P.eous(1)
「明日も朝から講義だから」
「おう」
「もう寝る」
「了解」
メッセージを返して、既読がつく。
少し迷って、もう一通送る。
「あのさ」
「うん」
「いや」
「やっぱり今度言う」
「わかった」
既読がついたこと確認して、オレはケータイを投げ捨ててソファに倒れ込む。
なんだかな。いつもこうだ。肝心なところでうまく言葉を繋げない。
―――
ずっと友達でいようなんて約束を交わして。
それでも、二年も経てば色々なものが変わっていく。
少なくともあいつは大きく変わったし、変わろうとしている。
オレは変わろうとして、あんまり変われなかった。
いつまでもガキのままじゃいられない、と、なんだか大人らしいことをしてみたくて、運転免許だって取ってみたし一人暮らしだって始めてみた。環境から、行動から変えれば何かが変わるんじゃないかと思っていたけど、結局あまり変わっていない。成年になることと大人になることは違う。そんなことはとっくに理解しているはずなんだけど、それで上手くいくかは別の問題。
――フィクションの恋愛物語なら終わりがある。
ハッピーエンドがあって、役者はそこで退場する。その後の二人の幸せを願いながら、観客も映画館を後にする。オレ達もデートでそういう映画をたくさん見た(あいつがそういうものを好むように“変化した”のは意外だった。ちなみにオレはまだ特撮とかアニメとかが大好きだ)。
でも現実は? ハッピーエンドの続きがある。
だから、オレ達二人の“約束”にも続きがある。
これは、そういう話だ。
―――
早朝。
「シマさん、上がる前に商品の補充をお願いできる?」
「はーい」
チェックボードを手にバックヤードに入り、いつもの作業をこなす。
お先に上がります、と店長に声をかけ、ロッカーで着替えを済ます。
帰りがけに新製品のモンブランとエビおにぎりを買う。
「おはよーございますー」
レジで精算を済ませていると、朝バイト当番の一人がのっそりと入ってきた。
「あ、シマ先輩、どもっす」
「おはよ」
交代バイトの“茶髪くん”がいつもの軽薄なノリで挨拶をする。
「とりあえず朝イチ検品と前のピーク分の補充はやっといたから、次の朝ピークが来る前にまず掃除な」
「うっす」
よくいる地元の大学生。勉学に勤しむ身かと思いきや、だいたい授業は午後からで、午前中はもっぱらバイトとのこと。同じ学生だというのにこちらはいかにも暇そうで、そこらへんもあいつとは全然違う。以前「大学ってどんなところなの」と聞いてみたことがあるが“聞いただけ無駄”な答えが返ってきた。
「あとアレだ、今朝の便で本部からシーズン飾り付けやら什器やらが送られてきたから、POPの組み立てとか、出来るところからやっといて」
「アー、もうそんな時期ですか。つか、早すぎません? まだ半月以上ありますよ」
「送られてきたからにはとっとと付けろ、ってのがお達しだから。しょーがない」
「了解っす」
「よろしく」
「……あ、そうだ」
「?」
「先輩、今度の土曜って空いてます?」
「週末なら空いてるけど、用件によりけり」
「飲みに行きましょうよ」
「何を? 水とか?」
「いやいやいやそうじゃなくて。酒、酒」
「オレは酒飲めないし。あとお前も未成年だろ」
「今どき大学生になって、飲むのに成年未成年もないんじゃないすか」
「そーゆーことをこーゆー場所で言うなっつってんだよ。ほら仕事しろ仕事。オレは帰って寝るからな」
「えー」
言うまでもなく彼はまだ“変態”を遂げていない未成年だ。以前に年齢を聞いたところ、まさかの同い年だった。それでもオレは“先輩”という扱いらしい。
ちなみに飲酒だの免許だのの所謂“大人の権利”は、年ではなく変態を遂げたかどうかが基準だ。なんだかちぐはぐな気もするが、それが社会のルールというやつなのでオレ達は従うしかない。
この年ならまだオスも多い。オスメスの比率は半々もいかないくらいかもしれない。むしろオレ達が早すぎるだけだ。
だからこそ、同じ分だけ生きていても、見た目も性格もけっこうな差がある。特にこの年代はかなりバラバラで、一見して同い年に見えない者は多い。単純に変態のタイミングに寄るものなのか、それとも境遇だったり、人生経験によるものなのか。
正直、よくわからない。
―――
昼過ぎまで寝た。
起きるとメッセージが来ていた。
「家に行っていい?」
「今週末?」
「一泊する」
「いいけど」
「わかった」
こうして週末に用件ができた。
そろそろあの茶髪くんにも言った方がいいんだろうか、と思ったりもする。
あいつはよく、こうして思いつきで突然行動を起こす。昔はオレから言い出していたのが、今は向こうから来ることが多い。オレ達はずっとそういう感じでいる。さすがにバイトのシフトもあるから、かつてのように気軽にとは行かなくなったけれど、なるべく合わせるようにはしている。
そうと決まれば、まずゴミ出しをして、溜まっていた洗濯物を片付けて、いちおう来訪に備えておく。大人になるとズボラになるものなのかと思ったりもするが、この辺も個人差だろう。かつての……あの人のようなズボラ人間を無意識に手本にした事がそもそも間違いなのかもしれない……まあ、そこはとりあえず置いておく。
――身体がオスからメスに変わってから二年(とちょっと)が過ぎた。
調子もだいぶ落ち着いて、扱いも慣れてきた。だから、その後にやれることはいくらでもあった。若年士官ではなく成年として警察予備隊(今は保安隊に変わったんだか)に入り直してもよかったし、なんなら大学に入ったって良かった。むしろ選択肢は前よりも増えていたはずだ。でも、そんなことを考えている間に二年なんてあっという間に過ぎ去ってしまった。本当に“大人らしいこと”をしたいなら、免許やら一人暮らしやらなんて小手先の真似事をする前に、もっと根本的に先に進むべきだった。それは正論で、ぐうの音も出ない。
―――
夕方のニュースは今日も雲行きの怪しい話題ばかりだ。
去年の初めから“天敵”の出現が増えて、特に北の島では犠牲者や避難民も出ているとか、保安隊がたびたび出動しているとかなんとか。もしメスになるタイミングが遅れて予定通りに入隊していたら、オレもあそこにいたのかもしれない。テレビの向こうの景色ではなく、実際に戦っていたのかもしれない。数字の一部に数えられていたのかもしれない。良かったのか悪かったのか、もしものことを言ったって何が変わるわけでもないのだけど。
チャンネルを変えて、天気予報にする。
冬本番。空模様も怪しい雲行き。週末は雪が降るらしい。
あと数週間もすれば、もう年末だ。
―――
週末。
「四時には着く」
「わかった」
「借りたCD、持ってく」
「メシは?」
「食べてない」
「了解」
なにも今回が初めてってわけじゃない。これまでも何度となく部屋には来たし、今さらお互いそんなことを気にする間柄というわけでもない。それなのに妙に緊張するのはオレだけか。いつか何か言われるんじゃないかなんて身構えているのは果たしてオレだけなんだろうか。
色々と思い出すことはある。でもそれは、今考えることじゃない。そういうことを考えていると、すぐに見抜かれたりしてしまう。
あいつはいつも時間ピッタリだ。
予定は突然入れるくせに、こういう時だけは正確。
予想通り、時間通りにチャイムが鳴る。
もう一度部屋の中を軽く見渡して、玄関へ向かう。開ける。
「おっす」
「ん」
午後四時。天気予報は見事に外れて快晴。既に日は暮れだしていて、住宅街は夕陽でオレンジ色に彩られている。伸びた影が落ちた先、あいつは――アマネは、いつものように大きめのハンドバッグを手に立っていた。
大学二年生のアマネと、フリーター二年目のオレ。お互い“大人”同士。
これは――あの日、オレ達二人が交わした約束の――“その後”の話だ。
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