第21話 浄化完了



 魔王城の掃除は、最初は私とプリムローズとスターロックの三人だけだった。

 まずはゴミ拾いをして床や壁を見つけなければ掃除が出来ない。私達は三人でこつこつとゴミを拾った。

 ゴミを拾っている時間を有効に使い、私はプリムローズとスターロックに洗剤の使い方を教え込んだ。細かい疑問点はのちのち実地で教えればいいだろう。

 プリムローズはもともと生家で掃除をさせられていたらしく、雑巾の絞り方や箒で掃くときの注意点などの基本的なことは知っているらしい。

 貴族のご令嬢と聞いていたから、ティーカップより重いものを持ったことがないタイプだったらどうしようかと思っていたのでラッキーだった。


 ゴミが少しずつ魔王城から減っていくと、それに合わせて魔王城勤めの侍女や衛兵達がゴミの中からどんどん発掘されていった。

 誰かが見つかる度に魔王はとても喜んで「お前、そんなところに隠れていたのか!」と侍女や衛兵に泣きながら抱きついた。

 侍女や衛兵もわんわん泣いて、「魔王様をお一人にしてしまい申し訳ありませんでした……!」と頭を下げている。

 いや、魔王が出したゴミで生き埋めにされていたのに忠誠心がすごいですね?


 発掘された侍女や衛兵も掃除に参戦し、格段に作業ペースが早くなってくると、私はようやく洗剤を手に取った。

 そしてまずはプリムローズとスターロックに掃除の技術を伝授し、二人がほかの魔族に伝授して……というネズミ講でどんどん掃除信者を作っては魔王城に解き放っていった。


 魔王城がお掃除教に陥落した頃、エリックとシスとアクロイドが担当した大規模魔界ゴミ拾い活動も無事に終了したらしい。

 勇者パーティーはピカピカになった魔王城にて合流を果たした。





「いやぁ、本当にありがとな、勇者達! 魔界の掃除をしてくれて、妾達は本当に助かったよ。今日は労いのバーベキューパーティーだから、無礼講で好きなだけ食って飲んでくれ」


 相変わらずジャージ姿だけどゴミに埋もれていないだけまだ清潔な感じがする魔王が、明るくそう言った。


 場所は魔王城の庭園で、ゴミに埋もれていた過去があったなど思えないほど広々とした芝生が広がっていた。ほかの木々や植物は死に絶えたが、ゴミの下から発掘された庭師がどうにか芝生だけ復活させてくれたらしい。

 そこに広がるのはたくさんの業務用の鉄板だ。バーベキュー用のコンロは人数的に諦めたらしい。鉄板では串に刺した肉や魚介や野菜、焼きそばなんかを作っていて、みんな紙皿を持って楽しそうに出来上がりを待っていた。会社の納涼会とか、町内のイベントで見たことのある光景だった。


 シスはさっそく生ビールを飲んでいたし(ビアサーバーがあるのって本当に嬉しい)、アクロイドは折り畳みの椅子に腰かけてゲーム機を弄っていた。どうやら魔王からもらったらしい。プリムローズは客人のはずなのになぜかバーベキューの肉を焼く係りに回されている。そして煙が目に染みるらしく泣いていた。

 エリックは魔王に挨拶をすると、さっそく王太子として魔界との外交問題に乗り出し始めていた。

「魔界との条約締結に関してこちらからは……」「魔物を魔の森より外には出さないように……」「一度調印に我が国の国王のもとへ……」

 魔王はふんふんと相づちを打ちながらストロング缶を飲んでいる。


 エリックと魔王の話がひとまず終わった頃に、私はずっと知りたかったことを魔王に尋ねた。


「魔王は日本からネット通販が届くように時空をいじったそうですけど、それって、私を日本へ送ることも出来るんでしょうか?」


 一縷の希望を持って尋ねたが、魔王は首を横に振った。


「それは無理。妾だって召喚されなければ向こうの世界には行けないんだ。生物を送り込むことはネット通販とは次元が違うんだよね」


 あっさりとそう言われてしまった。


「やっぱり、もとの世界には戻れないのかぁ……」


 すでに諦めていたつもりだけど、やはり重くのし掛かる事実である。


 美しき魔王は私の肩をポンと叩いた。


「落ち込むなよ、キヨコ。もとの世界に帰れなくても、妾の専属お掃除係として魔界にいればいいじゃん、なっ?」


 なんでもネット通販で頼んでやるから、と言われるが気持ちとしては微妙だ。日本に帰れば別に注文できるのだから。


 そこへほかのメンバーも声をかけてくる。


「キヨコは魔界にはあげませんよ。この世界の障気を祓った聖女なのですから、この国の王太子妃になるのがいいと思います」

「おいおいエリック、キヨコがそんな窮屈なもんになるわけねぇじゃん。なぁキヨコ、お前はもっと自由に暮らしたいよな? どうだ、俺と旅に出ねぇか? 一緒に世界を回ろうぜ!」

「……いや、キヨコは僕と一緒に魔術の研究をするべきだと思う。ソージキとか、コーアツセンジョーキを開発するって約束したし」

「え? キヨコさんは私と神官長と一緒に、神殿でのんびり暮らすんじゃないんですか? 三食おやつお昼寝付きですよ!」


 みんなでワイワイ言いながら、スターロックが持ってきてくれた牛肉にかぶりつく。黒毛和牛らしく脂が乗っていておいしい。


 私はこっちの世界でもやっていけるだろうか、と考えて、すぐに結論が出た。たぶん大丈夫だなぁ、と。

 新作の洗剤なら魔王に頼めばいいし、清潔で安全で自分らしくいられるのなら、きっとそこが私の聖域だから。それを大切にできるよう、この世界でも生活していこう。そう思った。


 魔界を吹き抜ける風が清々しい。





 そうして私は勇者パーティーの一員として、王都へ戻ることになった。

 外交のために魔王達も一緒に。

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