壊れた世界から ようこそ。

やこうせい

変わる世界

第1話 世界が変わる日


――――――――


「これが…世界の終わり、か…」


バルコニーの手すりに手をかけて呟く。

見上げる空は雲ひとつ無く、どこまでも高く青い。

いつもだったら清々しく、さぞ気持ちがいいだろうに。


「せぇっかく神様とやらが警告してくれたのになぁ」

後ろに控えていたガタイの良い男が呆れた声を出す。


ビシ、ビシリとガラスが割れるような音が辺りに響き渡る。


「全くですね、これだから聞く耳を持たない馬鹿は嫌いなんですよ」

同じく控えていた神経質そうな男が、怒りと苛立ちを含んだ声で吐き捨てる。


何かがパラパラと落ちてくる。


遠くから民衆の恐怖に染まった悲鳴が聞こえてくる。


バルコニーから逃げ惑う人々を眺め、強く手すりを握りしめる。

「いつもしわ寄せを受けるのは、罪の無い民達だ」

大きく息を吐き、また空を見上げる。


ビシビシっと一際大きく音が響く。


三人が見上げる空は雲ひとつ無く、どこまでも高く青く、そしてヒビ割れていた。


空が割れて 落ちてくる。


おもむろに懐から水晶玉のようなものを取り出し、頭上へと掲げる。

それに魔力をこめると、やわらかく輝きだした。

徐々に輝きが増し、光が辺りにあふれ


――――――――


「!!」

ベッドから飛び起きてキョロキョロと周りを見まわす。

いつもの自分の部屋だと確認し、大きく息を吐いた。


(…不気味な夢だった)

心臓がバクバクしている、冷や汗をかいたようで気持ちが悪い。

「はぁぁ…」

もう一度大きく息を吐く。

(身体を拭いてから着替えようかな)

ベッドから立ち上がって服をぬぎ、身体を拭く。

(何だったんだろう、あの夢)

着替えをしながら考える。

夢はたまに見るが、こんなにはっきりと覚えているのは初めてだった。

(妙に怖かったなぁ。空が割れて落ちてくるとか、その割には自分は冷静だったし)


  ”コンコン”


「レグノワ、起きてるかしら?もう朝ごはん出来るわよー」

ノックの音と祖母の声が聞こえてくる。

「はーい、今行くよ」

(考えてても仕方ないか、夢だしね)


部屋を出てすぐのダイニングキッチンに入る。

「おはよう。じいちゃん、ばあちゃん」

「おう、おはようさん」

「おはよう、今日はお寝坊さんだったのね。寝ぐせ付いてるわよ」

2人が優しく笑いかけてくる。

「ん?レグノワ、顔色が悪いな。風邪でも引いたか」

「あらほんと。季節の変わり目だからかしら?」

料理を並べていた祖母が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「大丈夫だよ。変な夢、見たからだと思う」

「うーん、そう?辛かったらちゃんと言うのよ?」

「わかってるよ、ばあちゃん」


「ほんとに大丈夫か?」

朝食を食べ終えて畑に行く準備をしているとき、祖父が心配そうに確認してくる。

「うん、大丈夫だよ。熱も無いし」

「…そうか」

「具合悪くなったら、すぐに戻ってきなさいね」

お弁当を準備してくれた祖母にうなずき、いまだに納得してなさそうな祖父と一緒に畑へと向かった。




「んー、もう少しかなぁ」

畑の雑草を抜きながら呟く。

目の前にあるのは、大きな豆が詰まっているであろう太いさや。

この豆は塩ゆでするだけで美味しい。

ほくほくとした食感、優しい甘み。

思い出しただけで、よだれが出てくる。

(サラダに乗っけてもいいし、スープでもいいなぁ)

「早く食べたいなぁ」

どうやって食べようか想像しているうちに周りの雑草が抜き終わっていた。

場所を移動して草抜きを再開するが、ふと、朝方にみた夢の内容を思い出した。

(はぁ、なんなんだろう。あの夢、どうにも気になる。不気味だったなぁ)

「おーい、レグノワ!そろそろ飯にしよう!」

離れた場所で作業をしていた祖父から声がかかった。

「はーい!…よいしょっと」

立ち上がって手に付いた土をはたいた。


祖父と並んで、祖母お手製のお弁当を食べる。

(やっぱり、ばあちゃんのご飯おいしいな。自分で作ってもここまでおいしいと感じないんだよな。なんでだろ?教わった通りに作ってるのに)

弁当を食べながら考え込む。

(そういえばあの夢、後ろにいた2人も気になるな。なんで見えてないのにどんな人かわかったんだろう?とても仲良かった気がする、顔も思い出せないのに…夢だから?)

「レグノワ、今日はもういいぞ。先に帰ってろ」

「…え?」

考え込んでいたせいか、反応が遅れる。

「ずいぶん、ぼうっとしているだろう?休んだほうがいい」

「え、でも」

「弁当箱、見てみろ」

言われてお弁当を見るといつの間にか空になっていた。

(食べ終わったのも気づかないなんて。これじゃあ、じいちゃんも心配するか)

「わかった。帰るよ」


荷物をまとめて家に向かう。

(ずいぶんあったかくなってきたな。風が気持ちいい)

「ねえ聞いた?また近くの村で盗みがあったらしいわよ!」

(ん?)

「ああ!聞いた聞いた!盗賊団だって話よね?怪我人も出たらしいし、怖いわぁ」

(近所のおばちゃんたちか。まだお昼過ぎだもんなぁ)

「次はこの村だったりして」

「やだぁ、怖いこと言わないでよ」

「大丈夫よぉ、近くのトラメス町が冒険者チームをつくって周りの村を巡回させてるって話だし」

「それ、本当?ここで見たことないけど」

「本当よ!だって、おととい隣の村に行ってきた旦那が言ってたもの。いとこに聞いたって。そのうち来るんじゃないの?」

「なら、いいんだけど。はぁ、早く捕まらないかしら…」

「そうよねぇ…」

「…そんなことより今日どうしましょ?」

「夕ごはん?」

「そうそう、何が食べたい?って聞いても――」


(おばちゃんたちっていつも元気だよなぁ。…それにしても、盗賊団かぁ。ばあちゃんたちは知ってるのかな?一応話しておこうかな、本当なら危ないし)


家の裏にある納屋にむかい、畑で使った道具をしまう。

汚れた服をはたいて裏口から家に入った。

「ただいま、ばあちゃん」

「あら、おかえりレグノワ。早かったわねぇ、具合悪くなっちゃった?」

「んん、ちょっとぼうっとしちゃって。じいちゃんが先に帰りなって」

「そうなの、熱はない?」

祖母が心配そうにレグノワの額に手を当てる。

「大丈夫そうね」

「うん。あ、これ弁当箱。ありがとう。おいしかった」

「ふふ、どういたしまして。全部食べれたのね、よかったわ。少し寝たらどう?夕ご飯には起こしてあげるから」

「…わかった、そうする」

「汗はかいたかしら?濡れタオルいる?」

「いる」

「ちょっと待っててね」

そう言って祖母はキッチンにむかう。

すぐに濡れタオルを持って戻ってきた。タオルからは湯気が出ている。

「はい。冷たくなる前に拭いちゃいなさいね」

「うん。ありがとう」

受け取って自室の扉を開ける。

「あ、そうだ。ばあちゃん」

「なあに?」

「最近ここら辺で盗賊団が出るって話、知ってる?」

「んー?あぁ、そういえば。明日には冒険者たちが村にくるって、お隣さんが言ってたわ」

「明日?そうなんだ」

「そうよ、だから安心して休みなさい」

「うん、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」



身体を拭いて着替える。

窓を少し開け、ベッドに腰掛けた。

(じいちゃんも、ばあちゃんも、心配性だなぁ)

ちょっとだけ過保護だとも思う。

(でも…愛されてるってわかる。父親も母親も覚えてないけど、寂しくないし)

そのまま後ろにボフリと倒れる。

窓からは暖かな風が入り、柔らかく頬をなでていく。

(あったかいなぁ)

心地よさに目を閉じた。




「………!!…!」

「…!……!…!!」


(んん?なんだ?)

騒がしくて目が覚めた。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。外は暗くなっている。

開けっ放しだった窓から生暖かい風と共に嗅いだことのある様な、妙なにおいが入ってくる。

(なんだっけ?このにおい、鉄っぽい?)


 バタァン!!


大きな音に首をすくめる。

「…!……!!」

「……!」

「……!!…!」

(この声、じいちゃんと、誰だ?ばあちゃんじゃない。怒ってる?)

静かにベッドから降り、そろそろと扉に近づく。

音をたてないように扉を少し開け、明かりのついている部屋の中をまぶしく感じながら覗き見る。


玄関口で祖父が見たことない男と言い合いをしていた。

(誰?知り合い?あんなに怒ってるじいちゃん見たことない)

ふいに、男と目が合った。男はニタリと気味悪く笑う。

祖父もレグノワに気がつき声をあげる。

「レグノワ!ばあちゃん連れて逃げろ!」

「え」

初めての状況に戸惑っていると祖父が大声を出す。

「早くしろ!」

レグノワは戸惑いながら、泣きそうな顔の祖母に駆け寄り、手をつかんで裏口にむかう。


裏口から出ようと扉に手をかけたとき

「ぐぅっ!」

ビチャリ、後ろから嫌な音がした。

どさりと重い音がする。

扉に手をかけたまま、祖母と2人で固まる。

鉄の、匂いがした。

ゆっくりと振り返る。

「ぁ、ぁ、ぃやああぁぁぁ!!」

祖母の悲鳴が聞こえた。

床に倒れた祖父から、じわり、じわり、と赤いモノが広がっていく。


「いや!いやよ!!おじいさん!!」

祖母がレグノワの手を放し、祖父に駆け寄っていく。

その姿にはっとする。

倒れた祖父の横にはまだ、男が立っていた。

「ばあちゃん!まって!」

とっさに伸ばした手は空を切った。



「あー、くそ!うるせぇなぁ!」

男が祖母にむかって何かを振り下ろした。

「ぎゃぁ!」

どちゃっと音がして、祖母が祖父に重なるように倒れる。

「まったく、手間かけさせんじゃねぇよ!」

床の赤色がさらに広がっていく。


(なんで?)

動けないレグノワを見て、男がわらった。

「く、ははは!」

(どうして、こんなことに?)

「なんだ?おまえもしぬかぁ?」

(…な、んで)

男の手元を見る。

握られた大きなナイフから

ポタリ ポタリ と 真っ赤 な 血 が



「ぁん?どこ行きやがった!」

男の動揺する声が聞こえる。

「出てきやがれ、クソガキ!」

目の前にレグノワがいるのに、部屋の中を見まわして怒鳴っている。

(どうしたんだろう?僕が、見えてない、のかな?それに、なんだか身体がおかしい…)

自分の身体を見下ろすと、足元から全身を包むように黒いもやが立ちのぼっていた。

(なんだろう、これ?まぁ、見えないなら、ちょうどいいや。今ならこいつを…)

静かに男の背後にまわる。


 ドガン!

男が玄関扉ごと外に吹き飛んだ。


レグノワは自分の手を眺める。

(やっぱり、おかしい。こんなに力持ちじゃなかったのに)

殴り飛ばした男をみた。

「ぐ、ぅぅ…」

壊れた玄関から外に出て、うめく男に近寄る。

(なんか、妙に静かだな?さっきまで外も騒がしかった気がしたけれど)

辺りを見まわすと、見慣れない奴らと村人たちがこちらを見て固まっていた。

村人の中には怪我人もいるようだった。

(もしかして噂の盗賊団、かな?それにしても、なんでみんな固まってんだろう?)

「く、そがぁ!」

吹き飛ばされて転がっていた男がようやく立ち上がる。

「おぉ、元気だねぇ」

レグノワの声に周りの人たちが驚き周りを見まわす。

「こンのクソガキぃ!どこにいやがる!」

「ぅわ、こわいなぁ。というか、やっぱり僕が見えてないんだ?」

「っ!馬鹿にすんじゃねぇ!」

男がでたらめにナイフを振り回す。

「おわ!危ないなぁ。とりあえず大人しくしててよ」

握りしめた拳で暴れる男のナイフをはじき、顎を打ちすえる。


気絶した男を呆然と眺める盗賊団らしき男たち。

「…次は、君たちだよ」

レグノワは男たちを見据えた。


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