第4話 城内の様子
さて、アクロイドのおかげで洗剤の在庫をもう気にしなくて良くなったので、私は城内の掃除を始めようと思うのだけど。
そのためにはまず、汚れの原因を突き止めなくてはいけない気がしてきた。
そもそもなんでこのお城は廃城一歩手前レベルでボロボロに汚れているのだろうか。
掃除道具が私の世界とは比べられないほどショボいのは分かっているけれどーーー。
ということで、私はとにかく城内や城で生活する人々を観察して回った。
▽
観察してわかった結果だけど、この世界の人々の衛生観は中世ヨーロッパレベルと考えていい。
つまり糞尿を窓から捨てて、お風呂に入らず香水で誤魔化し、疫病を大発生させたあのレベルであるーーー!!!
どおりで庭とかものすごい悪臭だと思ったわ! 障気の匂いじゃないじゃん! 自業自得のやつじゃん!
毎日最低でもシャワーは浴びたいレベルの私には大変辛い世界であった。
これは駄目だ。
外に落ちている茶色いヤベェブツは私の《リサイクル》の能力で肥料に変えられるけど、それでは追い付かない。毎日毎日何回も窓から投げ捨てられたら終わらない。そして王宮の外の世界も同じ状況だ。絶対にキリがない。
うん。上下水道だ。治水事業だ。ろ過だ。とにかく水だ。水洗トイレが来い! お風呂も欲しい!
「それならばエリック様にご相談されるのが良いでしょう。あの方は勇者であり王太子でもありますから。治水に関する新たな法案の提案や財源の確保を整えて、国王陛下へ進言してくださるでしょう」
「わかりました、神官長! さぁ行くわよ、シス!」
「よし、案内してやる。エリックの部屋はこっちだぜ」
神官長に見送られて、私は王太子の執務室へと向かうことになった。
▽
「なるほど、そちらの世界では糞尿の処理がしっかりとされているのですね……。
わかりました。ではまずアクロイドにろ過装置や地中に埋める管などを作らせてみましょう。実用可能になり次第、順次工事を行えるように新たな法整備と財源の確保、人材も選ばなければ……。これは我が国の一大事業になるでしょう」
「国王陛下から許可をいただけるでしょうか」
「陛下もキヨコ様のおっしゃることの重大性はよくわかっておられるはずですよ。もし今はまだ理解を示してくださらぬというのならば、僕が説得してみせます」
「さすが王太子エリック様! よろしくお願いします!」
これでまず大きな問題を押し付けることに成功だ。
続いての問題に取り組もうと、私はエリックの執務室を後にすることにした。
ちなみにエリックの執務室も大変汚かったが、さすがに侍女の掃除の手が入るので生ゴミとかはなかったので後回しだ。
まずはこの城の侍女たちの掃除技術を上げなくてはいけない。
▽
この城が汚い理由のもう一つは、単純に掃除のやり方が分からない人が多いことだ。
固形石鹸、雑巾、箒、ちりとり位の装備しかない世界でカビと戦えと言うのは難しいだろう。
油汚れも茶渋も水垢も、その汚れがどんな成分でどんな洗剤が有効なのか、擦ればいいのか漬け置きすればいいのか掃けばいいのか拭けばいいのか、どんなアプローチをするべきなのか。わからなければ戦いようがない。
私も未だ道の途中である。しかし私の中には多少でも掃除の知識があり、そして向こうの世界の素晴らしき洗剤がある。
さぁ、侍女を教育しよう。掃除のスペシャリストとしてーーー!
「茶渋には重曹よ。粉をそのまま少しカップに入れて、強く磨けば取れるわ。そうよモニカ、貴女には重曹使いの才能があるわ!」
「まぁヘレナ、なんて頑固な油汚れかしら。お湯が必要ね! セスキ炭酸ソーダを溶かしたお湯に漬け置きしておきましょう。それで解決よっ」
「なんて水垢まみれの洗面台なの! いい、キャシー? 有効なのはクエン酸スプレーよ。これは水回りには最高の聖具なの」
「なんてこと、これはすべてシルクで出来ているの……? 石鹸水で洗って陰干しだわ。お湯を使うなんてもっての他よ。いいえナンシー、駄目よ、冷たくても水洗いだわ。シルクはタンパク質だから熱が加わると固くなっちゃうのよ!」
「おまるの掃除……うん、これはヤバイわ、ハンナ。酸性洗剤で尿石が落ちるか試しましょう。ふふふ、ついに初めて使うときが来たのね、プロ用洗剤ちゃん」
なぜか海外の通販番組吹き替え版みたいな喋り方になってしまったけれど、私の指導は上々だ。
侍女たちは次々と掃除の知識を吸収し、立派に成長していった。
これは途中で発見したことだけど、私が手をかざして《清掃》の力を洗剤に与えると、洗剤は強い浄化の力を持ち、誰でも
そう、侍女たちはもう私のアシストではない。皆それぞれ立派な主力の一人になったのである。
私は立派に育った侍女たちを城内へ放つ。
彼女たちからまた次の侍女に知識は引き継がれ、地道ながらも強力な浄化の力を放って行くのだろう。
行け、お掃除シスターズ!
▽
城内を浄化出来る人間が増えたので、次に私が勤しむのは《リサイクル》だ。
王宮の庭やら窓の下にぶちまけられている例のヤベェブツを《リサイクル》の力で肥料に変えていく。
出来立てほやほやの肥料は力仕事担当のシスが集めて、庭師のもとへと運んで行ってくれるのでありがたい。是非ともいい花を咲かせて欲しい。
この世界に来てからもう一ヶ月経ってしまったけれど、あちらの世界は大丈夫だろうか。少しホームシックになる。
ここには新作の洗剤はないし、職場はどうなっているだろう。実家の両親も心配だ。
両親は私に少し感化されて壊れた風呂釜とかを捨てることができるようになったけれど、私が居なくなったせいで掃除を頑張る気力を失ったかもしれない。
だけどどうか頑張って掃除をして欲しい。ゴミ屋敷一歩手前のあの家を片付けられるのは、一人娘の私ではなく貴方たちだけなのだから。
マジで行政のお世話にならないように……あっちの世界に残した私の貯金を使っていいから、業者を雇ってガッツリ実家の処分をしてくれないかな……。
そんなことを願いつつ、作業を続ける。
するとそこへ、見知らぬ二人組の男性が現れた。
年の離れた二人組で、片方は十代中頃から後半、もう片割れは四十代といったところか。どちらも金髪で、どこか見たことのある顔だった。
「なんだこの貧相な女は。この国の第二王子であるこの俺カルロス様と、叔父のフェリクス王弟殿下が現れたというのに頭も下げないとは。教育のなってない女だな!」
自己紹介ありがとうございます、第二王子カルロスよ。
ちょうどシスが肥料を運びに行ったので、私の周囲には数人の侍女しかいない。彼女たちはカルロスに私が聖女であることを伝えたい、けれど第二王子に声を掛けるわけにも……といった雰囲気でおろおろしている。
私は彼女たちを安心させるようにニッコリと笑いかけてから、カルロスへ自己紹介をする。
「初めまして第二王子カルロス様、フェリクス王弟殿下。私は異世界から召喚された聖女のキヨコ・アオベです」
「なに……? お前が聖女だと?」
「へぇ。まだほんの子供ではないか」
訝しげにジロジロ見てくるカルロスと、鼻で笑うフェリクス王弟は、どうやら私の召喚をお気に召していないらしい。
だけど私だって無理矢理拉致された被害者なんだから、そういうふうに態度に出されても困るのです。泣くぞ。ぴえん。
「聖女のくせにこんなところでなにをやっているのだ? さっさとエリック兄様たちと旅に出て、光の魔力を使って各地を浄化してこい」
「私に光の魔力はありません」
私の言葉に二人とも「「はぁ?」」と驚いたように目を見開く。
「それでは貴様は聖女でもなんでもないではないか!」
「異世界から来た私には、光の魔力以外の能力で障気を浄化することが出来るのです。私のやり方でまずは城内から浄化するようにと、国王陛下に頼まれましたの」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい。それでは貴様は正当な聖女ではないのだな」
「いいえ、聖女は聖女です」
私の言葉などどうでもよさそうに、二人は顔を見合わせて笑った。
「カルロス、このような偽りの聖女より面白い話をどうだ? これから茶でも?」
「いいですね、叔父上! 実に楽しそうです」
そう言って二人は私の目の前から去っていった。
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