第5話 シスと男部屋
嫌な奴なんて学生時代を通しても十人や二十人は居たし、社会人になってからだってたくさんいた。あのままあっちの世界で生活していたら、嫌な奴の百人や二百人には出会えたかもしれない。
だからカルロス第二王子もフェリクス王弟も、たくさんいる嫌な奴のたった二人でしかないので忘れるに限る。
この国の最大級に悪い奴なんて、私を異世界拉致した国王陛下や神官長、エリックやシスやアクロイドとかだしね。
衣食住を保証してくれるしイケメンだし優しくしてくれるけど、全然そういう問題じゃない。
アイツら、めっちゃ犯罪。
というわけで中断された作業を開始する。糞尿の《リサイクル》だ。
本来ならこの王国を助ける筋合いなんて私にはないから、こんなふうに障気の浄化作業をしている私のことを変に思う人もいるかもしれない。
でも、これは私だけじゃなく大抵の日本人が耐えられない環境だからやっているだけだ。
誰が糞尿にまみれた庭や、不潔なベッドや、汚れた部屋で生活したいと思うんだ。不衛生は無理。それだけ。
▽
とりあえず糞尿の《リサイクル》は終了。
あとはエリックが上下水道をどうにかしてくれるまでは、侍女たちに頼んで糞尿を一ヶ所にまとめておいてもらって、毎日肥料に変えるしかない。
でも頑張ったお陰で、悪臭問題はかなり減ったと思う。
次に取りかかるのは、掃除をガンガン進めてくれている侍女たちですら私に泣きついてくるいくつかの部屋の問題だ。
これは単なる掃除では解決しないやつ、ーーーーそう、部屋に対して物が多すぎる問題だ。
「まずはシス、あなたの部屋から始めましょう」
「え~? そんなに酷くはねぇと思うんだけどなぁ」
「いいからあなたの部屋に案内して!」
「はいはい、わかったよキヨコ」
シスはもともと、辺境の村で暮らしていたそうだ。王子のパーティーに剣士として選ばれてからは、私と同じように城内で暮らしているらしい。
ちなみに魔術師のアクロイドはあの魔術研究所の研究室で寝泊まりしているらしい。だからあそこまで腐海だったのかしら……。
そして案内されたシスの部屋はーーー腐海part2!
酒瓶が未開封も開封済みも飲み途中もなんでもかんでも転がっている。目に見える範囲だけでも五十本は超えている。
そして汚れきり悪臭を放つ衣類や下着やタオルのエベレストーーー!!!
そこに紛れてる春画や官能小説の大地ーーー!!!
葉巻の吸い殻がどこにもかしこも落っこちていて、よく火事にならなかったなぁと思ったら絨毯が結構焦げてるじゃん!!!
実に大変ひどい有り様であった。
この部屋に侍女を入れるのは忍びない。
お城に勤める侍女たちは大半が婚姻に箔がつくようにと頑張っている、うら若き乙女たちだ。そんな彼女たちに男の短所を煮詰めたような部屋の片付けを頼むのは酷だろう。
私もまぁ、見た目は十五歳中身は二十五歳のまだまだ結婚に夢を見たい女ではあるけれど、あっちの世界は男の短所も女の短所も知り放題の世界だからなぁ……。そういうネット社会での耐性があるので、シスの部屋の汚さに愕然とはするけど、男性全般への夢を失うほどではない。
というわけで神官長とアクロイドを呼び出す。彼らに片付けを担当してもらって、部屋が空っぽになってから侍女たちに掃除をしてもらおう。
「シス様、さすがにこの部屋はいけませんよ」
「……シス、この部屋、臭い。汗臭い、酒臭い、ヤニ臭い、イカ臭い」
「あはは~、ごめんなみんな! 終わったら俺イチオシのエロ本をやるからさ!」
「私は神に仕える身ですので、煩悩は必要ありません」
「使い古しなんて僕も要らない」
「三人とも、ごちゃごちゃ言わずに始めますよー!」
我々の戦いが今始まる!
▽
シスから「服やタオルは全部捨てていいぜ。どうせ勇者パーティーメンバーだからいくらでも国から支給されるし」と許可が出たので、衣類は全捨てである。
酒瓶も、未開封なものだけ残して《リサイクル》でガラスの材料にしてしまう。これはガラス工房に格安で卸すらしい。
R18の紙束はシス本人に仕訳してもらう。「これは何度読んでも抜けるんだよなぁ~」「これはイマイチだから要らねぇ」「お、春画の間に機密文書発見」などと頑張って総量を減らしている。
私がその間に取りかかるのは、葉巻によるヤニ汚れだ。
真っ黄色に染まったカーテンは元の色がなんだったのかわからないレベルでヤバイ。シーツもあれだ。焼け焦げた跡のある絨毯などもっての他だ。シスから「汚れ落とすの無理そうだったら捨てていいぜ」と言われたので、もう遠慮なくサヨウナラをする。
で、すべてを剥ぎ取った部屋の壁や床のヤニ汚れに手を出すことにする。
ヤニ汚れに有効なのは重曹、セスキ炭酸ソーダ、そして塩素系漂白剤だ。
まずは重曹から試し、それでダメならセスキ炭酸ソーダ、それでもダメなら塩素系漂白剤と薬剤の濃度をあげて試していくことにしよう。
ここからは掃除が広範囲になるので侍女たちを召集。
まずはヤニの油でベタベタに汚れた壁や床の埃を取れるだけ取ってから、作った重曹水を霧吹きで噴射していく。
「どうです、モニカ? 汚れは落ちそうですか?」
「これは少し厳しそうですわ、聖女様」
重曹水を吹き掛けてしばらく時間の置いた壁を見たが、確かに汚れは落ちていない。
では諦めて次。重曹より強いセスキ炭酸ソーダ水を霧吹きで噴射である。
「あっ、聖女様、ヤニが溶けてきましたわ! 茶色い液体になっています」
「本当ですね、ではセスキ水で行きましょう」
壁に吹き付けたセスキ水がヤニを溶かして茶色い液体になり、壁から床へとダラダラ垂れてくる。
私は侍女と共にセスキ水を壁に噴射しては雑巾で拭き取るという、地道な浄化に入った。最終的にはモップで天井のヤニも落とし、床とも戦った。
戦いの末に現れたのは、浄化されて清々しい風が吹き抜ける部屋だった。
シスは大喜びだ。
「ありがとう、キヨコ! この部屋ならめっちゃ女の子にモテそうだ!」
「そうですよ、シス。あなたもいい年の独身なんですから、いつ結婚したい女性が現れるかわからないんですよ? 明日運命の人に出会っても部屋に連れ込めるくらいには、部屋を清潔にしておかないといけないわ」
「本当、そうだなぁ。悪い奴等に追われている美人と明日出会っても、この部屋なら匿えるしなぁ」
「そうそう」
私とシスの会話に、神官長やアクロイドは苦笑していたが、一部の侍女は「そうよね、いつ素敵な出会いがあって家に連れ込むかわからないし、駆け落ちするかわからないのよね」と頷き合っている。
そうそう、恋愛するためのスペースくらい部屋にも心にも残しておくべきだわ。
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