たちは、すでに大体の村の状況を把握しているようだ。苦い顔をして謝ってくる。

「謝らないでください。あなた方は悪くないんですから」

「…いや、しかし」

「なぁ、とりあえず広場に戻ろう。この子は怪我をしているし…」

冒険者の言葉をさえぎり、村人の1人が言った。

「こいつも連れて行かないと」

先ほど気絶させた男はいつのまにか縛り上げられていた。


─────


広場は多数の松明で明るくされ、多くのテントが張られていた。

冒険者たちが用意してくれたらしい。

「それじゃあ、俺はこいつを引き渡してくるよ」

そう言って、1人の冒険者が縛り上げた男を担ぎ上げ集団から離れていく。

それを皮切りに村人たちは広場の中へ、冒険者たちはまた捜索へ向かった。

転んでしまった女の子とその両親は、青いテントに向かっていく。

レグノワはその様子をぼんやりと眺める。

(そういえば、じいちゃんとばあちゃんは?どこにいるんだろう……なにか忘れてる様な気がする)

急に妙な不安感と違和感におそわれ、立ち尽くす。

広場の中にいた女性冒険者が、不安げなレグノワに気づいて駆け寄って来てくれた。

「こんばんは、困りごとかい?」

「あ、こんばんは。えっと、さっき、広場に着いたんですけど、どこに行けばいいのか、わからなくて」

とっさに広場について聞いてみる。なんとなく祖父母のことは言えなかった。

「なるほど、確かに。こんだけテントが張られてたらわかんないよねぇ。……何人か案内用に配置するか?」

女性冒険者は少し考え何度かうなずいてから、レグノワにむかって安心させるように笑いかける。

「おいで、テントを案内しよう。あたしは冒険者のネリ。よろしくね!」

「レグノワです。よろしくお願いします」


広場の中をネリと並んで歩く。

「レグノワは怪我してないかい?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、ならよかった」

ネリは安心したように笑う。

広場の中心で立ち止まり、広場の半分を占める多数の白いテント群を指さす。

人の出入りを把握するためか、杭とロープでぐるっと全体が囲われていた。

広場の中心側にある入口らしき場所にはテーブルが設置され冒険者が2人ほど待機している。

「ここの白いテントは村の人用のテントだよ。テーブルのそばにいる連中に話しかければ、空いているテントを案内してくれるはずだ。申し訳ないんだけど、村の被害の把握が終わるまではここに寝泊まりしてほしい。不便をかけるけど大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」

「よし、じゃあ次に。こっちにある青いテントは救護テント。スキル持ちの医者もいるし、ポーションも準備してある。怪我したり、体調が悪かったら遠慮せずに行くんだよ」

「はい」

(スキルってなんだっけ?聞いたことあるなぁ。もしかして、僕の身体がおかしくなったり、見えなくなったりしたのもスキルと関係ある?)

「その隣にある赤いテントはあたしら冒険者が使ってるテントだ。誰かしら2人は必ず居るようにしてるから困った事とかあったら、すぐに言っておくれ」

「わかりました」

「あとは、あっちの緑色のテント。あそこでは着替えと蒸しタオルを配ってるんだ。使い終わったタオルはそのまま返却してくれればいいからね。…うん、こんなもんかな」

「ありがとうございます」

ネリはお礼を言ったレグノワに笑いかける。

「はは、いいんだよ。…それにこれくらいはしないとね」

「?…なにかあったんですか?」

「それがね、あたしらが村に着いたときには、すでに半分以上の盗賊団が捕まってて縛り上げられてたんだよ」

「え…」

「事前調査では26人で構成されているって話だったんだけど、縛り上げられていたのが17人もいてね。村の中を見てまわったら気絶したまま放置されてる連中もいたし、広場でレグノワに話しかけた時には23人に増えてたよ」

「そんなに…」

(そんなにいたんだ、あいつら)

「村の人たちに聞いたら、縛ったのは自分たちだけど最初から気絶してたっていう人や、目の前でいきなり気絶したっていう人もいてね。…何人かは心当たりがありそうだったけど、あんたは何か知ってるかい?」

「え?あ、えぇっと…」

(どうしよう、僕がやったって言う?でも、信じてくれるかな?)

「?どうかしたのかい?」

「その、僕「おーい!!ネリ、ちょっと来てくれ!」

レグノワが言いかけた時、1人の冒険者がネリを呼んだ。

「なにごとだい?ちょっと待ってておくれ!!」

ネリは声をかけてきた冒険者に返事をして、レグノワに向きなおる。

「ったく、すまないね。何か言いかけてただろう?」

「あ、いえ、なんでもないです。行ってあげてください」

「うーん、そうかい?何かあったらすぐに言うんだよ?」

「はい、ありがとうございます」


離れていくネリを見送る。

(…言えなかったな)

なんとなく後ろめたくなったレグノワは、気持ちを切り替えるように周りのテント群を観察する。

(それにしても、至れり尽くせりって感じだよなぁ。こんなにたくさんの物、用意するの大変だっただろうに。マジックバッグに入れて運んでも、数が多そうだ)

視線をそらし、歩き出す。

(なんだか疲れたな。すぐに休みたいけど、身体を拭いてすっきりしたい気もする。……先に緑のテントに行こう)



「すみません。ここで着替えとタオルを配ってるって聞いたんですけど、入ってもいいですか?」

緑のテントにつき、中で作業をしている女の人に声をかける。

中は横長のテーブルで仕切られていて、奥にはタオルや服が詰め込まれた木箱などが置かれている。

「はい!大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」

女の人はレグノワをテーブルの前へとうながし、何枚かの服を持って近づく。

「サイズを確認しますね。失礼します」

そう言ってレグノワに持っていた服をあててサイズを確認した後、木箱の前へと移動する。

仕切りと蓋のついたカゴを取り出し、着替えと蒸しタオルを分けて入れてから蓋をかぶせる。

「お待たせしました。ここのテントの裏に着替え用の小さなテントが張ってあるので使ってください。服とカゴの返却はいつでもかまいません、使い終わったタオルは外にある大きなカゴに入れておいてください。服のサイズが合わなかったときは遠慮せずに言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます。」

カゴを受け取って、言われたとおりにテントの裏にまわりこむ。

松明に照らされた小さなテントがいくつかあった。

使われていないテントを見つけて中に入り、入口を閉じる。

外の松明のおかげか、少し暗いが困るほどではない。

「はぁ、疲れた…」

閉じられた空間で1人になり気がぬけたのか、どっと疲れと眠気が押し寄せてくる。

(うぅ、早く着替えて白いテントに向かおう)

のろのろと身体を動かし、どうにか服をぬぐ。

タオルで身体を拭くと思っていた以上に汚れていたことに気づいた。



(あぁ、疲れた。早く休みたい。1人用のテントとか、ないかなぁ)

汚れた服が入ったカゴを持って、ふらふらと白いテント群の入口に待機している冒険者たちに近づく。

「こんばんは」

「おう、こんばんは。テントの利用だな?名前を教えてくれ」

「レグノワです」

「レグノワ、だな…」

名前を聞いた冒険者はテーブルの上の紙束を確認して何かを書き込む。

「それ、なんですか?」

不思議に思ったレグノワが質問すると、冒険者は紙束を見せながら教えてくれる。文字らしきものが書かれていて、ところどころ○がついていた。

「これか?これは村長に用意してもらった村人たちの名簿だよ。ここに来た人の名前に印を付けているのさ」

「なるほど」

(書かれているのは名前なのか、じいちゃんたちの名前もあるのかな?まぁ、あっても文字は読めないけど。……あ、そうだ)

「あの、1人用のテントってありますか?」

「ん?あぁ、あるぜ。おい、案内してやってくれ」

「わかった。レグノワ君、こっちだ。ついてきてくれ」

待機していたもう1人の冒険者が手招きをする。

「はい。あ、ありがとうございました」

対応してくれた冒険者にお礼を言ってから、待っていてくれた冒険者についていく。


案内されたのは端のほうに設置されたテントだった。

「このテントだよ」

「ありがとうございます」

冒険者はテントの杭に黄色いリボンを結びつける。

(ここに来るまでにあったテントにも、つけられてるのがあったな)

「この黄色いリボンは使用中の印だよ。外さないようにね」

「わかりました」

「これでよし。じゃあ、俺は戻るよ。中に寝袋があるから自由に使ってくれ。何かあったら遠慮せず言ってほしい。入口のところ居るから」

「はい。ありがとうございました」

離れていく冒険者を見送ってからテントの中に入り、入口を閉じる。

持っていたカゴを邪魔にならないように隅に置き、用意されていた寝袋をひろげ横になる。

テントの中はレグノワが寝転がっても十分なくらい広かった。

(思ってたよりも広いなぁ)

レグノワは先ほどよりも強い疲労感と眠気におそわれ、瞼を閉じる。

(じいちゃんとばあちゃん、どこにいるんだろう?けが、してないと いいな……)

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