第15話 掃除の聖女と光の聖女



 王家直轄地に来てから半年が過ぎただろうか。私は変わらず毎日掃除の日々である。

 清掃場所はすでに王家直轄地から離れ、様々な地方へと飛ばされていた。

 行き先を決めるのはエリックで、上下水道の工事に合わせて移動し、工事期間中を使って私がその土地に掃除方法と洗剤を広めていく……という計画である。


 ただこの工事、めちゃくちゃ早く終わる。

 魔術で速攻地中を調べて、魔術で装置や管や蛇口や水洗トイレを作って、魔術でガンガン設置していく。ゼロから産み出す量が半端じゃない。

 技術系の魔術師をその土地土地で雇い、上下水道に関する講習を学ばせる時間も含めて一週間もかからない。次の町へ馬車で移動する時間の方が長いくらいだ。


 一応、障気を浄化して最終的には魔の森の先の魔界へ赴き、魔王を封印するという名目のある旅なのだけど……。

 工事のために各地へ出張している作業員みたいな実情だ。RPG的冒険はまったくの皆無。


「……なに、キヨコ。この旅に不満があるの?」

「そうじゃないけど」


 なんか冒険ロマンはないかなって、ちょっとガッカリしただけだ。

 でもゲームみたいに命を懸けて戦えと言われたら、私には無理だろう。

 今は趣味とお仕事がイコール状態なのもあって、このパーティーや国王陛下達に馴染んでいるけど、もしもガチの聖女業を望まれていたらめちゃくちゃ恨んでいただろう。


「障気が蔓延して魔物に襲われる地域がさくっと減るならいいことじゃねーか」

「それはそうだね」


 アクロイドとシスに挟まれて、エリックが工事の指揮を執るのを眺めながら、私は頷いた。


 今日も空が青くていい天気だ。

 先程この地域の主婦達が酸素系漂白剤で衣類を洗っていたから、きっとシミの取れた洗濯物が家々の庭に並んでいるのだろう。そして乾いた洗濯物を取り込んだとき、主婦達は綺麗になった衣類に喜ぶのだろう。

 清々しくて、清潔で、平和だ。





「なぜ、こんなことに……」


 掃除系聖女キヨコが地方のどこかでのんびり日光浴をしているその頃、王都では一人の少女が唇を噛み締めていた。


 彼女の名はプリムローズ・ランジェス。

 貧乏子爵家の末の娘で、今年十五歳になったばかりだ。


 プリムローズは生まれたときから運が悪い。

 ランジェス家は長年跡継ぎの男児を望んでいたが、ずっと女児ばかりが生まれていて、次こそはと期待した子こそが五女のプリムローズである。

 プリムローズが生まれた時点でランジェス家は跡取りとなる養子を親戚から貰うことにしたが、みんな義弟ばかりを可愛がり、プリムローズは放っておかれて育った。


 いつも洋服は姉のお下がりで、自分に向けられるはずだった愛情も義弟のもの。

 貧乏子爵家がプリムローズのために用意できる持参金などないので、結婚資金は自分で稼ぎ、結婚相手も自分で見つけなければ見込みがない、という不運を背負っていた。


 プリムローズが気の弱い性格の美少女だったのもあって、男の子達からは『好きな相手ほどいじめる』という最低の扱いばかりを受け、若干男性恐怖症ぎみになった。女の子達からもやっぱりいじめられていた。家族は別段助けてくれることもなかった。


 そんな彼女の不運は加速し、異世界から素晴らしい聖女様が現れたという話で民が沸く中、プリムローズは十五歳になった。

 十五歳になった子の通例行事として田舎の神殿で魔力の検査を受けたのだが、まさかのギリギリ光の魔力持ち判定を受けてしまったのだ。


「ギリギリってどういうことですか?」と驚くプリムローズに、よぼよぼのおじいちゃん神官は難しい顔をして答えた。

「きみは光の魔力は持っているのじゃが……、歴代の聖女の力が太陽レベルの光なら、きみは蛍レベルの光なんじゃよ……」


 障気の蔓延るこの時代でなければまだ光の聖女として名乗れたかもしれない。

 むしろ平和な時代であれば名ばかり聖女として神殿で左団扇で暮らせたはずだった。男性恐怖症ぎみのプリムローズがわざわざ持参金を貯めつつ婚活する苦しみを味わうこともなく、三食おやつお昼寝付きの幸運が待ち受けているはずだったのだ。

 だがこの混迷の時代に弱小聖女プリムローズが、魔王を封印しに行けば即死するだろう。神官はプリムローズにそう言った。


 しかも現在、異世界から召喚された聖女様が王宮で活躍されて、城の人たちからとても信頼されているという話も聞こえていた。

 このタイミングで、こんな微かな光の魔力で、死ぬことが決定しているような冒険になど挑む勇気はないプリムローズであった。

 おじいちゃん神官もその気持ちを察して、プリムローズのことは一応神殿の上層部にだけ伝えるけど聖女の役割をこなさなくていいよう掛け合ってくれる、とのことだった。


 しかし彼女はプリムローズ・ランジェスである。不運に関して彼女の右に出るものはいない。

 かくて上層部だけで秘匿するはずだった情報は漏れ、第二王子カルロスとフェリクス王弟の悪巧みの片棒を担がされてしまったのだった。


「うぅぅ……、無理です神官長ぅ~、私に障気が祓えるはずがありません!」

「プリムローズ様、あとちょっとだけ頑張ってみましょう?」

「もう無理です! 私が何をやっても変わるはずがありません!」


 プリムローズは神官長に補佐をしてもらいながら王都の貴族街へ姿を表しては、弱小な光の魔力でその地の障気を祓おうと手を翳す。しかしほんのり指先が明るく光るだけで、障気は変わらずその場に漂っていた。

 あまりの効果のなさに、プリムローズの心は折れる寸前である。


 しかも彼女の周囲には、フェリクス王弟の私設軍が押さえてはいるがたくさんの野次馬がいた。

 野次馬達はプリムローズが障気を祓うのを今か今かと待ち構えていたのだが、状況が一向に変わらないので「頑張ってー光の聖女様ー!」「聖女様、浄化はまだかー?」と応援したりからかったりと騒がしい。


 注目されればされるだけ焦って、プリムローズはもう指先に明かりを灯すことも出来なくなる。


 彼女の痛々しい様子に、神官長は胸を痛め、野次馬にもよく聞こえるように声をあげた。


「プリムローズ様は具合が悪いようです! 今日は浄化作業を中断して、城へ戻りましょう。馬車を用意してください!」

「……神官長」


 野次馬がガッカリしたように解散し、慌ただしく帰還の準備がされていく様子を見て、プリムローズはホッとしたように肩の力を抜いた。


「プリムローズ様、いずれフェリクス王弟殿下からの監視の隙をついて、王都から出ましょう」

「神官長……?」

「いずれきっと機会が来ますから」


 潜められた神官長の声に、プリムローズは小さく頷いた。

 神殿側が自分の味方についてくれることだけでも、ありがたかった。

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