第16話 魔の森とゴミ処理場



 第二王子から追放された王都以外の地域はだいたい掃除して浄化することができた。上下水道の整備も終わり、国王陛下やエリックの評判もうなぎ登りである。


 そうなると残すは国境に隣接する魔の森と、その奥にある魔界、そして魔王城だ。

 ついに私の掃除力ではどうすることもできない領域に入るのだ、魔物と戦うにはどうすればいいのだろう、魔王の封印はいったいどうすれば、などと怖じ気づいてしまう。

 今更ながらに、私は平和な浄化の旅で楽をしていたのだと気づいた。


「私が足手まといになったら言ってね。速攻で王家直轄地に戻って掃除してるから……」


 むしろ最初からそうするべきではと思い、仲間達に言えば。

 エリックもシスもアクロイドも首を横に振った。


「この国をここまで浄化し、民達の生活水準を上げてくれたのはきみだよ、キヨコ。魔の森からはただひたすら私達に守られ、甘えてくれればいいからね」

「任せとけよ、キヨコ! 俺の大剣で守ってやるからさ。キヨコはただ笑ってればいいって」

「……僕の命を懸けて、キヨコを守ってあげる」

「エリック様、シス、アクロイド……ありがとう……」


 未知なる恐怖で私もすっかりしおらしい態度になり、十五歳の見た目に合うような少女らしい泣き笑いを浮かべていた。


 そんな私に分かるはずがなかった。


 魔の森が障気に溢れ、魔物達が暴れて近隣の地域を襲うようになったきっかけが、この国と魔界からの不法投棄によって住み処を無くしていたせいだったなんてーーー!!!





「結局このパターンなのね!?」


 ゴミ、ゴミ、ゴミの山。

 鬱蒼とした森の中に広がるのは、人間や魔界の者達が捨てる場所に困って放棄したゴミばかりだった。

 川や土壌が汚染され、餌がなくなり、弱い魔物から死んでいく。そうすると大型の強い魔物が餌を求めて人間を狩りに行く、という悪循環だ。


 うわぁぁぁ、次はゴミ処理場建設じゃん……!


 そもそも私の《リサイクル》がなければ早急にゴミ処理問題が起こっていたのだから、遅かれ早かれ建設することになっていたのだけど。

 だけどさー、もうちょっと胸の熱くなる冒険ファンタジーが待ち構えているんじゃないかと思ってビビっていた私がなんか恥ずかしいじゃない……。


 うだうだ悩む私に、エリックが声を掛けてくる。


「どうしたんだい、キヨコ? 魔の森を掃除するのはやはり大変そうかい?」

「……エリック様、またしても貴方の手腕にかかっていますよ」

「え?」

「ゴミ処理場建設をお願いします!」


 私はゴミ処理場について説明した。ざっくりとした説明でも、頭のいいエリックならすぐに理解して導入の必要性をわかってくれるし、アクロイドなど天才過ぎて簡単に焼却装置を作れてしまうからね。


 というわけで魔の森の清掃活動に私とシス、ゴミ処理場建設にエリックとアクロイドで別れた。

 上下水道工事の時と同じようにエリックがガンガン書類仕事を片付け、もろもろの許可と財源を国王陛下から頂き、アクロイドが焼却設備の開発を急いでいる間に、私とシスは魔の森のゴミ拾いに徹した。


 ただただゴミを拾った。

 瓶や缶詰の空、紙ゴミ、ぼろぼろの衣類、壊れたベッドやテーブルなども捨ててある。割れた皿、曲がったフォーク、錆び付いたスコップ、取手のない鍋、なんでもあった。

 途中魔物と遭遇することもあったが、それらはすべてシスが追い払ってくれた。

 大きな粗大ゴミを運び出すのはシスに任せ、私はただひたすらゴミ拾いを続けていった。


 そして段々、魔界側の方に近づいていくと、ゴミの種類が変わっていく。


「なにこれ……ペットボトルがある……?」


 私はあちらの世界でお馴染みの、赤いラベルの炭酸ジュースのペットボトルに、呆然とする。

 ラベルの文字はどうみても日本語だった。


「まさか魔の森の先に日本があったりなんて、あるかしら……?」


 かなり可能性は薄いけれど、次元が歪んで日本への入り口ができているとか。

 もしくは私みたいに日本人の異世界転移者がどこかにいるとか。

 そういうこともあるかもしれないと、私は心を震わせた。


 ペットボトルを見つけてから、どんどんプラスチックゴミが現れるようになった。

 大量生産大量消費の申し子であるプラゴミは、こちらの世界に来てからは一度も見たことがない物だったのに。

 明らかにコンビニ弁当の空や、ビニール、あとカップ麺の容器などの発泡スチロール系のゴミなども出てくる。

 魔界に近付けば近付くほどに、それらのゴミの量は増え、どこかの埋め立て地のようにゴミの山になっていた。


 そしてゴミの一時搬入先もなくなりそうになった頃ーーー、ついにゴミ処理場が完成した。





「これがこの国初のゴミ処理場だよ、キヨコ」

「わぁっ、すごいですね!」


 エリックの言葉に、私は感嘆を上げた。

 私がゴミ処理場建設についてお願いしてから、まだ三ヶ月ほどしか経っていないのに、本当によく実現できたなぁと思う。エリックもだけど、アクロイドも天才だわ。


 王家直轄地と魔の森の中間地点くらいに誕生したゴミ処理場は、とても大きくて立派な施設だった。耐熱魔術のかけられた大きな煙突が、どどーんとそびえ立って輝いている。

 ここでは焼却熱を利用した巨大公衆浴場も隣接されていて、民達が気軽に入浴できるようになっているのだとか。こちらの国ではまだ貴族や大商人くらいじゃないと家にお風呂がないらしい。大半の人は週に一度体を拭くくらいだそうだ。

 この入浴施設によって、病気になるひとが減ればいいなぁ。


 ゴミ処理場のお披露目には、国王陛下や王妃様、地方の貴族なども招待されて、和やかなパーティーが行われた。

 民達も広場で集まり、お祭り騒ぎをしているという。


「聖女キヨコよ、息災のようだな」

「キヨコちゃん、お久しぶりねぇ」

「国王陛下、王妃様、お二人もお元気そうでなによりです」


 この世界での知り合いが少ないせいか、久しぶりに会うと嬉しくなってしまう。国王陛下など異世界拉致の加害者側筆頭なのになぁ。ほだされている部分がある自分がちょっと恐ろしい。


 国王陛下達と近況報告をしていると、王都の状況について教えてもらえた。


「聖女キヨコの洗剤が王都の方にも流れ始めたようでな、その浄化力に民達からとても人気らしいぞ」

「へぇー、そうなんですか」

「ただ流通量が少なく、貴族が高値で買い漁るから平民達にはなかなか行き渡っとらんのじゃ」

「ええっ? あれ、神殿で無料配布されてますよね?」

「左様。じゃから王都の民達は、なぜ地方の者は無料で貰えるのに王都では貰えないのかと怒っておってな。そろそろ暴動が起こるじゃろう」

「いいんですか、それで!?」

「本当なら民達の暴動を儂に向けるつもりじゃったフェリクスが、無様に慌てる顔が見たいものよのう」

「平民達が可哀想じゃないですか!」

「これでこの国の膿が出るのじゃから、多少の犠牲は仕方がなかろう」


 国王陛下はやっぱり国王陛下だった。

 多少の犠牲で済むのなら異世界拉致を決行するように、暴動を止めはしないのだろう。

 平和ボケといわれる日本人の私にはやはり根本的な考えが合わない人なのだった。


 せめて民達が怪我をせずに済みますように。


 私は心の中で祈った。

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